25 私と、鍛冶人族(ドワーフ)さん
鍛冶人族さんたちの治療は、私にとって決して難しいことでは無かった。
地下室にはまだ食料が残ってあったから食材には困らなかったし、あとはとびっきりおいしいごはんをお見舞いしてやれば良い。
私の能力はあっという間に鍛冶人族さんたちの傷を塞ぎ、膿を消し去り、高熱を冷まし、痙攣を止めた。
「な、なんと強い治癒能力……伝説に残る女神の霊薬でもここまでの力はあるかどうか……」
「他のことは全然ダメですけど、回復だけなら結構すごいんですよ、私」
「それに、味もものすごくおいしくて。こんなにおいしいものを食べたのは初めてです。いや、すみません。今伝えるべきはそれじゃないですね」
それから、深く頭を下げた。
「本当にありがとうございました」
「いやいや、頭を上げてください。私はできることをしただけなので」
感謝してくれるのはうれしいけど、頭まで下げられるとちょっと申し訳ない。
「それより、事情を聞かせていただけませんか? 一体どうしてこんなことに?」
「大鬼族がこの城塞都市に攻めてきたのです」
大鬼族って、たしか第四森域にいるっていう強い魔族だよね。
凶暴で恐ろしい種族だとか。
そう言えば、蜘蛛の女王なナクアちゃんも、活動が活発化してるみたいなこと言ってたっけ。
「しかし、大鬼族も強いとは聞きますが、この都市の防衛設備もかなりのものです」
言ったのはリーシャさんだった。
「これほど見事に構築された防護施設は見たことがない。これなら、いくら鍛冶人族の力が劣ると言っても、迎撃はできたのではないかと思いますが」
そう言えば、移動中もしきりに辺りを見回してたっけ。少しでも多くの状況を集めようとしてくれていたのだろう。
「おっしゃる通りです。我々も、大鬼族の襲撃自体は想定していました。そのために準備も進めてきていた。勝利し、街を守れるはずだったのです」
じいじ2号と呼ばれた鍛冶人族さんは顔を伏せる。
「しかし、現れた大鬼族は我々が知る大鬼族ではありませんでした。まったく次元が違う化物だった」
「次元が違う?」
「はい、彼らは通常の大鬼族よりはるかに強かった。身体は三倍以上大きく、鎧のように厚い皮は矢を跳ね返し、拳を振れば皆で作り上げた防壁は紙くずのように崩れた。何より、彼らは止まらないのです。どんな状態でも、絶対に止まらない」
「止まらない?」
「おびただしい量の血を流しながら、それでも向かってくるのです。目を潰し、腱を切り、それでも止まらない。彼らはもう、尋常な生き物ではないようでした。痛みにも、自分の命にも関心が無い。恐怖も無い」
鍛冶人族さんの声には、おびえのようなふるえが混じっていた。
「レイレオさんが作った魔導銃はたしかに通用していたのに。なのに、あんな化物がいるなんて……」
「ほう、並の大鬼族ではないのか。それは面白そうだな」
緋色の目を輝かせるジルベリアさん。
「なんでうれしそうなの、ジルベリアさん」
「だって我輩たちの世界征服におあつらえ向きの敵が現れたのだぞ! 立ちふさがる強敵をばったばったと倒すことこそ世界征服の醍醐味――」
そこでジルベリアさんは何かを思いだしたみたいにはっとした。
「たたかいはなしなのだったな。そうだったな……」
しょんぼりしゃがみ込んで砂に絵を描く。
小さな背中に哀愁が漂っていた。
鍛冶人族さんたちが頭を床につけたのはそのときだった。
「とてもお強い魔族様である、みなさんにお願いします! どうか、大空洞に連れ去られた同胞を助け出してはいただけないでしょうか!」
「あ、頭を上げてください!」
土下座とかされることないから戸惑ってしまう。
しかし、鍛冶人族さんたちは頭を上げようとしない。
「お願いします! どうか、どうか……」
そう地面に額をつけたまま続けた。
「鍛冶人族さんたちは、大鬼族に連れ去られたんですか?」
「はい。彼らは我々の技術と労働力が目的のようでした」
そう言えば、街には遺体がまったくと言ってなかったっけ、と思いだしていた私の袖をノエルちゃんがひいた。
「おねがい。じいじをたすけて」
必死な様子で私を見上げるノエルちゃん。
そこにいるのは遠い昔の私だ。
迫る母の死に怯えて、ただ祈ることしかできなかった昔の私。
私はこの子を助けないといけないと思う。
それは今も心のどこかで膝を抱えている、あの日の私を救うことでもあるから。
『やさしい人になりなさい』
困ってる人。苦しんでる人に手を差し伸べられる人になりなさい。
そう、お母さんも言ってたしね。
「ジルベリアさん、お願いしたいことがあるんだけどいいかな」
「なんだ? わるいがわがはいたたかえなくてだいぶがっかりしてるのだが」
「大鬼族をやっつけて鍛冶人族さんたちを助け出したいの。協力して欲しい」
「良いのか!?」
ジルベリアさんはがばっと立ち上がる。
「任せよ! 偉大な我輩が鬼共に力の差を見せつけてやる。ああ、幾許このときを待ったか。遂にナギに我輩の力を見せるときが来たのだな……!!」
感極まった様子なジルベリアさん。
私は鍛冶人族さんたちに向き直る。
「た、助けていただけるのですか?」
半信半疑という感じで言った鍛冶人族さんに、
「最善を尽くします」
そう言って。
それから、目線を合わせてノエルちゃんの頭を撫でた。
「大丈夫。お姉さんたちが絶対なんとかするからさ」
顔をうつむけていた昔の私が、顔を上げたような気がした。
身支度を調えて、大鬼族の本拠地があるという大空洞へ向け出発する。
こちらの戦力はジルベリアさんとリーシャロットさん。それから護衛の緋龍族さん三名。戦える鍛冶人族さんたちが二十二名の総勢二十八名。
ノエルちゃんと、それから非戦闘員の鍛冶人族さんは残してきたのでこれがすべてになる。
対して、大鬼族の兵力は数え切れないほど。二千以上なんて話の上、助けないといけない鍛冶人族さんの数はその倍以上いるというのだから、もう頭が痛い。
大丈夫なのかな、これ。歴史シミュレーションゲームなら瞬殺されるよ、瞬殺。
とはいえ、ジルベリアさんは上機嫌に鼻歌を歌っていたし、そこまで不利な状況というわけでもないのだろう。すごいな、緋龍族さん……。
しかし鍛冶人族さんたちは決して強い魔族さんではないわけで。みんなを危険な目に遭わさないためにも、なるべく敵と交戦しない救出法を考えないといけない。
「ナギ、我輩に名案がある」
「名案?」
「我輩が前列で突撃し、他の皆は後列で待機する」
「ふむふむ」
「で、我輩が全員ノックアウトして完全勝利だ」
「…………」
無双系ゲームの高難易度モードかな?
戦術、ジルベリアさん任せ。以上! ……って、それでも戦えちゃうのかも知れないけど、私としてはもうちょっとみんなで力を合わせてリスクが少ない戦い方をしたい。
「ここは夜のうちに忍び込み、気づかれないうちに救出を完了するのが上策かと」
「良いね! それだ! それでいこう!」
すごいリーシャさん。私の意図をばっちり汲んでくれる。
「やりました、一番の臣下に一歩前進です……!!」
噛みしめるように言うリーシャさん。
うれしそうなその姿が何とも微笑ましい。
みんなで細かく作戦を詰めていく。
並行して、鍛冶人族さんたちについてもいろいろと聞いた。
森で暮らしていた鍛冶人族さんたちが、なぜ城塞都市が造れるほどの技術力を手にすることができたのか。
「全部レイレオさんのおかげです。あの人はすげえんですよ」
じいじ2号は、顔をほころばせてその人のことを話した。
「あ、もしかしてレイレオさんのことご存じないですか?」
「すごい鍛冶人族さんだって噂を聞いたことはあるんですけど、詳しいことは知らなくて」
「本当にすげえ人ですよ。何せ十五のときに最年少で最優秀鍛冶師に選ばれ、それから数十年種族の長を務めています。しかもそれだけじゃありません。数学、解剖学、生理学、動植物学、土木工学、天文学など様々な分野に深い見識を持ち、錬金術にも詳しい。その膨大な量の発明から発明王の異名も持ってますから」
「ほ、本当にすごい人なんですね」
物作りにおいて高い技術を持つ鍛冶人族さんたちから見てもレイレオさんは別格みたいだった。
「レイレオさんとは親しいんですか?」
「何を隠そう、俺は一番弟子なんですよ。といっても、俺が勝手に思ってるだけだからレイレオさんにとっては違うかもしれませんけど。ただ、俺が誰よりもあの人のファンであることは胸を張って言えます。もう本当にすげえんですよ、あの人は。男が惚れる男なんです」
じいじ2号はうっとりした顔で言う。
「本当に好きなんだ」
「はい。憧れて。弟子にしてくれって頼み込んで。一年間毎朝家の前にお願いしに行って。やっと家に入れてもらえて。いろいろ教えてもらえるようになって。俺の人生はレイレオさん抜きには語れません。俺に、すべてを教えてくれた人なんです」
そこまで好かれるってことは素敵な人なんだろうと思う。
「待て待て。ナギだって負けておらぬぞ。なあ、リーシャロットよ」
「はい! 手元の集計に寄りますとナギ様の集落内の支持率は百パーセント。しかも、その九割が5の『すごく好き。一生付いていきたい』をマークしています!」
「張り合わなくていいから。というかなにそのアンケート」
やたらアンケート評価が高いことをアピールしてくる通信販売の番組みたいだった。
みんながそう言ってくれるのは、まあ、かなりうれしいけれど。
私もみんなについてのアンケートきたら『すごく好き。一生一緒に暮らしたい』って答えるだろうし。
「どうだ! ナギはすごいのだぞ!」
「いいや! レイレオさんの方がすげえんです! そこは譲れねえ」
「ほう。やるか……?」
「望むところです……!!」
謎の張り合いをする二人を見て、私は笑ってしまう。
戦いの前だというのに、なんだか平和な私たちだ。




