24 城塞都市
城塞都市に着いたのは集落を出発して三日目のことだった。
ノエルちゃんの案内のおかげで予定より早く、私たちはそこへ着くことができたのだけど、
「あれが、城塞都市……」
森を抜けた先、高台の上にあるその街は想像していたよりずっと大きかった。
周囲を覆っているのは、空まで届きそうな巨大な石壁。
あまりに巨大すぎて、距離感がうまくつかめない。
遠く離れているはずなのに、近くにあるようにも見えてしまう。
それだけ、城塞都市という建造物は高い技術により作られたものであると言えた。
まさか、ここまですごい技術を持っているなんて。この建築技術で街作りに協力してもらえれば、未だに弥生時代のうちの集落も一気に近代化を図ることができるはず。
これは、何としてでも協力関係を築かなければ。
高台を登り、壁のすぐそばまでやって来る。本当に高い壁だ。近くで見ると、空まで届いてそう。入り口はどこだろう、と外壁沿いを歩く。
不意に、その光景は私の目に飛び込んできた。
そこにあったのは巨大な空白。
壁が無くなっている、と一瞬私は錯覚する。違う、これは穴だ。壁自体無くなってるんじゃないかと錯覚するほどの大穴が壁に空いている。穴の周縁には亀裂がはしり、重さに耐えられず崩れている箇所もある。
力任せにぶち抜かれたような大穴。
一体何が……
「…………!!」
「ちょっと! ノエルちゃん!?」
駆け出すノエルちゃんの後を慌てて追う。
穴をくぐった先で、なんとかノエルちゃんをつかまえて。目に入ってきた中の景色に、私は言葉を失った。
「何、これ……」
見渡す限りの瓦礫の山。家々や塔、橋、煙突、そうしたすべてが破壊されている。
まるで大災害のように、圧倒的な暴力。
都市の残骸を前に、私は立ち尽くす。
「そんな……なんで……」
ひざをついて崩れ落ちるノエルちゃんを、抱きしめていることしか私にはできなかった。
「状況を整理しよう。おそらく、これは魔族か魔獣による攻撃だろう。空は飛べない種族である可能性が高い。壁に大穴が空いているからな」
ジルベリアさんは平然とした顔で言った。
まるで普段と何も変わらない。世間話でもしてるみたいにあっさりとした口調。
「こんな大災害みたいなこと、できる魔族さんや魔獣って多いの?」
「いや、そう多くは無い。俗に災害級と呼ばれる類いの魔族や魔獣の集団になるな」
「やっぱり相当やばい化物ってことなんだね」
「うむ。まあ、偉大な竜の王である我輩の敵ではないがな」
「そうですね。この程度でしたら問題なく勝利できると思われます」
あっさり言うジルベリアさんとリーシャさん。
これを見て、そんな風に言えるなんて。二人の言葉は私の心をいくらかほっとさせてくれるものだった。こんな状況だと、落ち着いている仲間がいるのは本当に心強い。
「そうだ、我輩が見事蹂躙してみせよう! そろそろこの辺りで一暴れしたいところだったのだ! 見たところ、此奴らはなかなか歯ごたえがありそうだし」
「いや、戦いはなるべく避けたいんだけど」
「……そうだったな」
ジルベリアさんはしゃがみこんで砂にうずまきを書いていた。
「せっかくナギにいいところをみせられるとおもったのに。わがはいつまらぬ」
我慢させて申し訳ないけど、こればっかりは仕方ないんだよなぁ。
どうしたものか、と思っていた私のすぐ傍でノエルちゃんがぼそりと言った。
「わたしが――――かな」
「え?」
前髪が、うつむいたノエルちゃんの目元を覆っていた。
「わたしが、わるいこだったから。こんなことになっちゃったのかな……」
知ってる。
その気持ちを私は知っている。
お母さんが死んだとき、私も同じことを思っていたから。
私が悪い子だったからなのかなって。
未だに私はそれを否定する言葉を持ってなくて、どこかで少しだけ私のせいなのかなって思ってる自分がいて。
だけど、だからこそ私はノエルちゃんのそれをはっきりと否定することができる。
「違うよ。それは絶対違う。悪いのはノエルちゃんじゃないよ。ノエルちゃんのせいじゃない。絶対違うの」
「でも……」
「ノエルちゃんは絶対悪くないから。それだけはわかって。お願い」
ノエルちゃんはなんだか今にも消えてしまいそうな顔をしていて、だから私は懸命につなぎ止めようと彼女の肩をつかむ。
「……わるくない?」
「うん。絶対に絶対悪くない」
「ほんとに?」
「うん、本当。だからそんな風に自分を責めないで」
ノエルちゃんはじっと黙り込んでから、
「そうなのかな」
少し表情をゆるめて言った。
その言葉にひとまずほっとする。
瓦礫の状態を観察していたリーシャさんが言ったのはそのときだった。
「ナギ様、生存者がいるかもしれません」
「え? ほんとに?」
「はい。微かですが、生活系の魔道具の痕跡が残ってます。隠れて生活してる者がいるのではないかと」
「会って話を聞こう」
視界の端で、ノエルちゃんの瞳に感情の光が灯る。
絶対に助けなきゃ。
私は自分の心にそう誓った。
私たちは、リーシャさんに先導されて瓦礫の中を急いだ。痕跡が続いていたというその場所には、壊れかけの魔道具が転がっていた。
おそらく、蓄音機のような性質の魔道具なのだろう。ノイズのような音が絶えず続いている。
反応してたのはこれだったのか……。
肩を落とす私の隣で、リーシャさんが煉瓦造りの壁に耳を当てる。
注意深く何度か叩いて、音を確かめてから壁を押すと、中から隠し通路が現れた。
「地下へ続く階段がありますね。行きましょう」
先導されて狭く急な階段を進む。
そこは、脱獄ものの映画の脱出用通路みたいな印象を受ける空間だった。明らかに誰かを招くことを考慮してない、むき出しの壁。装飾の類いは一切無く、しかし手を抜いて作られたわけじゃないことはしっかりした作りの階段が示している。
地下シェルターか、あるいは緊急用の避難場所みたいな場所なのだろう。
「ねえ、リーシャさん。どうしてこの階段はこんなに狭いんだろ」
「おそらく、外敵の迎撃を容易にするためでないかと」
「……嫌な予感しかしないね」
私たちが味方だってことは鍛冶人族さんたちにはわからないわけで。
勘違いして攻撃される可能性も十分に――
「何者だお前ら!」
ほら、やっぱり!!
「我輩様だ」
しかし、ジルベリアさんの対応は私の予想よりはるかに速かった。一瞬後にはもう、取り囲んでいた鍛冶人族さんたちは武器を取り上げられ、床に転がっている。
「はん。愚か者どもめ。我輩の前にひれ伏すが良い!」
ふわーはっはっ、と上機嫌に高笑いするジルベリアさん。
完全に敵役のやつだった。
「お願いします……! 命だけは、命だけはどうか……!!」
伏した状態で頭を石造りの床にこすりつける鍛冶人族さん。
いけない、完全に敵だと思われてる!
「誤解です! 頭を上げてください! 私たちはみなさんを助けに来たんです!」
「……助けに?」
怪訝な顔で私を見上げる鍛冶人族さん。長い髭と髪が印象的な人たちだった。かなり老けて見えるのは、種族的なものだろうか。小太りで背は低め。身体はがっちりしていて、両腕は丸太のように太い。
そんな彼らの誤解を解いてくれたのは、ノエルちゃんだった。
「じいじ2ごう!」
「おお! ノエルの嬢ちゃんじゃねえか、無事だったのか!」
抱きつくノエルちゃんを、抱き留める鍛冶人族さん。
どうやら、知り合いだったらしい。
「ってことは、本当に……?」
期待と不安が入り交じったような顔で私たちを見上げる鍛冶人族さんたち。
「大丈夫ですか? 怪我人や病気の人は?」
私の問いに、はっとした様子で答える。
「奥の部屋だ。だが、薬も包帯もまったく足りてなくてな。一体何をどうしたらいいか……」
「案内してください。私が何とかします」
私は言った。




