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23 私と、大好きな人


 その夜は、森の開けた場所で野営した。


「ナギ! 我輩白雪姫の続きが聞きたいぞ!」


 ジルベリアさんが物語を聞かせろとせがむので、私はまたいろいろなお話を話して聞かせることになった。

 高貴でプライド高い姫みたいな外見してるのに、結構子供っぽいんだよね、このドラゴンの王様。

 ノエルちゃんもくりんと大きな瞳をきらきらさせて聞いてくれたし、話すのも楽しいからそれはそれでよかったのだけど。


「娘を殺そうとするだと……なんと外道な王妃だ、許せぬ! ナギ! そのものの名と現住地を教えよ! 我輩が行ってボコボコにしてやる!」

「いやいや、昔話だから」


「なんと! おばあさんは既に食べられていたのか! その上、おばあさんに成り代わるとは、なんと狡猾な……!」

「そんな凶悪犯罪みたいなリアクションするシーンじゃないからね」


「うさぎもかめもなかなかやるようだが、話を聞く限り我輩の方が早いな! 山の頂上などひとっ飛びだ。次回大会があれば是非参加したい。格の違いというものを、見せてやろう」

「……うん、がんばってね」


 この竜本当に楽しそうだなぁ。

 リアクションいいから、私も話してて楽しい。


「なんだ、鍛冶人族ドワーフの小娘は寝てしまったのか。これからが良いところだというのに」

「……まだ聞くの?」

「当然だ。我輩の胸は、既に次なる物語を聞きたくてうずうずしておる。さあ、次はどんな話だ? ドラゴンが世界を蹂躙する話か?」

「そんな話は無い」


 何を話そうかな、と頭の中で物語を探す。

 ノエルちゃん寝ちゃったし、ちょっと対象年齢上げてもいいかな。走れメロスとか、蜘蛛の糸みたいな。太宰、芥川なら黄金風景や蜜柑の方が好きなんだけどね、私的には。


「ジルベリアさんは楽しそうだよねぇ」

「そうだな! 我輩は毎日楽しいぞ! 朝目覚めるたび、いつも幸せだと実感している」

「良いね。それすごくいい」


 朝目覚めるのが幸せ、か。

 前世の私はそんな風に思えていたのかな。

 小さい頃は幸せだった。

 大好きな人が傍にいてくれたから。

 私のことをいつも守ってくれて。庇ってくれて。

 頭を撫でられるそれだけで、私は神様に祝福されているような、そんな気持ちになった。

 でも、ある日その人はいなくなって。

 泣いても縋っても祈ってもどこにもいなくて。

 それからはずっと一人。

 家に帰るのが嫌で、逃げるみたいにバイトを入れて、働いて。

 仕事は好きだったけど、純粋にそれだけだったかと言われると考え込んでしまう。

 私はずっと、お母さんがいない家に帰るのが嫌で。

 そのことを本当は心のどこかで受け止められずにいて。

 そこから目をそらすために仕事に没頭していたんじゃないかって。


「これもナギのおかげだ。我輩ものすごく感謝しておるのだぞ」


 不意にジルベリアさんが言って、私は我に返った。


「私?」

「ナギがいなければ、我輩はあの病で石になっていたからな。死ぬことも許されず、永遠に身じろぎひとつできない苦痛を味わい続けることになっていただろう」


 ジルベリアさんはうなずいて言った。


「ありがとね。でも、そんなに気にしないでいいんだよ? たまたま私にできることがあっただけだしさ」

「いや、気にするとも! ナギのおかげで今の楽しい日々があるのだ。何より、ナギが来てから、我輩の毎日はずっと楽しいものになったのだからな」

「私が来てから?」


 初耳だった。

 そんな風に言ってもらえると思ってなくてちょっとびっくりする。


「竜の山の外に出るのは初めてだった。ふもとに暮らす別の種族と仲良くなった。おいしいものを食べた。皆で畑を作った。温泉を掘って一緒に入った。そのすべてが我輩には新鮮で胸躍る体験だった」


 ジルベリアさんはしみじみと言った。

 緋色の瞳の中で、たき火の炎が揺れていた。


「何より、ナギといればそれだけで愉しいからな。全部主のおかげだ。本当にありがとうな」


 そんな風に言ってもらえるなんて、まったく考えてもみなかった。

 私がいるから楽しいなんて、そんな風に言ってもらえたこと今まであっただろうか。

 胸がじんわり温かくなる。ちょっと涙ぐんでしまったのは、たき火の炎で目が乾いたからに違いない。


「……ナギは楽しくないか?」

「え?」

「主は時折、ここではないどこかを想っているような顔をする。その顔を見ると我輩は少し不安になるのだ。ナギがふらっとこの世界からいなくなってしまうんじゃないか。そんな気がしてな」


 そんな顔をしてたんだ、私。


「ナギは我輩たちといるのが愉しくないか?」


 ジルベリアさんは少しだけ不安そうに見えた。

 珍しい。いつも自信満々なのに。

 私がどこかに行っちゃうんじゃないかって思ってるのかな。

 想像するだけで頬がゆるんでしまう。

 みんなすごく慕ってくれて、好きになってくれて、頼ってくれて。

 笑いあって、呆れあって。

 みんなで力を合わせて、畑を作ったり、温泉に入ったり、おいしいごはんを食べたり。

 そんな毎日が楽しくないわけないじゃないか。


「ううん、私楽しいよ。ここにいたいって思ってる」

「本当か? どこにも行かないか?」

「どこにも行かない。ずっとここにいるから」


 ジルベリアさんはやっとほっとした様子で微笑む。

 どうか、この時間がいつまでも続きますように、と願った。

 拝啓、天国のお母さん。

 私は今、なんだか幸せです。



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