22 一口パイと目玉焼きのせハンバーグ
傷ついたノエルちゃんに、私ができることがもう一つある。
それは、とびっきりおいしいごはんを作ってあげること。
子供が好きな食べ物ということで、今日はハンバーグを作ることにした。野外だろうと、本格的な調理ができるのが魔王厨房の強みだ。
「ナギー。早く頼むー。我輩もう腹ぺこだ」
テーブルにだらーともたれるジルベリアさん。
「恥ずかしながら、私も……」
リーシャさんはいつもと対照的な力無い声で言った。
「うん、了解」
腹ぺこさん二人に微笑みつつ、私はハンバーグ作りに取りかかった。
食材は魔王厨房内の冷蔵庫に保管してある。
まずは生地作り。ひき肉と卵、トマトケチャップ、ナツメグ、塩と黒胡椒をボウルに入れ、粘りが出始めるまで手で練り合わせる。みじん切りにした玉ねぎを加え、ひき肉と馴染むまでさらに練る。
ふっくら仕上げるには、生地をこねすぎないことが大切だ。材料をひとつにまとめる感覚で、肉の粘りが出始めたら練るのをやめる。パン粉は加えない。それにより、ひき肉の味をより際立たせる。
練り終わったら、楕円形に形を整える。十センチくらい手を放し、その間でキャッチボールするように生地を投げ合って余分な空気を抜く。
油を敷いたフライパンを強火で熱し、生地を入れてから弱火にする。ここからはゆっくり時間をかけて。片面に焼き色がついたら裏返し、肉の上下から熱が入るようにふたをする。反対側にも焼き色がついたら取り出して、さらにソース作り。
フライパンに残った油を捨て、みじん切りにしたたまねぎとにんにく、黒胡椒、バターを入れる。たまねぎとにんにくに火が通ったら、しょうゆとブイヨンを加え、沸騰させる。器に盛ったハンバーグにソースをかけてできあがり。
つけあわせとして、フライドポテトとパプリカのオイル漬け、半熟の目玉焼きも作った。いいよね、目玉焼きのせハンバーグ。
主食は一口サイズのパイ。チーズ入り、カスタードクリーム入り、いちごジャム入り、といろんな味が楽しめる豪華仕様。
絞りたてのオレンジジュースを添えて、子供が大好きなものを詰め込んだフルコースの完成だ。
「すごい。こんなにごうかなごはん、はじめて」
目を丸くするノエルちゃんを微笑ましく見つめる。
「ほらほら、食べて食べて」
私が言うと、リーシャさんは力強く「いただきます!」と言った。
いや、そっちに言ったつもりじゃ――って、もう食べてるし。
「……いただき、ます」
ノエルちゃんはおずおずと一口パイを口に運ぶ。小さい口でも食べやすいよう作ったそれを、ぱくりと口の中に入れ、もぐもぐと頬張る。
感情の起伏が控えめなノエルちゃんだけど、変化はすぐに現れた。
まず驚いた様子で目を開け、それから半信半疑の顔で探るようにさくさくのパイを慎重に噛む。
子供らしい丸みを帯びた頬がみるみるうちにゆるみ、目が幸せそうに細められた。
「おいしい! これすごくおいしい!」
ノエルちゃんは目を輝かせ、珍しく大きめの声で言う。
私はほっと胸をなで下ろした。
良かった。口に合わないってことはなかったらしい。
しかし、問題は時間が経つにつれ、露見した。ノエルちゃんが目玉焼きのせハンバーグを食べようとしないのだ。
パイとフライドポテトばかり食べている。子供だし、パプリカを避けるのは仕方ないと思うけど。
もしかして、ハンバーグ嫌いだったりするんだろうか。
「これ食べないの? おいしいよ?」
「そんなの、見たことないから……」
「あ、そうなんだ」
鍛冶人族さんの間では、目玉焼きもハンバーグも広まってはいないらしい。
「食べてみて。絶対おいしいから」
「本当……?」
「ほんとほんと。お姉さん子供の頃、これ大好きだったんだよ」
ノエルちゃんは少しの間ハンバーグをじっと見つめてから言った。
「……わかった。食べてみる」
しかし、未知の料理を食べるというのは子供にとってもなかなか勇気がいることだろう。
ノエルちゃんは恐る恐るフォークでハンバーグを切る。断面からしみ出す肉汁。小さな一かけを点検するみたいにしばらく見つめる。横から、下から、上から、真剣な顔で何度も確認して、それから固く目を閉じてハンバーグを口に運んだ。
「――――!?」
瞬間、その目が驚きの色に変わる。
なんだこれはって感じで口の中で丁寧に転がし、信じられないという顔で何度も咀嚼する。そして、とろんと頬をとろけさせて息を吐いた。
しばしの間、その味を思い返すみたいに陶然としてから、目を輝かせて私に言う。
「これ、すごい。こんなのはじめて!」
「でしょでしょ? 半熟の黄身をハンバーグにかけて食べるともっとおいしいんだよ」
「やってみる」
真剣な顔ですぐさま作業を開始するノエルちゃん。
黄色い小さなドームにフォークを入れて、しみ出してきた黄金色のそれをハンバーグにつけ、口に運ぶ。
ばっと目を見開いて。うっとり幸せそうに、一噛み一噛み大切に咀嚼する。それからしみじみと言った。
「……すごい」
「よろこんでくれてよかったよ」
がんばって作った甲斐があった。
「ナギ、おかわりだ! 我輩おかわりを所望するぞ!」
「その、我もいただけるとうれしいです!」
「うん、了解だよ」
リーシャさんとジルベリアさんにおかわりをよそう。
すさまじい速度でまた食べ始める二人に、追加分作るか、と腕まくりしていたところで、ノエルちゃんと目が合った。
ハンバーグも、一口パイも、フライドポテトも、全部食べ終えてる。パプリカまでちゃんと完食してるし。野菜食べるなんてえらいなぁ。
「全部食べられたね。えらいね」
もふもふの頭を撫でると、
「おいしかった!」
頬をゆるめて私を見上げる。
かわいい。
「そっか、おいしかったか。ありがとね」
「あの……」
おずおずと口を開く。
言いづらそうな様子で、私の顔をうかがっていた。
「何かな?」
ノエルちゃんは迷うように視線をさまよわせてから、言った。
「おかわり、たべたい」
その言葉に私が幸せな気持ちになったのは言うまでもない。
「うん、了解しました」
私はにっと目を細めて言った。




