21 鍛冶人族(ドワーフ)の少女
私は早速教えてもらった場所へ向かった。
木漏れ日が射し込む森の中、件の鍛冶人族はすぐに見つかった。
道とも呼べないような獣道の先で、女の子は木の根の下に空いた小さな穴の中で隠れるように膝を抱えていた。
毛量が多いもふもふの髪。革製の小さなブーツと、手袋。毛皮のコートは大人用らしく、小さな身体をすっぽり覆っている。身長は一メートル無いくらいだろうか。華奢な身体は壊れちゃうんじゃないかと不安になるくらい小さい。
「大丈夫? 何してるの?」
「…………!!」
声をかけると、怯えたみたいに身体をふるわせる。
なるべく息を殺そうとしてるのが気配でわかった。
「ごめんね、怖がらせる気は無かったんだ」
「そうだぞ。ナギは良いやつだからな。偉大なこの我輩が主人と認める相手だ」
誇らしげに言うジルベリアさん。
認めてくれる言葉をありがたく思いつつ、私は小さなその子に言う。
「私たちは城塞都市に向かっててさ。もしかしたらあなたも帰りたいんじゃないかって思ったから」
城塞都市という言葉に、女の子はぴくっと反応した。
やっぱり城塞都市に住んでた鍛冶人族なんだろう。
「なんでこんなところにいるの? お父さんかお母さんは?」
「…………いない」
舌足らずな声でそれだけ言う。
「いなくなっちゃったの?」
「じいじはいる」
じいじはいるらしい。
複雑な家庭環境なのかな。
私もそうだから、もしそうならより放っておけないところだけど。
「おじいちゃんはどこにいるの?」
「…………じいじはいない」
禅問答か何かなんだろうか。
むむむ……これはなかなかレベルが高いぞ。
「もしかすると、今はいないってことでは?」
リーシャさんが言う。
「……そう」
「おお! リーシャさん、すごい!」
「やりました! 勝負の遠征、幸先の良いスタートです」
ぐっと拳を握るリーシャさん。
本当にシトラスさんに負けたくないらしい。
うれしそうな姿を微笑ましく思いつつ私は、女の子に向き直る。
「おじいちゃんはどこに行ったのかな?」
「……………………」
女の子は言いよどんだ。
そこに何か重要なことが含まれているのは感覚的にわかった。
「言いたくないことかもしれないけど、教えてくれないかな? 力になれるかもしれないからさ」
「…………つかまった」
「え?」
「じいじは、つかまった」
そう女の子は言った。
どういうことだろう……嫌な感じがする。
「えっと、何に捕まったの?」
「……わかんない」
「わかんないけど捕まったの?」
「そう」
「そっか。ありがとう」
小さい女の子に説明を求めるのも酷か、と思う。
とにかく、この子のおじいちゃんに何かあったのは事実で。だからこの子はこんな誰もいない森の奥で膝を抱えている。
それだけわかればもう十分だった。
「私たちがあなたを、安心して眠れるお家に連れて帰ってあげるから。安心して」
しゃがみ込み、穴の中をのぞき込んで微笑みかける。
だけど、女の子は穴から出てこようとしなかった。
「でも、かくれてるよういわれた」
「誰に言われたの?」
「じいじに」
「そっか。おじいちゃんにか」
小さい子に隠れているように言って、捕まったと。
いよいよ事件の匂いがしてきたぞ。
くー、と音が響いたのはそのときだった。
子猫の寝息みたいにささやかなそれは、女の子のお腹が鳴る音。
打って変わって幸せの権化みたいなその音に私は目を細め、私は携帯していたクラブハウスサンドイッチを取り出す。
「お腹空いてるならこれ食べる?」
私は目線を合わせて言った。
「このサンドイッチ、すっごくおいしいんだよ。大丈夫、変なものなんて入ってないから」
一口ちぎって食べて安全なことをアピールすると、
「おねえさんはわるものじゃない?」
女の子は不安げに言った。
きっと怖い思いをしたんだろう。
だってこんな森の中でひとりぼっちだったのだ。
小さい子にとって一人で過ごす夜がどんなに怖い物か。
介護施設で働く母が夜勤の日、家で一人毛布を抱きしめていた私はその恐怖をよく知っている。
「うん、おねえさんは悪者じゃないよ。安心して」
一応魔王なわけで、その意味では悪者に近い存在なのかもしれないけど。
でも、嘘を吐いてるわけじゃない。魔王でも、やさしい人間でありたいって思ってる。女神様もそれを望んで私を選んでくれたみたいだったし。
何より――あの言葉は、お母さんが最期にくれた私へのプレゼントだったから。
「………………わかった」
私の精一杯の誠意はちゃんと女の子に届いてくれたみたいだ。
女の子はサンドイッチを一口かじり、それから驚いた様子で目を丸くする。
「おいしい。すごくおいしい」
「でしょでしょ-。お姉さんごはんだけは得意なんだ」
にっこり微笑む。
願わくば、今だけでもこの子が嫌なことを忘れて幸せな気持ちになれますように。
女の子はノエルちゃんという名前だった。
元々は城塞都市で『じいじ』なる人と暮らしていたらしい。
だけど、わかったことはそれくらい。
私は、その後の移動中も彼女から情報を集めようとしたけれど、その試みはあまりうまくいかなかった。
ノエルちゃんは、自分のことも自分の身に起きたことも話そうとしなかった。城塞都市の方向を聞いたときは教えてくれるのに。
気持ちの整理ができてないからだろうか。あるいは、思いだしたくないことなのかもしれない。
とにかく、今はノエルちゃんが元気になってくれるよう努めることにした。安心してもらえるよう笑顔で接し、取るに足らないどうでもいい話をする。
できる限り面白い話を、この子が嫌なことを少しでも忘れられるように。口下手な私だから、あんまり面白いことは言えないんだけどね。
一番よろこんでくれたのは、知っている童話を話して聞かせてあげたときだった。桃太郎、シンデレラ、泣いた赤鬼。前世では親しまれすぎてありきたりに感じる物語も、この世界では新鮮で極上のものになる。
「桃から子供が生まれた、だと! なんと面妖な! 実に興味深いな!」
なんでジルベリアさんの方が楽しんでるのかは謎だったけど。
本嫌いって言ってたし、こういうの触れたこと無かったのかな。
話せ話せとせびるので、もうジルベリアさんのために話してるみたいになってしまった。
ノエルちゃんも楽しんでくれてるみたいだったからよかったんだけどね。そこは、たくさん本を読んできた甲斐があったかもしれない。
「しかし団子をもらって仲間になるのか。なんだか我輩と境遇が似ておるな」
「あ、言われてみれば」
「まあ、我輩の方が強いがな!」
自慢げにえへんと胸を張って言う。
「この鬼退治も大空洞の大鬼族のことを暗示しているのではないか? つまり、我輩たちは大鬼族と戦う運命に――」
「無いから。そんな運命全力で避けるから」
「しかし、鬼を倒して終わりというのがつまらぬな。もっと世界征服とか、より大きな冒険に乗り出せば良いものを」
「……いや、桃太郎が世界征服目指したらダメじゃないかな」
それもうやってること鬼と同じだし。
ダークヒーロー的な路線になるんだろうか。壮大な物語になりそうだった。
ラスボスが自分の父親だって知って絶望しそう。
「料理が得意な主人公が、魔族たちを引き連れて世界征服を目指す話はないのか?」
「無いよ。成立しないよ、そんなの」
「無いなら、主が作れば良いではないか! ナギは話すのが上手だし、きっと良い話になると思うぞ」
「いや、絶対無理あると思う」
料理が得意だからって、それでどうやって世界征服なんてするんだろうか。
しかし、作れば良いという言葉は、少し私の心に響くものがあった。
零細出版社に飛び込む程度には本が好きだった私だけど、自分で書こうとしたことはない。いや、正直に言えば一度だけあるのだけど、一週間も経たないうちにやめてしまった。
どう見ても、あんまり才能があるようには思えなかったから。
だけど、今は時間もあるし、もう一度挑戦してみても良いかもしれない。
物語がそこまで普及してないように見えるこの世界なら、私が書いたささやかなものも、少しくらいは評価してもらえるかもしれないしね。
来世と言わず今世でベストセラー作家になっちゃうかも! なんて、そう都合良くいくわけないんだけどさ。
「つぎのはなし、ききたい」
袖を引くノエルちゃんに微笑んで、私はまた話し始めた。
「むかし、むかし。あるところに――」




