20 私と、蜘蛛の女王様
鍛冶人族さんに送る使者について、まず最初に決めたのは私自身が出向くということだった。
進んだ技術を持つ自分たちより巨大な勢力。その交渉を円滑に進めるためにも、便宜上決定権を持つ私自身が出向くのが一番手っ取り早い。
何より、鍛冶人族さんが作る城塞都市だよ! そんなの自分の目で見ないと勿体ないじゃないか!
この経験を本にして来世ではノーベル文学賞辞退して、世界的名声ゲット。うはうは印税生活して遊んで暮らそう、そうしよう。
「ナギ様が向かうなら間違いありませんね」
みんなの反応も好意的なものだったし。
いつの間にか信頼度が随分高くなってるような。
でも、頼りにしてもらえるのはうれしいのでありがたくでれでれしておく。
しかし、私の戦闘能力は底辺なわけで、そこは仲間の魔族さんに助けてもらう必要がある。
大勢で行くのは目立つし、警戒されるかもしれないから少数精鋭で。
まず最初に選んだのはジルベリアさん。
お願いすると、ジルベリアさんは自慢げに胸を叩いて言った。
「そうであろう、そうであろう。我輩は偉大な王だからな。ナギもとっても強い我輩のことは手元に置いておきたいように見える。隠さずとも良い。我輩は主人である主の味方だ」
「うん、頼りにしてるよ」
「任せよ。格の違いというものを見せてやる」
腕を組んで言うジルベリアさん。威厳ある態度と裏腹に、その尻尾は飼い主大好きなわんこみたいに激しく揺れていた。
かっこいいのにかわいいんだよな、この子。
「あとは、リーシャさんと。騎士隊の子を何人か護衛として欲しいかな」
「お任せください、ナギ様」
リーシャさんは洗練された動きで騎士の礼をする。
よし、これで何があってもある程度対処できる戦力は確保できたかな。
ドラゴンの王様と、その筆頭騎士の時点で過剰戦力すぎる気はしないでもないけれど。
「シトラスさんは犬人族のおばあちゃんと一緒に集落の運営をお願い」
「承知しました、とシトラスは深く一礼します」
仕事ができるシトラスさんなら、私がいなくても十分に集落を発展させていってくれるはず。不測の自体があっても十全に対応をしてくれるだろう。
「聞きましたか、シトラス」
リーシャさんが近づいて小声で言ったのはそのときだった。
「ナギ様は我の方を同行相手として選んでくださいました。これは我の方がより高くナギ様に評価されている証拠に他ならないのではないでしょうか」
「角砂糖を八つ落としたミルクティーのように甘い、とシトラスは宿敵の誤謬を指摘します。ナギ様は自身の不在時における対応を私に任せてくださった。これこそ、私の方がより高くナギ様に評価されている証左です」
「ぐっ、減らず口を。では、この遠征で我こそがナギ様の一番の臣下であることを証明してみせます」
「望むところです、とシトラスは宿敵に宣戦を布告します」
「「むむむ……」」
小声で火花を散らす二人。
今日も平和だなぁ、と思いつつ私は犬人族のおばあちゃんに言う。
「留守中の集落のことをお願いします」
「はい、お任せくださいナギさん。犬人族の長として、必ずご期待に応えてみせます」
「ソラもおいしいお野菜作って待ってます」
「うん、楽しみにしてるね」
こうして翌日、私たちは集落を出発することになった。
持って行く食料は『魔王厨房』内の冷蔵庫にぱんぱんに詰めた。犬人族のおばあちゃんが作ってくれた地図も持ったし、準備は万端。
「それじゃ、行ってくるよ」
「良い旅になることを心より祈っています。どうかご無事で。」
心配そうに犬耳を倒しておばあちゃんが言った。
「早く帰ってきてくださいね、ナギ様」
「ナギ様、お早いお帰りを心よりお待ちしております、シトラスはスカートの裾をつまんで一礼します」
ソラちゃん、シトラスさんが続く。
他のみんなも早く帰ってきてって言ってくれて。私愛されててんなぁ、ってなんだかうれしくなった。
中学の頃お母さんが死んでから、「行ってらっしゃい」なんて言われることもなくなって。
前世ではずっとこのまま一人で生きてくのかな、なんて思ってたのにな。
みんなのためにも、絶対鍛冶人族さんたちとの交渉を成功させないと。
決意を新たに、私は城塞都市へ向け出発した。
犬人族のおばあちゃんがくれた地図を手に、森の中を進む。
強い魔族であることは悟られないよう気配を隠し、周囲の視線を警戒しながら森を駆ける。前に犬人族の集落へ走ったときもそうだったけど、ジルベリアさんの足は超音速。
背中におぶられた私は白目を剥き、肩が外れ、首を捻挫し、短い人生だったな、と死を覚悟した。
しかし、人間というのはどういう状況にも慣れる生き物で、一時間ほど経った頃には、もう何も感じないようになっていた。
あ、また肩外れた。携帯食として作ったサンドイッチ食べて治さないと。
「なあ、ナギ。少し聞きたいのだが」
トマトとレタスとローストビーフのクラブハウスサンドイッチをかじっていると、ジルベリアさんが言った。
「ん? なにかな」
「我輩今回戦うのダメではないか」
「そうだね。控えてくれると助かるけど」
「でも、やむを得ないときってあるであろう? そういうときはどうするのだ?」
「うーん。どう猛な魔獣や魔族さんに襲われちゃったみたいな状況だよね」
あまり考えたくない話だけど、その可能性も十分にある。
「そういうときは、戦ってくれると助かるかな。力を隠すことよりもみんな怪我なく無事に帰ることの方がずっと大事だし」
「だよな! そうなるよな!」
ジルベリアさんは弾んだ声で言う。
「さあ、来い! 強いやつ来い! ここ第一森域だし、見るからに強いやついない感あるがそれでも、来い! 来るのだ!」
念じるジルベリアさん。
本末転倒な気がしないでもないけれど、楽しそうだしいいかな。
リーシャさんが言ったのはそのときだった。
「ナギ様。前方に魔族の気配が」
「きたっ! きたかっ!」
ジルベリアさんは一瞬緋色の目を輝かせ、
「……なんだざこか」
とがっかりした声で言う。
「よし、スピードを落とそう。普通のどこにでもいる魔族さんくらいの速度で」
見られても怪しまれないよう、スピードを落として進む。
「いるのは強くない魔族さんなの?」
「ああ、第一森域だからな。下級魔族の集落があるようだ」
「そっか。よかった」
ほっと息を吐く。
とりあえず一安心。
「ぜんぜんまったくこれっぽっちもつよくないぞ。はっきりいえばだいぶよわい。わがはいつまらぬ」
「そこまで言わなくても」
「待て。近づいてきたぞ」
「え」
想定外の事態。
やばい、どうしよう。
「どうしますか、ナギ様」
「とりあえずみんな待機ね。私が許可を出すまで絶対に敵意は見せないで。できるだけ友好的にお願い。話は私がするから」
「うむ。心得た」
「承知しました」
少しして、木々の合間からその姿が私の目にも届く。
茂みをかき分けて現れたのは、蜘蛛の少女だった。
小柄で華奢な身体は、その背中から蜘蛛の脚が四本伸びている。人間的な両手両脚を含めて、八本脚ってことなのだろう。
質の良いきらびやかな着物姿は、彼女が種族の中で高位に位置していることを思わせた。
「あなた。一体誰の許可を得てここを通ろうって言うのかしら」
そう言って薄紫の髪をかきあげる。
「ここは私様の領地だってわかってる? 私様の場所なのよ、私様の場所。まさか、私様を知らないなんて事は無いわよね」
待ってみんな、戦闘態勢取らないで。落ち着いて。
またコテコテなのが来たなぁ……と思いつつ、三歩前に出て、営業スマイル。
厄介そうな相手ほど敵意ないですよーって顔をするのが社畜流だ。
「すみません、この辺りのことはよく知らなくて」
「ふん、これだからよそ者は。私様は蜘蛛人族の女王、ナクア。この辺りでは最強、第二森域の魔族とだって互角に戦えると言われる蜘蛛の女王よ」
自慢げに髪をかき上げてナクアさんは言う。
「よそ者のくせにここを通ろうだなんて生意気だわ。あんたたちなんて私様が一人でボコボコにしてあげる。尻尾を巻いて逃げるなら今のうちよ。私様、負けたことなんて一度も無いんだから」
やめて! 今あなた、その初敗北に向かってるから!
自分で負けイベントへのレールに乗っちゃってるから!
「いえ、でも私はできればあなたと戦いたくないと言いますか」
「はぁ? 魔族なのに戦いたくないって言うの? どれだけへたれなのよ、あなた」
だからダメだって。
絶対あとでその発言後悔するからね。今までの自信はなんだったんだろうってなるからね。
「いいから、さっさと決着をつけるわよ。どうする? 殴り合いでも魔法対決でも、私様はどっちでも――」
「私としてはできれば友好的に。友達になんてなれたらうれしいなって思うんですけど」
「……と、ともだち?」
ナクアさんは少しの間ぽかんとした顔で私を見つめた。
「あなた、私様と友達になりたいって言うの?」
「そうですけど」
「え、え? えっと……」
ナクアさんは困ったように視線をさまよわせて言う。
「でも、私様みんなに怖いって言われるし。話したこと無いのに性格悪いとか言われてるし」
「怖いですかね。私はそんなことないと思いますよ?」
「つり目だし、一重だし、牙あるし。小さい子には泣かれるし、動物には逃げられるし、他の魔族は怖がって近寄ってこないし」
「いや、その感じがむしろかわいいです。ポイント高いです」
お世辞ではなく本心だった。
目つきは鋭めでちょっと怖い印象はあるものの、それが逆にかわいいというか。ツンツンしちゃってもうこの子はーって感じというか。
なのにちょっと自分に自信なさげな感じとか、幸薄い系の子好きの私の好みに突き刺さってるんだけど。めっちゃかわいいんだけど。
「それに、話下手だし、会話続かないし。配下以外相手に何を話せばいいのかわからないし、そもそも話す前に泣かれて逃げられるし」
「でも、ほら。私は泣いても逃げてもないじゃないですか。話だってちゃんと続いてますよ」
「そ、そう言えばそうね」
ナクアさんは戸惑った様子で言う。
「……ほ、本当に私様と友達になりたいの?」
「なれたらいいなって思います。話してみて、より好きになってる私がいますし」
私自身友達少ない方だったし、コミュ障気味の子ってむしろ好きなんだよね。気持ちがわかるから、つい話しかけたくなるというか。仲良くなると頼りにしてくれたりして、そういうのもすごくうれしいし。
「あなた、良い人ね!」
ナクアさんは琥珀色の瞳をぱぁ、と瞬かせて言った。
「私様、あなたのこととっても気に入ったわ! 名前は何て言うの?」
「ナギです」
「良い名前ね! 大丈夫? お腹空いてない? 簡単なものなら、配下の者に作らせるけど」
好感度の振り幅がすさまじかった。
さっきまで生意気とかボコボコにしてあげるとか言ってたのに。
だけど、その変化がうれしい。仲良くなれそうで良かった。
「ごめんなさい。今ちょっと急いでまして」
「そう。残念だわ……」
がっかりした様子で背中の蜘蛛の脚をしゅんと小さく丸める。
「またいつでも遊びに来てね。配下の者たちと一緒に大歓迎するから」
「はい。落ち着いたら必ず来ますね。私、料理できるんでご馳走します」
「ほんと!? 私様、友達が作ってくれたごはん食べるの夢だったの! 絶対よ! 絶対だからね!」
身を乗り出して言うナクアさん。
なんだこのかわいい生き物。
「そうだ、道案内とかはいらないかしら? あと、必要なら警護の者をつけてもいいけれど」
「ありがとうございます。でも、大丈夫です」
「気をつけてね。近頃大鬼族の活動が活発化してるって聞くから。うっかり近づいちゃ絶対にダメよ。とっても凶暴で恐ろしい種族って噂だから。いい? 絶対よ。絶対に近づいちゃダメだからね」
めっちゃ心配してくれるナクアさんだった。
「あと、もしかしてあなたたち城塞都市に向かってるんじゃないかしら?」
「なんでわかったんですか?」
「ルート的にそうじゃないかなって。私様強いだけじゃ無くて頭もいいんだから。この辺りじゃ誰にも負けないのよ?」
ナクアさんはにっと笑ってから言う。
「そうだ。だったらあの子を連れて行くと道案内くらいはしてくれるかもしれないわ」
「あの子?」
「鍛冶人族の小さい女の子が、何日か前から西の森にいるの」




