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2 新人女神様に世界征服をお願いされる程度の出来事


「実は、今私が担当してる世界はひとつ問題を抱えているんです」

「問題?」


 はい、と女神様はうなずいてから言った。


「平和的に統治するため、ずっと魔王というものを作らずに管理していたんですが、やっぱり魔王の存在がないと世界のバランスって取れないみたいで。権力を巡って魔族同士の争いがずっと続いてしまってるんです」

「将軍の力が弱くなった戦国時代みたいな感じですね」


 歴史好きで戦国時代のシミュレーションゲームとか好きな私なので、そこはすんなり理解することができた。

 ちなみに、私は真田昌幸推し。すぐ裏切っちゃうところが人間っぽくてかわいい。


「理解が早くて助かります」


 女神様はにっこり目を細めてから続ける。


「それで、先輩の女神に相談したところ、やっぱり魔王を置くべきだろう、と。しかし悪い魔王を置いてしまうと、結局世界は荒れてしまいます。善良な魔王を探さないといけません。でも、魔王適合者って深い闇を持ってないといけないんで善良な人って難しいんですよね。本当に過酷な道のりでした。方々を駆けずり回って探しまして、そしてやっと見つけたわけです」

「それが私……ですか?」

「はい! 金の卵です! 逸材です!」


 にっと目を細める女神様。

 期待してくれるのはうれしいけれど、私どこにでもいるただの小市民なんだけどな。


「あの、人違いじゃないですか? 私、普通の一般人ですし。深い闇なんてありませんけど」


 浅い闇なら心当たりはなくもないけれど。高校で友達作りに失敗して一年の頃ずっとぼっちだったり、面接が苦手で就活百社以上からお祈りされたり。


「いえ、あります。深い闇がありますとも」


 女神様は目を伏せて首を振る。


「残業月三百時間、社長の決裁無しでは帰ることも寝ることも許されない職場環境、退職届を『賠償金三百万払え』と怒鳴り破り捨てる社長」

「…………」


 闇だった。たしかに闇だった。


「……私、勤めてた職場がブラック過ぎて魔王に選ばれたんですか?」

「闇の部分だけで言えばそうですね。しかし、もちろんそれだけではありません」


 女神様は言う。


「何と言っても、そんなブラック、いえダークマター企業でも前向きさと善良さをまったく失わなかったその鋼のメンタルと鈍感力。ナギさんなら魔王の座に着いたとしても、権力に溺れること無く統治してくださると確信しています。正に私が求める善良な魔王の理想型と言っても過言ではないでしょう」


 うんうんとうなずく女神様。

 なんかめっちゃ褒めてくれてる。


「い、いや-、それほどでも」


 大人になってから褒められる機会って少なくなっていたので普通にうれしくなってしまった。


「つまり、ナギさんは私がようやく見つけ出した逸材なんです。魔族を統一して平和的に統治してもらえたらな、と。つまり世界征服的な感じですね」

「私でいいならもちろん協力しますけど」


 言ってから気づく。

 ん? 世界征服?


「あの、世界征服って何ですか?」

「平和的に統治するためには、支配下に置く必要がありますから」

「あー、支配下に置くのも私の仕事なんですね」

「そういうことです」


 そんな軽い感じで言うことじゃないと思うけど。

 やっぱり女神様だけあってちょっと浮き世離れしてるところがあるんだろうか。


「でも、世界征服なんてしようとしたら逆に新たな争いが生まれることになりません?」

「一時的なものでしたら問題ありません。ずっと続いている争いがなくなって、その後平和な時代が長く続いてくれれば、私としてはとてもありがたいんです」


 女神様はにっこり微笑んでから続ける。


「魔王としての能力もちゃんと準備してありますから。魔王らしく、とても強力な能力ですよ」

「え! そうなんですか!」


 強力な能力……一体どんな能力なんだろう。

 少女漫画より少年漫画が好きな私はこういうのにちょっと憧れがある。

 時間が止められたり、相手の能力コピーできたりするんだろうか。かっこいい呪文なんかもあったりして。破道の九十! 黒棺! みたいな!

 わくわくしながら待つ私に、女神様は言った。


「その名も、『魔王厨房デモンズキッチン!』食べた人の病や怪我が瞬く間に治ってしまうおいしくて栄養と回復付与たっぷりな料理が作れる能力です」

「おおー、回復系なんですね」

「それだけじゃありませんよ。理論上最高レベルのキッチンを具現化して調理することができますから。食べたことがないような絶品料理の数々が作れるはずです。おいしいものを食べて前世での疲れを癒やしていただければ、と」

「そこまで考えてくれてたんですか! ありがとうございます!」


 おいしいごはんと、無理せず生きていける労働環境。

 うん、異世界魔王生活もなかなか悪くないかもしれない。


「この能力、用意するのなかなか大変だったんですよ。まだ世界に存在しない道具の数々を具現化させるのに膨大なスキルポイントが必要でして」

「がんばってくれたんですね」

「はい。結果的に、他のスキルも能力もまったく上げられませんでした。もう、Fランクの魔獣にも手も足も出ないくらいに弱い仕上がりになっちゃって。特に耐久値なんてちょっと転んだだけで捻挫と靱帯断裂と複雑骨折を併発して命に関わるような有様で」

「……えっと、ちょっと待ってもらえますか?」


 今とてもスルーできない言葉が聞こえた気がする。


「なんでしょう」


 女神様は小首をかしげる。


「私、そんなに弱いんですか?」

「はい。すごく弱いですけど」


 うなずいて続ける女神様。


「力を手にすると人は変わってしまうと言いますからね。善良な魔王としては、弱いくらいがちょうどいいのです」

「でも、私この能力で世界征服しないといけないんですよね」

「はい、そうなりますね」

「ごはん作るしかできないめちゃ弱な魔王に、世界征服なんてできるんですか?」

「………………」


 女神様は黙り込んだ。

 今まで七度挑戦してまだマドレーヌ食べるところまで読めてない『失われた時を求めて』が読み切れるんじゃないかってくらい長い沈黙だった。

 やがて言った。


「ど、どうしましょう」


 あー、盲点だったかー。

 そこ気づいてなかったか-。


「へ、変更できないか管理部にかけ合ってみます!」


 女神様は耳元に手をやって、何やら話始める。


「すみません、先日認可いただいたナギさんって魔王の能力なんですけど。はい、今から変更をお願いしたくてですね。……え? できない? 納品済み? そこをなんとか……なるほど、そうですか……」


 それから、がっくり肩を落として私に言った。


「もう納品も済んでいるので変更はできないみたいです……」

「……そうですか」

「すみません! いえ、本当に申し訳ありません!」


 女神様は深く頭を下げる。


「わたし女神としては新人で、一生懸命ミスしないよう気をつけてるんですけど、なかなかうまくできなくて――ってこんなことナギさんには関係ないですよね! 本当に、本当に申し訳ありません! なんとお詫びをしたらいいか……」


 必死で謝るその姿は、なんだか親近感が湧くものがあった。

 新人で失敗ばっかりだった私も、よくこんな風にお客さんに謝ってたっけ。


「頭を上げてください。起きちゃったことは仕方ないですから」

「ダメなんです……わたしはダメなやつなんです。こうなったら腹を切ってお詫びを――」

「落ち着いて! ほんとにいいですから! ナイフ出さないで!」


 あわてて取り押さえた。

 どたばたと格闘した後、ほっと安堵した様子で女神様は息を吐く。


「本当にお優しい方なんですね」

「いや、目の前で腹切りしようとする人がいたら誰だって止めますって」

「はっ! また余計なご迷惑を。すみません、本当にすみません」

「いえいえ、そんなに気にしなくていいですから」


 熱意が空回ってる感じが新人さんらしい。

 わかる! めっちゃわかるよ、その気持ち!


「嫌なこともあるかもしれませんけどがんばってください。私女神様のこと超応援してるんで」

「本当にありがとうございます」


 女神様は宝石みたいな瞳の涙をぬぐう。

 無理しない程度にがんばってほしいなぁ。耐えられなくなったらすぐ辞めればいいと思うけど、日々前向きに働いてくれたらいいなって思う。


「ただ、さすがにこの能力で世界征服は無理だと思いますよ」

「そうですね……別の手段を考えます。ナギさんは全部忘れて異世界でゆっくり過ごしてください」

「え、いいんですか?」

「ごはんが作れる能力だけでは、魔族の統一は不可能ですから」

「それは、たしかに……」


 無事世界征服を求められる魔王から、何も求められない弱小魔族にランクダウンしたみたいだった。

 窓際族になったみたいなのはちょっと複雑だけど、でもゆっくり休んでいいのはとてもありがたい。

 よし、こうなったら全部忘れてのんびり暮らそう。

 本に関わる仕事ができないのは残念だけど、異世界での生活ってなんだか楽しそうだし。この経験を本にして、来世ではベストセラー作家! 印税生活、ノーベル文学賞みたいな!

 むふふ、夢が広がるぜ!


「いろいろ無理を言ってしまっているのでしばらくは管理部に認可してもらえない可能性も高いですが、でも必ず対応しますので。このたびは本当に申し訳ありませんでした」


 女神様はもう一度深く一礼する。


「いえいえ、ほんと気にしないでください。おいしい料理付きの異世界スローライフとかとっても楽しそうですし。むしろハッピーです!」

「ありがとうございます」


 女神様はほっとした様子で息を吐いてから言う。


「お詫びの意味も込めて治安の良い地域に転送しますね。四大大陸から離れた小島なら非力な魔族でも安全に暮らすことができると思いますので」

「ありがとうございます。お願いします」


 女神様は「では、転送」と空気中に幾何学模様を描いて言う。

 足下で魔方陣が淡い緑色に発光して。

 視界が切り替わる直前、女神様は言った。


「え、うそ、わたし設定間違えてる!? すみません無しです! この転送魔術無し! お願い! 止まって!」

「へ――?」


 女神様の綺麗な声で悲鳴が響く中、転送魔術は起動して私は異世界に跳ばされてしまった。



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