19 建築技術を求めて
さてさて、次はどこを改善していこう。集落を見回りながら私は考える。
やっぱり雨漏りしてたり、すきま風が多い木組みの家の改善は急務だろう。あと、犬人族さんが着てる薄い麻の服や、干し草のベッドのような家具類もより良くしていきたいところ。
ホワイト集落運営者になりたい私としては、みんなにより良い家で快適に過ごして欲しいからな。
そういうわけで頼れるメイド長、シトラスさんに相談したのだけど……。
「難しいと思われます、とシトラスは回答します。緋龍族において、建築技術は発達していません」
どうやら難しいらしい。
「我輩たちは家を作る必要が無かったからな。外敵はおらぬし、雨風が凌ぎたければ洞窟に入れば事足りる。あと、木とか土とかもろすぎて細かい加工できぬし」
木と土がもろすぎて加工できないとは、さすがドラゴンさん。
めちゃつよだもんな。スケール違うなぁ、と感心する。
「私共もより質の良いものを作りたいとは思っているのですが、今の技術ではこれが限界で……」
申し訳なさそうに言う犬人族のおばあちゃん。
「いえいえ、気にしないでください。今でもおかげですごく快適に暮らせてるので。あくまで、ただもっと良くできたらいいなってだけですから」
慌ててフォローしつつ、そりゃそうかと納得する。
お手本も指導者も無しにいきなりもっと良くするなんてできるわけないし。
私が教えられれば良いんだろうけど、家の建て方とか全然わかんないしな……。
ん? 待てよ。わからないならわかる人を探せば良いのでは。
「周りの他の魔族さんに建築技術を教えてってお願いするのはどうかな」
ふと思いついて聞いてみる。
「良い考えだと思います、とシトラスはうなずきます。それなら十分可能性はあるかと」
よし、この手で行こう!
「この辺りで優れた建築技術を持った魔族っていませんか?」
「このあたりだと特に思い当たる種族は……」
犬耳おばあちゃんは思案げに顔を俯ける。
「ここは神樹様の加護が乏しい辺境であることと、竜の山に近いという二点から、他の魔族はあまり近づこうとしない地域ですから。暮らしている魔族自体も少ないですし」
前にソラちゃんも言ってたっけ、と思いだす。
余計な争いを避けられてるって意味では良いことでもあるけれど、しかし建築技術は取り入れたいところ。
「じゃあ、この辺りと限定しなければどうですか?」
「有名なのは城塞都市の鍛冶人族でしょうか。彼らの技術は、『神樹の森』近郊では最も高いのではという声もあります」
「うーん、じゃあその人たちに頼むのがいいかな」
どうせ学ぶなら技術力が高い魔族さんの方が絶対良いしね。
「なんと! 彼の高名な鍛冶人族に依頼するというのですか!」
おばあちゃんは白い眉毛を動かして目を見開いた。
「そんなにすごい魔族さんたちなんですか?」
「はい。鍛冶人族の城塞都市は近年さらに目覚ましく発展しているとこんな辺境でも噂で聞きますから」
「城塞都市というのは?」
「鍛冶人族が建造した巨大な都市です。外周は、千里先からでも見えると言われる巨大な城壁で覆われ、その防衛力は万の軍勢でもびくともしないと聞いております」
「そんなすごい街があるんですね」
鍛冶人族ってすごいんだな。
もうちょっと文化レベル低いのかと思ってたよ。
「たしかに、鍛冶人族の技術の高さは私も聞いたことがありますね」
リーシャロットさんが言う。
「なんでも、銃と呼ばれる矢に変わる兵器を開発し、聖王国が誇る十字軍の侵攻を打ち破ったとか」
「……え? 銃あんの」
銃が作れるほど技術が高いということは、控えめに見積もっても、室町時代以降の技術力があるわけで。まだ弥生時代してる私たちとは、千年近い文明力の差がある。
「……もしかして、私たちってこの世界では大分遅れてたりする?」
「いえ、そんなことはないと思います」
リーシャさんは言う。
「銃を発明したのも鍛冶人族だけですから。彼の帝国でも、魔術を付与した矢が遠距離戦闘では主流だという話ですし」
「でも、おかしくない? どうして鍛冶人族さんだけそんなに高い技術力を持ってるの?」
「たしかに、それは不思議ですね」
うなずくリーシャさん。
その理由を教えてくれたのは犬人族のおばあちゃんだった。
「元々は、鍛冶人族もそこまで傑出した技術力を持ってはおりませんでした。私共と同様に、森の中で暮らしていたと聞いています。しかし、百七十年前に生まれた一人の天才がすべてを変えたのだそうです」
「天才?」
「レイレオという名の鍛冶人族です。私も噂に聞くだけなので、それ以上のことは知りませんが」
「すごい人がいるんだ」
森の中で暮らしていた鍛冶人族を、巨大な都市で生活できるようにし、銃まで発明した天才。
それは、ちょっと会ってみたいかもしれない。
「じゃあ、鍛冶人族さんの城塞都市に行くっていうのが当面の活動目標かな。場所的には結構遠いの?」
「そうですね。犬人族の脚では、どんなに急いでも一ヶ月以上は」
「そんなもの飛べば簡単に――」
「はい、ジルベリアさんストップ! すとーっぷ!」
割り込んで小さな口をふさぐ。
「強いドラゴンであることは秘密にするんだよね?」
「そ、そうだったな」
小声で確認し合った。
巨大な魔獣を毎日のように狩ってきたりしてるから、今さら手遅れのような気はしないでもないけれど、それでも極力目立たないようにしていきたいところだ。
特に、どういう相手かわからない外部の魔族さんと接触する場合は。
「しかし、問題もあります」
犬人族のおばあちゃんは言う。
「最短距離を通ると『神樹の森』の第三森域を通らないといけません」
「『神樹の森』の第三森域?」
「前にもお話しましたが、このあたりは神樹様のお力によりできた大森林地帯なのです。一番外れにあるここは第一森域の外にある辺境。中心にある神樹様に近づくごとに、加護が強くなり、上位の魔族が増えていきます」
年輪のような構造をしているのだとおばあちゃんは教えてくれた。外側から、第一森域、第二森域と奥に進むに従って加護が強いエリアになっていくらしい。
「奥に入れば入るだけ危険ということですね」
「はい。特にルート上は第四森域の中でも大鬼族が暮らすという大空洞の近くですから」
「近づかない方が安全、と」
「そう思います。大鬼族は『神樹の森』でも屈指の凶暴さを誇る魔族です。特にその姫君は、類い希な強さを持つ変異種と言われ、森の中でも四本の指に入る実力者だとか。下手に刺激すると、まず生きては戻れません。絶対に近づいてはならないという話です」
「それは興味深いな! うむ! すごく面白そうだぞ!」
ジルベリアさんは緋色の目を輝かせて言う。
めっちゃ戦いたそうだった。
「あの、なるべく戦闘は避ける方向でお願いしたいんだけど」
「…………」
ジルベリアさんはしばしの間固まって私を見つめてから言った。
「わがはいたたかえないのか?」
「ごめん……」
「そうか……」
しょんぼり肩を落とすジルベリアさん。なんだか哀愁が漂う姿だった。
「よい。わがはいはナギのしじにしたがうときめたからな。じぶんとのやくそくもまもれぬようではおうのなおれだ」
「ごめんね。我慢してくれてありがとう。その分、がんばっておいしいごはん作るから」
「なに! それは誠か! 誠だろうな!」
前のめりになって言うジルベリアさん。
「うん、もちろんほんとだって」
元気になってくれて良かったと思いつつ、私ははるか森の先にある鍛冶人族さんのことを思う。
銃を発明し、巨大な都市で暮らす進んだ文明を持った種族。
これは是非とも友好関係を築き、いろいろと教えてもらいたいところ。
いざ、鍛冶人族さんとの接触作戦開始だ。




