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18 私とのんびり内政、温泉編その2


「お呼びでしょうか、ナギ様ジルベリア様、とシトラスはお二人に一礼します」


 シトラスさんは、いつものクールな無表情で言った。

 これで仕事すごくできるから、頼りになるんだよね。いろいろ気がついて率先してやってくれるし。とても頼りになるうちのメイド長さんだ。


「温泉ってわかるかな? 温かい地下水が湧き出てくるもので、入るとすごく気持ちいいものなんだけど」

「知っています、とシトラスはうなずきます」

「知ってるんだ!?」


 びっくり。今まで聞いてきた感じだと、魔族さんの間では相当馴染みが無いものみたいだったのに。


「竜王国に留学していた頃、本で読んだことがあります」

「え、ドラゴンさんたちにも本ってあるんだ」


 本好きの私にはなかなか興味深い情報だった。

 ドラゴンさんってどんなこと書くんだろう?

 何それすごく読んでみたい。


「はい。残念ながら竜の山にはあまりありませんが」

「あ、そうなんだ」


 がっかり。


「だって本読むより我輩身体動かしてる方が愉しいし」


 元気な男の子みたいなジルベリアさんだった。


「それに、外で修行ごっこをしてる方が新しい奥義を開発することもできるではないか」

「…………」


 あれ修行ごっこの産物だったんだ。

 どうりで、手作り感漂うネーミングしてたと思ったよ。


「で、温泉のことなんだけど。わき出る場所を探して穴掘ってみたけどうまくいかなくてさ。どうすればいいかわからないかな?」

「お任せください、とシトラスはスカートを持ち上げて一礼します」


 シトラスさんはすっと穴の中に飛び下りる。フリルのスカートが落下傘みたいに広がって深い闇に消える。しばらくして何事も無かったかのように、すた、と音もほとんどたてず穴の中から出てきて、私に言った。


「この周辺の基盤岩が浅いことが原因だと思われます、とシトラスは調査の結果を報告します」

「基盤岩?」

「大陸地殻を構成する基礎部分です。それより浅い部分は主として粘土層でできているようですね、とシトラスは分析の結果を伝えます。帯水層ではないので温泉は出てきません」

「そうなんだ……」


 どうやら、この辺りを掘っても温泉は出ないらしい。

 がっかり。

 大分期待してたんだけどなぁ……。


「他に近くに温泉出るところなんてあったり……はしないよね」

「あります、とシトラスはうなずきます」

「……へ? あるの?」


 山の崖下掘っても出なかったのに?

 驚く私に、シトラスさんは言った。


「粘土層なのはこの近辺だけと考えられます。少し離れた場所では地下水が流れていることは先日汚染処理の際確認済みです、とシトラスは自らの手際の良さをさりげなくアピールします」

「うん、シトラスさんはできる人だよ。超頼りにしてるよ」

「ふふ」


 うれしそうだった。

 ふるふると尻尾振ってるし。

 わんこ属性なのはジルベリアさんだけでは無いみたいだった。

 かわいいからいいんだけど。


「砂や礫層といった帯水層もありますので温泉が出る可能性も高いと思われます、とシトラスは報告を続行します」


 そっか。たまたま掘ってた場所が悪かっただけということらしい。


「もしかして、その場所調べられたりできないかな?」

「はい、お任せください」

「頼れる! 頼れるよ、シトラスさん!」

「湧き水の位置関係と地下水脈の構造については、汚染された水の動きを調査した際把握していますので」


 そっか。あのとき調べてもらったから、まったく情報が無いというわけでもなかったんだ。


「より深い位置の地質については調査が必要です。少々お待ちください、とシトラスは作業を開始します」


 それから、シトラスさんは辺りの地質を見て回り、その結果を教えてくれた。

 そして遂に! 遂に、温泉が出る可能性が極めて高いスポットを見つけ出してくれたのである!


「この場所を垂直方向に七十メートルほど掘れば、披圧帯水層と交差します。内圧により、温泉が湧き出す可能性は高いと思われます、とシトラスは導き出した結論を報告します」

「ありがとう! シトラスさんがいてよかった!」

「いえいえ、大したことでは、とシトラスは口元を抑えて謙遜します」


 竜の尻尾が揺れている。

 褒められたがりなわんこ体質かわいい。


「では、掘っていくぞ!」

「うん、お願い」

「必殺! ドラゴンハイパー穴掘り!」


 毎回やるんだね、それ。

 ずがががががが、とすさまじい勢いで穴を掘っていく。

 穴はあっという間に深くなる。と、異変が起きたのはその直後だった。


「ぬわっ!?」


 ジルベリアさんの短い悲鳴。

 何かあったのだろうか?

 心配してのぞき込んだその瞬間、穴の中から真っ赤な液体が噴き出してくる。


「ひっ」


 一体何事、と身をひいた私の足下を、赤い液体が濡らす。トマトジュースを明るくしたような色の液体だった。

 うそうそ、なんだこれ。

 ジルベリアさんに一体何が、と戸惑う私の視線の先で、ジルベリアさんがぶはっと液体の中から顔を出した。


「ナギ! これすごくあったかいぞ! 気持ちいいぞ!」

「へ?」


 きらきらした目で言われて、ようやくその液体があたたかいことに気づいた。

 しゃがみ込んで指で触れてみる。やっぱりあったかい。すくって鼻を近づけると、ほのかに硫黄の香りがした。

 温泉だ! これ温泉だ!


「やった! やったよジルベリアさん! シトラスさん!」

「うむ! やったぞナギ!」

「はい、やりました」


 足首まで温泉で濡らしながら、広がる赤い液体の上で。

 私たちは喜びのあまり、抱き合ってくるくる回ったのだった。






「温泉って本当に良いものだよねー」

「良いものであるなー」


 数日後、完成した温泉で私たちはまどろんでいた。

 みんなで入れる大きな湯船は小さめの岩積んで作ったもの。しっかり磨いてあるから、足で触れる感触はとても気持ちよく、怪我をする心配も無い。

 外から見えないように柵と脱衣所も作った。ちなみに、ここは女湯で、男湯は少し離れた場所に作ってある。

 赤色の温泉は、身体を芯からぽかぽかとしてくれた。肌もつやつやすべすべになってるし、何より天国にいるみたいに気持ちいい。

 もう毎日一時間以上入ってるのに全然飽きないもんね。

 ふわー、極楽極楽。

 肩まで浸かって立ち上る白い湯気を見ていると、ソラちゃんのおばあちゃんが近寄ってきて言った。


「ナギさん、私共にも温泉を使わせていただいてありがとうございます」

「いやいや、気にしないでください。みんなで使うために作ったものですから。遠慮せず入ってくれた方が私もうれしいです」


 がんばって働いてくれてるみんなにまだごはんしか提供できてないわけで。もっと福利厚生を充実させてホワイト集落にしていかなければ。


「本当に、ナギさんが来てくださってから、この集落はとても良い場所になりました」


 赤い湯に、犬耳を気持ちよさそうに垂れさせながらおばあちゃんは言う。

 最初に見たときの今にも死にそうな姿を思いだすと、今こうして元気でいてくれるのがすごくうれしい。


「集落を守ってくれる騎士の方たちのおかげで、魔獣に襲われることもなくなりました。狩りの成功率も格段に上がり、畑からは新鮮なお野菜が。食卓には毎日豪勢なお料理の数々が並びます。ナギさんの作るお料理は本当にこの世のものとは思えないくらいにおいしいですし、生活が豊かになったとみんな本当に喜んでいます」


 ありがたい言葉だった。

 みんながんばってくれてるからなぁ。


「いえいえ、私じゃ無くてみんなの力ですから。犬人族カーネさんも畑仕事すごくがんばってくれてますし。ソラちゃんなんて、自分で考えて畑の拡張とか新しいお野菜植えたりしてくれて、すごく助かってるので」


 先日自分が作った野菜をおいしいと言ってもらえた経験は、ソラちゃんにとって一つのきっかけになる出来事だったらしい。

 生産者の喜びに目覚めたソラちゃんは、毎日旬で採れたての選りすぐった野菜を選んできては、「ナギ様。今日の一押しはこれです。この小松菜! お日様の光とナギ様からもらった栄養がたくさんこの大きな葉っぱに詰まってます。絶品です」と紹介してくれる。

 話上手な八百屋さんみたいになっているのだった。小さな子供の体と、熱のこもった営業トークのギャップがなんとも素敵で、かなり癒やされてるし助かってるのだけど。


「そうだぞ、主らはもっと誇るが良い。我輩たちに負けず劣らず良い仕事をしておるのだからな」


 ジルベリアさんは、ばさっとお湯を激しく揺らして立ち上がる。


「そして皆でもっともっと良い場所にしていこうではないか。世界中のみんなが驚くような見事な場所にしてだな。一緒に暮らしたいって仲間を増やして勢力拡大! 行く行くは世界征服だ!」

「うん、がんばっていこう。力を合わせて」

「はい、ナギ様」


 温かい湯に浸かりながら、私たちは夢いっぱいな未来のことについて話し合ったのだった。



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