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16 ルッコラとローストビーフのサラダ


 今回使うのは、採れたての新鮮野菜と塊の牛もも肉。

 まずもも肉の表面を拭いてからロックソルトと粗挽きの黒こしょうをしっかりすり込む。

 フライパンにオリーブオイルをくわえて熱し、もも肉を転がしながら表面全体にしっかり焼き色をつける。赤ワインを入れて全体に絡めたら、取り出して肉汁が漏れないようアルミホイルでしっかり包む。

 これを天板にのせ、百六十度で加熱しておいたオーブンで焼くこと二十分。上下をひっくり返してもう二十分加熱し、竹串を刺して中まで火が通っているのを確認する。

 焼き上がったら、アルミホイルで包んだまま常温で三十分置いてお肉を落ち着かせる。じっくり時間をかけて温度を下げ、旨みと肉汁を閉じ込めるのがポイントだ。

 肉ができあがるのを待つ間に次の工程。先ほど赤ワインを入れてお肉を焼いたフライパンに、ブイヨン、バター、醤油、片栗粉を加えてソースを作る。

 ルッコラを五センチほどに切り、ラディッシュは千切り、レッドリーフレタスは食べやすい大きさにちぎってボールに入れる。水にさらしてあく抜きしてから器に敷き、できあがったお肉をアルミホイルから取り出して薄く切って盛りつける。鮮やかな紅色の断面なそれを並べて、ソースをかけたら、新鮮野菜とローストビーフのサラダの完成だ。


「と、とても興味深いです」


 リーシャさんはテーブルに置かれた大皿をのぞき込む。


「美しい、とシトラスはその鮮やかな彩りに見とれます」


 シトラスさんの反応も好意的だったけれど、


「我輩草はあまり好まぬ。肉だけで良い」


 ジルベリアさんはちょっと嫌そうだった。


「好き嫌いはいけません、ジルベリア様。バランス良く何でも食べてこそ健康な体内環境と調和の取れた竜生というものが――」


 シトラスさんに注意され、「あー、聞きたくない。我輩聞きたくない」と耳をふさぐ。

 お母さんとわがままな子供みたいだった。

 私も昔、好き嫌いを注意されてたっけな


「でも、折角みんなで作ったお野菜なんだからさ。ジルベリアさんが耕してくれた畑から採れたんだよ?」

「誰が作ったところで草は草ではないか。我輩肉が良い」


 頑固。

 気持ちはわかるけどね。私も小学生の頃、自分で育てたブロッコリー食べたけど全然おいしくなかったし。

 自分で育てたんだから、と言われても嫌いなものは嫌いなんだよね。

 ああ、私も知らないうちに大人サイドになってたんだなぁ。


「わかった。いいよ、それならお肉だけ食べてくれれば良いから」

「ええ。お野菜は代わりに我がいただきましょう」


 リーシャさんは真剣な声で言う。


「では、いただいていいですかナギ様」

「うん。どうぞ食べて」

「いただきます」


 リーシャさんは背筋をぴんと伸ばし、美しい所作でローストビーフをソースにからめて口に運ぶ。


「うんっ! これは美味っ! とても美味です!」


 目を見開いてさらにもう一切れ口に運んでから、目を閉じて一噛みずつゆっくりと咀嚼する。

 大切に、大切に。

 まるでお肉が溶けていくのが名残惜しいみたいに。


「ああ、幸福とはこんなところにあったのですね」


 頬は落ちそうなくらいゆるみ、閉じられた長いまつげは幸せのカーブを描いていた。


「先日のステーキというものも素晴らしかったですが、このお肉にはまたまったく違う良さがありますね。脂が少なくさっぱりとした味わいです。ダメ、こんなの止まらなくなってしまうではないですか」

「うむ! リーシャロットの言うとおりだ! この肉美味いな! 我輩気に入ったぞ!」

「はい、止まりません、とシトラスは頬を緩ませます」


 夢中で頬張るジルベリアさんとシトラスさん。

 それはとっても微笑ましい光景だったのだけど、


「うう……大丈夫でしょうか……」


 それをソラちゃんは心配そうに見つめていた。


「どうかした?」

「いえ、あのお野菜はわたしがお水をあげてたものなので。ちゃんとできてるか心配で」


 生産者的な悩みだった。

 一生懸命お世話してくれたんだな、と思ってうれしくなる。


「大丈夫だよ。ソラちゃんがんばってたし」

「それなら、いいんですけど」


 不安そうなソラちゃん。

 その視線の先でリーシャさんが言った。


「いけません、お野菜もいただかないと。騎士の道はバランスの取れた食生活からです」

「はうっ」


 緊張が一気に襲ってきたのか、ソラちゃんは変な声をあげる。


「野菜は好きです、とシトラスは緑の葉に目を細めます」

「好きなんだ……!!」


 見えた希望の光にぐっと前のめりになり、


「我輩は食べぬがな。草など王の食べるものではない」

「うう……」


 ジルベリアさんの言葉にしょんぼり肩を落とす。

 テンションの上がり下がりが忙しかった。

 大丈夫だと思うんだけどな。あまり心配させるのも悪いので、私はフォークで赤いレタスの葉にソースをからめて口に運んだ。


「な、ナギ様!?」


 ソラちゃんは私の突然の行動にびっくりしてから、


「ど、どうですか……?」


 不安げに私を見上げる。

 歯で踊る心地よいぱりぱりの食感。そして広がったのはレタスの葉のみずみずしい風味と旨みだった。採れたての野菜ってこんな味がするんだ、とびっくりする。まるで自然をそのまま食べているみたい。


「これすごいよ。止まんない」

「ほ、本当ですか? お気を使ってませんか?」


 猶も不安げなソラちゃんに、リーシャさんが言った。


「いえ、これは見事です。こんなに美味な野菜があるとは。信じられません」

「収穫して間もない野菜に含まれるスクロースと、ナギ様の能力により蓄えられた豊富な栄養がこの味を作り出しているのでは、とシトラスは分析します」

「ほら、ほんとにおいしいんだって。ソラちゃんも食べて食べて」

「じゃ、じゃあいただきます」


 恐る恐るという感じで私が差し出したフォークの先のルッコラをぱくりと食べる。

不安げなその顔が、解けるのに時間はかからなかった。


「……おいしい」


 半信半疑みたいな声でそう言ってから、


「おいしいですっ! わたし、ちゃんと野菜作れました!」


 犬耳をぴんと立て、もふもふの尻尾をぶんぶんと振った。


「うん、できてたね。えらいえらい」


 栗色の毛を撫でると、気持ちよさそうに目を細める。

 ああ、かわいいなぁ、おいしいなぁ、と幸せいっぱいな私たちを見てジルベリアさんが言った。


「……そこまで言うなら、我輩も食べてみるか」


 ぱくっと一口、口に含んで、


「う、うまっ!? これほんとに草か? 何か別のものではないのか?」


 戸惑った声がなんとも微笑ましい。


「我輩も草食べるぞ! これは良い草だ」

「で、ですが、ジルベリア様は先ほど我にこの野菜をくれると」

「……そうか。わがはいこのくさくえぬのか」


 悲しげに目を伏せるジルベリアさん。


「王の命に逆らうとは、その程度の忠節で一番の臣下とは言えません、とシトラスは宿敵の言葉に呆れます」

「ぐっ、シトラスめ……! しかし、我の心はこの草を欲している。ああ、一体我はどうすれば……」


 落ち込むジルベリアさんと、責め立てるシトラスさんの間であわあわするリーシャさん。

 今日も平和だなぁ、と思いつつ私は密かに持ってきていたとっておきのそれを取り出す。


「それはなんですか?」


 きょとんとするソラちゃん。


「空色烏骨鶏の卵。今朝取れてたんだ」


 そしてルッコラとローストビーフのサラダはさらなる進化を遂げる。

空色の卵を割って、ぷりぷりの黄身にフォークで穴を開ける。濃厚な黄金が、とろりと緑と赤に溶けていく。

 かき混ぜて口に運ぶ。それは正に奇跡的組み合わせ。質の良い肉の旨みがぎっしり閉じ込められたローストビーフと、採れたてお野菜の濃厚な甘みと苦み。そこに高級卵の魔法が加わって、無敵の三重奏が生み出されていた。

頭の中いっぱいに広がる多幸感。

 ああ、しあわせ味だ。しあわせ味だよ、これ。

 とろけてこぼれ落ちてしまいそうな頬を支えながら、うっとり目を閉じる。

 幸せに浸る私に、ソラちゃんが言った。


「わ、わたしも一口いただいていいですか?」

「おおっ、我輩もそれ食べたい! 食べたいぞ!」

「私もいただきたいです、とシトラスは静かにナギ様の袖を引きます」

「シトラス、我が先です。我の方が先に並んでました」


 押し合いするみんなから少し離れて、穏やかに見つめるソラちゃんのおばあちゃんが視界にうつる。遠くから見守ってる的な顔で、そのまますっと列に並んだ。

 並ぶんだ。そこ並ぶんだ。

 いいけどね。腕によりをかけて張り切って作るけどね。


「押さないで、落ち着いて。はい、一列に」


 うちの集落は今日も平和です。



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