14 私とのんびり内政、農業編
まず最初に取りかかったのは、畑作りだった。
食料は生活上無くてはならないものだし、多く採れるようにしておいて損はない。
それに何より、私こういう内政みたいなのかなり好きなんだよね。
戦国時代のシミュレーションゲームでは、戦は二の次にして内政ばっかりしていたタイプな私である。
さあ、いざ生産力上げまくって豊かでお休みいっぱいな異世界スローライフ!
しかし残念ながら、現実はゲームのように甘くなかった。
「ジルベリアさん、畑の作り方ってわかる?」
「畑? それはどういうものだ?」
「だよね……」
ドラゴンさんにも犬人族さんにも農業の文化はない様子。
私も農業なんてさっぱりなわけで、そうなると一からひとつひとつ試して見よう見まねでやっていくことになる。
とりあえず、土を耕してやわらかくすればいいんだったかな……。
「この辺りの土をかき混ぜてみてもらっていいかな?」
「それは面白そうだな! 我輩泥遊びは好きだぞ!」
うきうきのジルベリアさん。
外見的にはプライド高そうな女王様みたいで、ちょっときつめに見えたりするだけにはしゃいでる姿とのギャップがすごく素敵。
「刮目しているが良い。偉大な我輩の力を、主人である主に見せてやろうではないか!」
瞬間、既にジルベリアさんの姿は消えている。私の目では追えない速度で地面をえぐると、固く荒れた土は粉々になって空に舞い上がった。
爆心地みたいなクレーターが次々と空いて。少し間を置いて、黒色の雨が空から落ちてくる。
それは衝撃で粉々になり空に巻き上げられた地中の湿った土だ。
土が降り注いで、クレーターを埋める。
残ったのは、辺り一面の粉々にミキサーされた土。あっという間に固く草木が生えない荒地はやわらかく湿った土壌に生まれ変わった。
「ご、豪快だね」
ドラゴンさんなわけで、絶大な力を持ってるのは知ってるのだけど。それでも可憐な外見から繰り出される圧倒的パワーには何度見ても驚かされるものがある。
「当然だ。我輩は偉大なる緋龍族の王だからな」
自慢げなジルベリアさんの頬と手足は、土で汚れている。
高貴なドレス姿とのギャップがかなり素敵な感じだった。
率先して農作業を楽しむ王様。自国民だったら、支持せざるを得ないよ。好感度めっちゃ高いよ。
ともあれ、土の準備ができたので犬人族さんの倉庫にあった作物の中から、育てられそうなものを選んで植えてみる。
名称:レッドリーフレタス
希少度:F
安全度:A
食材等級:E
寸評:ぱりぱりとした歯触りの良さが特徴。加熱する事によって独特の苦味が弱まると共に旨味が増す。
名称:ローザルッコラ
希少度:F
安全度:A
食材等級:D
寸評:独特の風味と多少の辛み・苦みがある。成長とともに苦みが強くなるので早めに収穫したものを使うと良い。
名称:スイートラディッシュ
希少度:E
安全度:A
食材等級:E
寸評:強い甘さが特徴。皮の色は赤が多いが、赤以外にもピンク、白、黄色、紫色などの色がある。
とりあえずこの三つかな。
ソラちゃんたち犬人族さんにも手伝ってもらってみんなで種を植える。
「おお、ソラちゃん手際良いね」
「はい、趣味でお花を育ててたおかげです」
えへん、と胸を張るソラちゃん。
その手際は別格に良く、大人の犬人族さんたちも教えを請いに来るほどだった。
「どうすればそんなに手際よくできるの?」
「速さは慣れですから。それより、土をかぶせすぎないことが大切です。種の二倍から三倍くらいですかね。あと、土が飛ばないようそっと軽くおさえて――」
辺りはたちまちソラ先生の種まき講座みたいになる。
素直に感心する大人な私たち。子供の方が詳しいことってあるよね。
ソラ先生の指導の下、種まきは順調に完了。
あとは毎日お世話して、立派なお野菜になるのを待つばかり――だったのだけど、しかし結果は厳しいものだった。
「全部枯れちゃったか……」
「ごめんなさい、ナギ様。期待に応えられなくて」
しゅんとするソラちゃん。毎日張り切って水やりしてくれてただけにショックも大きかったみたいだ。
「気にしないで。失敗したのは私のせいだから。ソラちゃんは全然悪くないよ」
「そんなことありません。わたしがお水をあげすぎたのかも……」
「ううん、私の準備不足が原因。それに、もし失敗だったとしても、私はそれ伸び代だって前向きに捉えるから。次今より少しうまくできるようになればそれでいいんだよ」
学芸会の劇で台詞が出てこなくて言えなくて。終わった後泣いてた私の頭をお母さんはくしゃくしゃと撫でた。
『失敗を喜びな。それってナギの伸び代なんだよ』
電子タバコをくわえてにっと笑ったその顔は、今ではもううまく思いだせないけど。
お酒で枯れてしゃがれた声は、たしかに私の中で息づいている。
「あ、ありがとうございます」
ソラちゃんは少しの間戸惑った顔で私を見上げてから続けた。
「わたし、次は絶対成功させてみせますから」
「そんなに気負うことないからね。さっきも言ったけど、失敗しても良いから。今のソラちゃんより成長したところを見せてくれればそれでいいからさ」
「はい! がんばります!」
張り切ってくれる姿を頼もしく思っていると、犬人族のおばあちゃんが私を呼んだ。
「ナギさん、差し出がましいようですが少しよろしいでしょうか」
「はい。なんですか?」
「いえ、もしかしたらと思ったのですがナギさんはこの森――『神樹の森』のことをよくお知りにならないのではないですか?」
言うとおりだった。
『神樹の森』なんて名前も初めて聞いたし。
うなずくと、おばあちゃんは「そうですか……」と深刻な顔で言った。
「この土地で作物を育てるのは難しいかもしれません」
「どうしてですか?」
私の問いにおばあちゃんは言った。
「この土壌は作物が育たない不毛の土壌なのです」
その昔、この地域は草木一本生えない荒野だったそうだ。
からからに干からびた、生命の息吹とはほど遠い死の大地。
そこに一つの種子が世界樹から落ちたことから、すべてが変わり始めた。
種子は死の大地に根を張り、一本の大木となった。空を覆う巨大な傘のようなその木は、世界樹に由来する驚異的な生命エネルギーを周囲に振りまいた。
死の大地に若葉が芽吹き始めた。木々が伸び、その数を連鎖的に増やし始めた。林ができた。森になった。大森林地帯になった。こうして、『神樹の森』は世界でも有数の大森林地帯になったのだと言う。
しかし、辺境であるこの地には神樹様の力は十分に届かないらしい。
「もう少し奥であれば作物を育てることもできるかもしれません。ですが、竜の山の麓であるこの辺りは……」
「なるほど。それで、周りに木々が少なかったわけですね」
木々を切らずに済むよう、森のはずれを選んだのが失敗の原因だったようだ。
なら、木々が比較的豊富な犬人族さんの集落より奥に作れば……ってそれはそれで木々が密集してて日当たり大分悪そうなんだよな。
伐採して畑にすればいいのかもしれないけど、前世で散々自然破壊し尽くしてた種族の一員だった身としては、森の木を切るのにはちょっと抵抗がある。折角自然豊かな森なのだから、伐るのは必要最低限にしておきたいんだけど。
「むむむ……」
理想を言えば、この荒れ地を緑豊かな畑に変えられれば一番いいんだけど、私にはそのために必要な専門知識がない。
女神様からもらった能力はあるけれど、それだって使い方は限られてるし――待てよ。
私の能力、弱った植物にも効くんじゃないか?
汚れた池の浄化もできたし、死にかけてた魚も元気に泳いでた。植物だって生き物なわけで、私の能力で治療することができるかも。
『魔王厨房』を起動して、水に少量の砂糖を混ぜてかき混ぜる
枯れて変色した葉にふりかけると、淡い緑の光が辺りを包んだ。蛍火のような光の中で、しなびた葉がみずみずしい青葉に色を変える。
「すごい、まるで奇跡だ……」
みんなが息を呑む中で、私はたしかな手応えを感じていた。
「よし、これでいこう」
いざ不毛の荒れ地で新鮮野菜育成開始だ。




