13 ワークライフバランスに全力で考慮した世界征服計画
翌朝、目を覚ましたときの感動を私は当分忘れないだろう。
睡眠時間は平均三時間。会社の寝袋で寝ていた私が、なんと八時間! 八時間も寝ちまったのだ! しかも二度寝までしてしまったのである。
こんなの一体いつぶりだろう。学生時代も親がいない分学費と生活費を稼ぐためバイト詰めだった私なので、二度寝なんてそれこそ中学時代以来かも。
まさか、二度寝がこんなに気持ちいいものだったなんて。
すごいよ。欲望のまま惰眠を貪っちゃったよ。
犯罪的だ。これは犯罪的だぞ……! いけないことをしているような気分で胸を高鳴らせつつ身体を起こした私に、シトラスさんが一礼した。
「おはようございます。お早いお目覚めですね、とシトラスはナギ様にお辞儀します」
「……え? 早い?」
「はい。皆様まだ眠っておられます。八時間というのは健康的で素晴らしい、とシトラスはご主人様の起床時刻に目を細めます」
「…………」
よくよく考えると別に犯罪でもなんでもないな、これ。
ブラック企業生活でねじ曲がった自分の価値観を修正していかなければ、と思っていると、シトラスさんが言った。
「アーリー・モーニングティーをご用意いたしました。どうぞお飲みくださいませ」
「うん、ありがと」
木のコップに入った水を飲む。
寝起きって喉渇いてるもんね。シトラスさんは気が利くなぁ。
「髪をとかせていただきたいて良いでしょうか」
「とかしてくれるの? うん、ありがと」
「お召し物を用意しておきました。お着替えを手伝わせていただいてよろしいでしょうか、とシトラスは見繕ってきたドレスを広げます」
「わ、素敵なドレス。ありがとね」
ああ、いいなぁお世話してくれるクール系メイドさん。
社畜時代の疲れが超癒やされるぜ。
そう幸せに浸っているときのことだった。
「おはようございます、ナギ様」
リーシャさんが部屋に入ってきて一礼する。
「今日はとても良い日和ですよ。小鳥の囀りが小唄のように美しく――って、貴様は!?」
驚きに愕然と目を見開く。
「シトラス……!! まさか既にナギ様のお世話を開始していたとは……!!」
「巧遅は拙速に如かず、とシトラスは宿敵の隙を指摘して勝ち誇ります」
「ぐ……」
リーシャさんは歯噛みする。
「しかし、これで勝ったとは思わないことです。戦闘における技能に置いては我の方が上。世界征服を目指す上で、この地力の差は必ず結果となって表れることでしょう」
「負けません、とシトラスは宿敵に闘志を燃やします」
ばちばちと火花を散らす二人。
ドラゴンさんたちは今日も平和そうです。
しかし、ずっと休んでばかりもいられない。
成り行きとは言え集落の長になってしまった私だ。
みんなが仲良く幸せに暮らせる集落を作っていかないと。
まず最初にしたのはみんなに私の方針を伝えることだった。
「最終目標は世界征服だから」
そう伝えると、犬人族さんたちは絶句して目を白黒させた。
「な、ナギさんは六魔皇が互いに覇を競う魔族世界を征服しようと言うのですか……!!」
犬人族のおばあちゃんがふるえる声で言う。
「愚問だ。ナギは我輩たちの主人なのだぞ。そのくらいの野望を持つのはむしろ当然と言える」
ジルベリアさんの自慢げな顔と言葉に、
「さ、さすがナギ様」
まるで魔王みたいなすごい魔族を見るみたいな目で私を見る犬人族さんたち。
うん、それ誤解だからね。私強さで言うと最弱クラスだからね。
「誤解が無いように言っておくと、世界征服と言っても他の魔族さんの領地に攻め入ったりはしないよ。むしろ平和的に戦いはなるべく避ける方向で。自分たちの集落をより住みやすい良い場所にしていく中で、他の魔族さんたちとも仲良くなって勢力拡大していけたらいいな、みたいな」
私の言葉に、リーシャさんは感心した様子で言った。
「なるほど。他の魔族と敵対するのでは無く、協調することでより効率よく勢力を拡大しようというわけですね。柔よく剛を制す。さすがナギ様、深いお考えです」
いや、そんなことは全然考えてないんだけど。
ただ平和にのんびり世界征服したいなってそれだけなんだけど。
あと、この体験談を来世で本にしてベストセラー作家のちノーベル文学賞、なんて計画もあったりする。
ふっふっふ、私がヘミングウェイと肩を並べる日も近いな。
いや、でもむしろ辞退する方がすごい人感出るかも――って、いけない。今会議中だった。
「とにかく、そういうことだから。えっと、次は労働環境ね。完全週休三日、残業は原則禁止。有給は年間三十日で考えてるんだけど、これでいいかな?」
「申し訳ありません。我には言葉の意味がわからないのですが」
あー、これ前世の世界の言葉だもんね。
この世界の魔族さんたちには通じないか。
「完全週休三日っていうのは七日間のうち三日お休みできるってことね。仕事の時間は、犬人族さんが使ってる日時計で九の刻から十七の刻まで。お昼休みは十二の刻から十三の刻までで。有給っていうのはそれ以外に年間三十日お休みできる日があるってこと」
「そんなにお休みをいただいて良いのですか?」
目を見開くリーシャさん。
驚いているのは他のみんなも一緒だった。
緋龍族さんも犬人族さんもかなりびっくりしている様子。
「ちなみに、今まではどういうスケジュールで働いてたの?」
「我輩たちに明確に休暇というものはないぞ。働けるだけ働いて、休むのは体調を崩したときというのが一般的だな」
「犬人族もそうです。全員分の食料を確保し集落を維持するには、毎日長時間の狩りは必須でしたので」
「なにそのブラック労働環境……」
週休0日って、私の前世の会社並じゃないか。
魔族さんの文化ではそれが普通なのかも知れないけど。
ダメだダメだ! かわいいうちの子たちにそんな過酷な労働を強いるわけにはいかない。
「リーシャさん、この日程で必要な食料を確保することはできるかな?」
「我々が狩りに協力して効率化を図れば十分可能だと思います」
犬人族のおばあちゃんはリーシャさんの言葉にうなずいた。
「たしかに、お強いリーシャロットさんたちでしたら可能かも知れませんね。昨日もみなさんが協力してくれたおかげで今まで見たことがない量の食料が採れたと伺っております」
ドラゴンさんたちの力は狩りに置いても絶大ってことなんだろう。ジルベリアさん、あんなに大きい牛の魔獣簡単に倒してたしな。
「よし、じゃあとりあえずこの形でいってみよう。その代わり、申し訳ないけどお給料は私のごはんくらいしか払えるものがないんだよね。お金で支払いたいけど、そもそも貨幣って文化が無いし。それでいいかな?」
「ナギ様のごはんがいただけるのですか!」
声をあげたのはリーシャさんだった。
みんなの視線が注がれて、気恥ずかしげに「申し訳ありません」と顔を赤くする。
うん、リーシャさん的にはかなりうれしかったんだろうな。
幸いだったのは、他のみんなの反応も良かったことだった。ごはんでの支払いなんて、不満が出て当然だと思っていたのだけど、貨幣経済が発達していない魔族世界ではそこまでおかしなことでもないのかもしれない。
「ごめんね。余裕ができたらもっとみんなにいろいろお返ししていくつもりだから」
とはいえ、みんなは納得してても、ホワイト経営者を目指す私としては満足できないところがある。前世でやりがい搾取されて過労死した身としては、働いてくれるみんなが幸せに生きられる集落をなんとしてでも作っていきたいところ。
そのためにも、ばんばん生産力と住民幸福度を上げてより良い集落にしていかなければ。
「よし、みんなで豊かにのんびり暮らせる集落にしていこう!」
こうして、私たちはより良い集落作りに取りかかったのでした。




