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12 ミートパイとフィレ肉のステーキ


 犬人族カーネさんたちは私たちを手厚く歓迎してくれた。

 明らかに真新しい木の家を数件、仮の住まいとして用意してくれ、おやつとして木の実や果物が食べきれないほど運び込まれた。


「なかなかいけるな! おかわりを頼むぞ」

「そうですね。我もいただけますか」


 主として大食いのドラゴンさんたちのせいで、それらの食べ物はあっという間になくなってしまったけれど。

 何よりその気遣いがありがたかった。木の実も果物も大粒で形が良い物ばかりだったし。きっと質が良い物を私たちにくれ、自分たちは小粒だったり虫がついていたりするものを食べているんだろう。

 健気で涙が出てくる。

 お礼に私も何かしなければ。

 まず最初に取りかかったのは、汚染された川の水の洗浄だ。

 頂上付近の池でしたみたいに、沸騰させた塩水を投入すると、汚れていた川の水は瞬く間に綺麗な物になった。


「す、すごいです……ナギ様は奇跡みたいな魔法が使えるのですね」


 ソラちゃんが驚いた顔で言う。


「こんなに綺麗な魔法、見たことありません」

「ふっふっふ。もっと褒めてくれてもいいのだよ?」


 昼間もこれ言ったな、と思いつつ浄化作業を続ける。


「リストを作成しました、ご覧ください」と優秀なメイド長さんが調べてくれた地下水脈をすべて浄化し終えた頃には、すっかり日も暮れ始めていた。


「よし、これで完了、と。それじゃ帰ろっか」

「お疲れ様でした、とシトラスはお汗をお拭きします」

「あ、うん。ありがとね」


 お礼を言うと、シトラスさんは透き通った黒水晶の瞳で私を見上げた。


「お足はお疲れではないでしょうか、とシトラスはナギ様のご様子を伺います」

「大丈夫。能力で作ったスープ飲めば体力全快するから」

「ご用があれば何でもおっしゃってくださいませ」

「うん。気遣ってくれてありがとね」


 数歩後ろで待機してくれるシトラスさんの働きぶりにはすさまじいものがあった。

 何も言わなくても自分から仕事を探していろいろやってくれたり、提案してくれたり。

 やばい、すごくいいぞ、仕えてくれるメイドさんがいる生活。

 前世じゃこんなに大事にされたことなかったもんなぁ。両親も早く死んじゃったし、勤めてた会社は漆黒の闇だったし。


「かっこいい……」


 そう若葉色の瞳を揺らしたのはソラちゃんだった。


「ソラも、シトラスさんみたいにナギ様のお役に立つことができたらな、と思うのですが」

「修練が必要です。甘くはありません、とシトラスは回答します」


 淡々とした言葉の中に、仕事への矜持が見える気がする。

 さすがプロフェッショナル。かっこいい。


「よかったら、どういう風にがんばればいいか教えていただけませんか?」

「承知しました。では、レッスン1です」


 シトラスさんはじっとソラちゃんを見つめて言った。


「あなたがナギ様のお役に立ちたいと思う理由はなんですか、とシトラスは問います」

「お役に立ちたい理由……」


 ソラちゃんはしばし考えてから、


「おばあちゃんと、村のみんなを助けてくれました。だから、少しでも恩返しができたらなって思うんです。わたしなんかにできることなんてほとんどないかもしれないけれど、それでもって」

「ソラちゃん……」


 なにこの良い子。

 大丈夫。その言葉だけで私今すごい癒やされてるよ。

 十分すぎるくらい恩返しできてるよ。


「…………」


 しかし、シトラスさんは何も言わなかった。

 じっと感情の無い瞳でソラちゃんを見つめるだけ。

 うーん。これは雲行きよくなさそう。

 プロフェッショナルなシトラスさんには満足できない回答だったんだろうか。


「ダメでしょうか……」


 ソラちゃん不安げに言う。若葉色の瞳が最後の夕日を反射する。胡桃色のふわふわした髪とそこから覗くピンと立った犬耳。

 ダメじゃないよ! 全然ダメじゃないよ!


「…………」


 しかし、シトラスさんは無表情。

 うーん、ソラちゃんのためにはどうにかしてあげたいけど、でも一応主人としてはシトラスさんの意志も尊重したいし、と迷う私の視線の先でシトラスさんの口が動いた。


「――わかる。わかります」

「へ?」

「私も友人や部下の皆を救っていただきました、とシトラスは自らの思いを口にします。その気持ちはとても理解できます」

「…………」


 同意できるときの反応だったんだ。

 無表情だったから外から全然わかんなかったよ。

 そういうところもミステリアスで良いんだけどさ。


「職務に私情を持ち込むのは良くないという意見もありますが、私情があってこそできる質の高い仕事も存在します。個人的な思い入れは、得てして良い仕事につながるものですから」


 シトラスさんは少しだけ表情をゆるめて言う。

 なんとなく、リーシャさんとのことかな、と思った。負けたくない相手がいるから、がんばれるみたいな。


「その気持ちを忘れなければ、必ずお役に立てる存在になれると考えます」

「あ、ありがとうございます」

「なので、まずは自分が力を発揮できる分野を見つけることですね」

「力を発揮できる分野……生き物やお花を育てるのは昔から好きではあったんですけど」


 なるほど、小学校だったらいきものがかりになるタイプだな。


「すごく良いと思うよ。畑作ったりもこれからしたいなって思うし」

「私も良いと思います。『好き』という気持ちを大切に、毎日コツコツと技術を磨き続ければ必ず優れた技能を持った魔族になれますよ、とシトラスは回答します」


 私たちの言葉に、ソラちゃんはぱっと顔をほころばせて言った。


「ありがとうございます! わたし、がんばります!」


 瞳を輝かせるソラちゃんと、穏やかに微笑むシトラスさん。そんな二人を見ながら、私はこの子たちに慕ってもらっても許されるようなちゃんとした魔族にならなくちゃな、と思った。






 犬人族カーネさんは私たちのために宴会を盛大に開いてくれた。

 木や落ち葉を積んで作ったかがり火を囲み、みんなでごはんを食べ、お酒を飲む。

 折角なのでごはんは私が用意することにした。おばあちゃんとソラちゃん、それから緋龍族レッド・ドラゴンさんたちも休んでて良いって言ってくれたけど、どうせ食べるなら美味しいごはんをみんなに食べて欲しい。

 幸い食材はふんだんにあった。午後の狩りは大成功に終わったらしく、木の実も果物も野菜も肉も、前に見たときとは比べものにならない量が積まれてあった。

 これなら私も腕の振るい甲斐がある。

 主食はミートパイにすることにした。

 まずはパイ生地作り。フードプロセッサに氷を入れ、かき氷のように粉々に。そこに小麦粉とバターを入れさらに混ぜる。

 そぼろ状になるまで混ざったら、スケッパーで半分に割り、打ち粉をしてめん棒で生地をこねる。最後に薄く伸ばして冷蔵庫に。氷を使って作ったのはこの冷やす工程を短縮するためだ。

 生地を冷やしている間に、ミートパイの中身作り。ここではジルベリアさんが倒してくれたグレイトタウロスの肉を使うことにした。あらかじめ血抜きと下処理をしておいた肉をフードプロセッサでミンチにし、さらに人参、玉ねぎ、エリンギ、にんにくも細かく刻んでいく。これをフライパンで火が通るまで炒め、ウスターソース、ケチャップ、赤ワインで味付けしたら中身はできあがり。

 あとはこれを冷やしておいたパイ生地の上に載せ、二枚目のパイ生地を重ねて包み込む。

 表面に溶き卵を塗り、二百度のオーブンで焼いたらミートパイの完成だ。

 焼き上がりを待つ間、副菜とスープも作る。ルッコラとトマトのサラダに、マッシュポテト。とうもろこしのポタージュまで作ったら、ようやくメインディッシュ。

 グレイトタウロスのフィレ肉で作る最高級ステーキだ。

 粉雪のように脂が散るお肉に、ロックソルトと、ブラックペッパーで下味をつける。熱したフライパンで一気に表面を焼き固めると、じゅっと脂が跳ねる音が聞こえてきて、たまらず舌先にたまったよだれを飲み込んだ。

 表面が焼けたら火をゆるめる。キッチンペーパーで余計な脂を取り、下から三分の一ほど焼けたところで、静かに裏返して、また強火。しっかり焼き固めてさらに肉の旨みを閉じ込める。

 焼き色が付いたら弱火にして、アルミホイルをかぶせて蒸し焼き。こうすることで水分を逃さずふんわりしたお肉に仕上げることができる。

 一分ほど蒸して、焼くのは終わり。あとはアルミホイルに包んで余熱でじんわり火を通す。こうすることで、肉汁を逃さずやわらかく仕上げることができる。

 付け合わせのエシャロットとにんにくを添えてこれでできあがり。グレイトタウロスのステーキの完成だ。


「できたよ! さあさあ、みんな食べて食べて」


 テーブルいっぱいに山盛りにして広げると、緋龍族レッド・ドラゴンさんと犬人族カーネさんは目を丸くする。


「すごいです……こんな早業、我は見たことありません……」

「驚嘆すべき速度です、とシトラスは目を見開きます」


 リーシャさんとシトラスさんは絶句している。特に侍女隊の人たちは家事を仕事とする分驚きが大きいみたいだった。


「ふっ。これが我輩たちの主人であるナギの実力だ」

「そうです。ナギ様はすごいんです」


 ジルベリアさんとソラちゃんが自慢げに言う。

 ただ料理ができるだけでそこまで持ち上げられることでもないような気もしたけれど、褒められるのはうれしいので素直にでれでれしておくことにした。

 大人になってから、褒められることってめっきり減ってたもんな。

 えへへ。やったぜ。


「では、いただくぞ!」

「うん、食べて食べて」

「あむっ」


 ジルベリアさんは肉汁がぎっしり詰まったステーキにかじりついて、


「な、なんと見事な肉料理だ……! こんなに美味なもの我輩食べたことがないぞ……」


 形の良い唇をふるわせる。


「至宝と言われる西海の大海竜の肉、あるいは古の黄金郷にあったとされる満漢全席にもこれほどの逸品はあるまい。なんという一皿だ、こんな美味いものがこの世にあるとは……」


 そこまで驚いてくれるとは。

 がんばって作った甲斐があるよ、ほんと。


「美味いっ! ナギこれめっちゃ美味いぞっ!」

「おかわりもあるから遠慮せず食べてね」


 子供みたいに夢中で食べるジルベリアさんを微笑ましく見つめる。

不意に視線に気づいた。他の皆が固唾を呑んで私たちの様子をうかがっている。

 目の前いっぱいに並んだ料理が食べたくて仕方なくて、だけどなんとか自分を押し殺して我慢してるみたいな。

 一応主人である私の許可を待ってくれているんだろう。


「ごめんごめん、みんなも遠慮せず食べてね。おかわりいっぱい用意してるから」


 歓声が爆発したのはその直後だった。


「やばっ! めっちゃ美味いっすよこれ!」

「信じられません、とシトラスは目を見開きます」

「こ、ここまで突き詰められた料理がこの世にあるなんて。ダメです、手が止まりません」


 みんなすさまじい勢いで料理にがっつく。


「ナギ様、おかわりをいただいてもよろしいでしょうか」


 凜々しい顔で私にお皿を差しだしたのはリーシャさんだった。


「うん。食べるの早いね、リーシャさん」

「騎士として、食べるのも私の仕事ですから。食べて身体を作ることは、剣を磨くのと同等に大切なことです」


 かっこいいなぁ、と思いつつミートパイのおかわりをお皿に盛りつけて渡す。


「我輩も! 我輩もおかわりを頼むぞ!」

「うん、了解」

「ナギ様、おかわりをいただいてもよろしいでしょうか」

「わかった。ってリーシャさんさっき渡したよね?」

「えっと、その……はい、いただきましたが……」


 リーシャさんは瑠璃色の瞳を揺らして私を見つめる。


「じゃあ、まずはそれを食べて欲しいんだけど」

「そ、それは……既に食べ終えてしまったと言いますか」

「…………え?」


 たしかに渡したお皿はもう空っぽになっている。

 あ、あの一瞬で食べちゃったの……?


「た、食べるの早いねリーシャさん」

「申し訳ありません。我は昔から人より少し多く食べてしまうところがありまして……」


 小さくなるリーシャさんにジルベリアさんが白い目で言った。


「というかめちゃくちゃ食べておるよな。うちの食料大体主の胃袋に入ってるって副メイド長が言っておったぞ」

「め、面目ないです……」


 しゅんとするリーシャさん。


「まあ、我輩も食べる方だしそこまで迷惑してるというわけではないがな」

「しかし、王であるジルベリア様とその主人であるナギ様のお手を煩わせるのは騎士の名折れと言いますか……」


 リーシャさんは申し訳なさそうに言う。

 真面目で忠義に厚いリーシャさんだからこそ、どうしても気になってしまうのだろう。

 その姿がなんだかかわいくて、私はミートパイのおかわりをリーシャさんに渡した。


「気にすることないって。たくさん食べてくれた方が私はうれしいよ?」

「ナギ様……」


 リーシャさんは瑠璃色の瞳を揺らして言った。


「ありがとうございます。このリーシャロット、より一層誠心誠意ナギ様の剣となり忠義を尽くすことを誓います」

「大げさだなぁ。気にしなくて良いからね、これくらい」


 ただごはんを多めに作れば良いだけの話だし。

 いっぱい食べてくれるのは作る側としてはすごく気持ちいいしね。


「ナギ様、あたしもおかわり欲しいっす!」

「おかわりをください、とシトラスは期待に満ちた目でナギ様を見つめます」

「わたしも! わたしもお願いします、とライムは手を上げて主張します」


 おかわりが欲しいのは他のみんなも同じみたいだった。


「ナギさん。私もお願いしていいでしょうか」


 犬人族カーネのおばあちゃんまで言うのがおかしくて、思わず笑みが零れてしまう。


「勿論ですよ。遠慮することなんて全然無いですから」


 そして、みんなのそれに混じっておずおずとした声が私の耳に届く。


「ナギ様。その……おかわりをいただけたらうれしいのですが」


 また食べ終えたリーシャさんだった。


「うん、もちろん」


 にっと笑みを返すと、ぱぁ、と花が咲いたみたいに顔をほころばせる。

 こりゃ追加でもう百枚くらい焼かないといけないかも。

 ドラゴンさんの主人になるのも大変だ。

 とはいえ、忙しく働くのは結構好きな私だ。おいしそうに食べるみんなの姿に頬をゆるめつつ、いっちょやりますか、と袖をめくった。



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