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11 私と犬人族(カーネ)さんたち


「あの、今回は本当にありがとうございました」


 ソラちゃんは私に深く頭を下げる。


「いえいえ、どうしたしまして」


 私は別の鍋でたまごスープを作りながら答えた。溶き卵はかき混ぜながら少しずつ入れるのがポイントなんだよね。そーっと、そーっと。


「助けていただいたのに、こんなことを言うのは心苦しいんですけど」

「ん? 何かな?」

「お願いします! 村のみんなのことを助けていただけませんか!」

「うん。任されました」

「いいんですか!?」


 いいって言われてなんで目を見開いてるんだろう、この子。


「だって最初からそのつもりだよ」


 集落来て一人だけ助けるとか悪魔の所業じゃないか。そんなことしても、どうせ周囲の病気の人からまた感染するに決まってるし。

 やるからには、徹底的に全員治してあげないとね。

 とは言え、ここまで大きな集落とは思わなかったから、正直ちょっと心が折れそうなんだけど。


「本当にありがとうございます。わたし、もう何とお礼を言えばいいか……」

「いいからいいから。困ったときはお互い様だよ。それより、今はまずしっかり病気をやっつけないと」


 泣きそうな顔のソラちゃんに私は言う。


「よし、私はここでどんどん作っていくから。持っていって重病な人から飲ませてあげて。ジルベリアさんたちも手伝ってもらっていい?」

「心得た! 皆の者、やるぞ!」


 ジルベリアさんが表で待機している緋龍族レッド・ドラゴンさんたちに言う。

 ドラゴンさんたちは、みんな協力してテキパキと作業を手伝ってくれた。


「承知しました。配膳はメイドの領分。他を寄せ付けない圧倒的配膳力をご覧に入れましょう、とシトラスは皆に指示を出します」

「やってやりましょう、とライムは元気よく号令をかけます」


 メイドさんたちは、やはり慣れているらしく見事な手際でスープを運んでくれる。


「我々も負けてはいられません! 身体能力とチームワークでは誰にも負けないのが騎士隊です。皆、日頃の鍛錬の成果を見せるときですよ!」

「さあさあ、みんなやるっすよ! 負けず嫌いのリー隊長のためにもあたしら騎士隊の力を見せるっす!」


 リーシャさんの号令で、甲冑姿の騎士さんたちも不慣れな様子ながら配膳を手伝ってくれる。


「重篤な症状の方のリストを作成しました、とシトラスはナギ様にメモを渡します」

「おお、ありがとね」


 シトラスさんは仕事をこなしながら、効率化につながるリストを作ってくれた。

 できる人だなぁ、この人。さっきも感染源が川にあるってすぐ見抜いてたし。

 クールな無表情で一礼してから、シトラスさんは少しだけ口角を上げてリーシャさんに言う。


「今回は私の勝ちのようですね、とシトラスは宿敵に勝ち誇ります」

「まだです! まだ終わっていません。勝負はこれからです」


 火花を散らし張り合う二人。その割に、ちゃんと協力して作業してるんだよな。幼なじみだからだろうか、他の誰よりも息ぴったりなんだけど。って、本人に言うと絶対否定するけど。


「みなさん……」


 作業の途中で、不意にソラちゃんが涙ぐむ。

 助けてくれるみんなの姿に、胸が熱くなってしまったのかもしれない。


「ありがとうございます。本当にありがとうございます……」

「お礼はみんなを元気にしてからだよ」


 はい、と涙声で言ったソラちゃんに、私の心はじんわりとあたたかくなった。






 忙しい。

 くらくらしてくるくらい忙しい。

 この忙しさは先輩が海外逃亡した直後の繁忙期。放置されてた仕事を三徹で処理した死の二月レベル。ようやく終わったと意識失ってたら、原稿にまだ載せてはいけない情報が載ってることが判明して、そのまま一晩中代わりの原稿に差し替えたあの日を思いだす領域だ。

 何せ、レストランで考えれば明らかに厨房の人員が足りない。

 配膳と食材運搬の係がドラゴンさんたちとソラちゃん、おばあちゃんと三十人近くいるのに対し、厨房のスタッフは私一人。

 しかも、恐ろしいのは私の体はそれで十全に仕事を回しているということだった。調理台には大きな鍋が十七個並び、並行して作業が行われている。

 黄金のキッチンの中で、私の動きはもはや人間の域を超えていた。両手に包丁を二本ずつ、計四本持って大量の野草を一度にカット。調味料は目分量ながら、一ナノ単位で調整できる私の体は寸分の狂い無く適切な量を鍋に投入する。


「……ナギ様、卵がもうありません」

「了解。お味噌汁に切り替えるね」


 一瞬の判断で方針を変更。追加の調味料を即座に鍋に入れる。

 いやー、私すごいね! キレキレだね!

 効果絶大な女神様がくれた能力に感謝するばかり。

 とは言え、それだけというわけじゃない。私にもこの作業に大いに貢献してる部分がある。

 それは、忙しく仕事をすればするほど脳内麻薬が噴出する深刻な元仕事中毒患者であるということ。

 見せてやろう、日本の社畜の底力を!

 忙しさは一周回って快楽に変わり、もはやスポーツで言うゾーン状態で私は仕事に没頭していた。

 どれくらいそうしていたのだろう。長かったような気もするし、短かったような気もする。


「ナギ様、今のでラストです! 全員分配り終えました!」


 よかった。終わったんだ、とほっとする。

 ぐっと伸びをして、仕事が一段落したとき特有の爽快感に浸る。ブラックでもこの瞬間だけはすごく充実感あるんだよね。今日も私すげえ働いたな、みたいな。始発の駅へ向かう帰り道でやけに星が綺麗に見えたりとかさ。

 記憶の中の夜空を見上げながら充実感を堪能していると、ソラちゃんのおばあちゃんが近寄ってきて言った。


「高位魔族様、このたびは本当にありがとうございました」


 丁寧に頭を下げてくれた。

 ソラちゃんが礼儀正しいのは、きっとこのおばあちゃんの影響なんだろうな。


「いえいえ、たまたま私がなんとかできる事柄だっただけなので」

「まさか命を救ってまでいただけるなんて。なんとお礼を言ったらいいか」


 そうは言いつつも、感謝されるのはやっぱりうれしい。

 いやー、充実してるな今日。社畜時代の良いところだけ抽出した感じというか。ああ、異世界ってすばらしい。


「このご恩、我ら犬人族カーネ一同命に代えても返したいと思っております」


 真剣な顔で言うおばあちゃん。

 大げさだなぁ、とは思うけどその気持ちはすごくうれしい。


「ありがとうございます。でも、そんなに気にしなくてもほんと大丈夫ですよ。私がやりたくてやっただけですから」

「それでは私共の気が済みません。命を救っていただいて、何もしないなどあってはならないことです。我々は弱い下級魔族ですが、それくらいは心得ているつもりです」


 おばあちゃんは深く頭を下げる。


「つきましては、どうか我々をナギさんの配下に加えていただけないでしょうか」

「わ、私の配下に?」


 なんか見たことあるぞこれ。具体的には五時間くらい前に一度経験してる気がする。


「い、いや、私犬人族カーネのみなさんより普通に弱いですし、配下になる価値なんて全然ないですよ?」

「ご謙遜なさらずとも大丈夫です。あれほど強力な回復魔術がこの世に存在するなんて私は未だに信じられません。周囲の方々もすさまじく強い方ばかりですし、とてもお強い魔族様なのはわかっておりますから」

「い、いや、ほんとに弱くて……」


 なんか過大評価されてるし。

 たまたまそこだけ特化してるだけで、他の能力大体底辺なんだけど。最弱レベルなんだけど。


「それに、ナギさんの強さは関係ありません。力も無い、富も無い我々ですが、必ずやナギさんのお役に立ってみせます。是非お側にお仕えして、ご奉仕させていただけないでしょうか」


 真剣な目だった。

 そこまで言ってもらえて、断る理由なんて勿論ない。


「わかりました。よろしくお願いします」

「こちらこそ。よろしくお願いいたします、ナギさん」


 こうして、私は犬人族カーネさんたちを配下にすることになったのでした。



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