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数センチメートルの先に  作者: 昆布
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4ページ目

「有ちゃんばいばーい!また明日っす!」

「うん、また明日」


この駅から電車に乗るのは僕だけのようだ。

さっき知ったが、少し離れた駅まで行けば叶矢と聖夜と一緒の電車で通学できるらしい。

それもいいかと思ったが、やはり聖夜の言葉が引っかかる。

『迷惑なんだよ』……か。

聖夜は、そう思っているのは自分だけだといった。確かに叶矢や胡桃、レオンから僕が邪魔だという感情は感じ取れなかった。

明日からは話しかけない方がいいのか?でも、折角仲良くなりたいと言ってくれたのに申し訳ない気がする……明日からどうしよう。


まあ、明日の事は明日考えようか。

改札を抜けホームへと降りる。

すぐに軽快な音が鳴り、電車が到着することを知らせてくれた。


電車に乗り込んだ瞬間、視線が集まる。

別に無理やり乗車した訳でも、大きな荷物を持ち込んだ訳でもない。

ただジロジロと睨まれ、すぐに視線を逸らされる。中にはそのまま僕を目で追う人も


ああ、駄目だ。息苦しい。


この時間はいつも混み合うが、今日は運良く席に座れた。

深呼吸をしたら少し落ち着きを取り戻せたので、鞄を空け地味なブックカバーがついた文庫本を取り出す。

既に読み終えた小説だが、何も読まないよりはマシだ。1頁目を開くと見覚えのある文字達が目に飛び込んでくる。


文字達は、まるで薬のように僕の心を落ち着かせてくれる。

この症状に名前をつけるとしたら、「活字依存症」だろうか。


小説は、裏切らない。

本に書かれている事が真実で、突然内容が変わったり文字が消えたりしない。

僕の事を批難することもない。


本の中の登場人物達は、僕の事を嫌ったりしない。


***


辺りはもう暗い。

街灯の少ない住宅街を、私と胡桃さんで歩くのが日常。

一人では寂しい帰り道も彼と歩けば怖くない。


「んー……」


しかし、今日の胡桃さんは少し様子がおかしい。

先程他の三人と別れてからずっと何かを考えている様子だ。


「……胡桃さん、どうかいたしました?先程から何か思い悩んだ様子ですけど……」

「……ふぇ、あ、いや、何でもないっす!ただ、ちょっと気になってるだけっすから」

「もしかして、有斗さんの事ですか?」


胡桃さんは驚いたような顔をした、どうやら図星のようだ。

彼が自分以外の事を考えるのは少し妬けてしまうが、そんな事を一々言っていては保たない。


「有ちゃん、時々凄く寂しそうな、思い詰めたような顔するじゃないっすか。それがなんか気になっちゃって……凄く楽しそうな時もあるんすけどね?れーちゃんとゲームしてた時とか」

「……あら、やきもちですか?」

「えっ?…………あっ、いや違うっすよ!?違くはないっすけど!俺ああいうゲーム怖くて出来ないっすし、れーちゃんが楽しんでくれればそれでいいっていうか何ていうか!」


彼の慌てふためく姿が愛らしくて、つい意地悪な事を言ってしまうのは私の悪い癖だ。


「あーでも、何話してたかは気になるっす!」

「……弟の事をお話してたんです」

「えっ……!?」

「少しだけですけどね?でも彼は、とても真剣に聞いてくれました」

「……れーちゃん、よかったんすか?」

「平気です、……いつかは、知ってしまうことですから」


私と付き合いを続ければ、「ノルウェーに実家があるのにどうして一人日本にいるのか」なんて疑問を持つのは当然の事だ。

……まさか、私が家から逃げてきたなんて、思いもせずに


「あの、もしれーちゃんが言いたくないなら……俺から有ちゃんにそれとなく伝えておくっすよ?お家のこと」

「いえ、大丈夫ですよ。然るべきタイミングで私からお話致しますので」


胡桃さんは本当にお優しい方ですね、と付け加えた所で分かれ道が来てしまった。

昔はよくここで立ち止まり、他愛ない話をしていたっけ。

あれはまだ付き合う前……中学生の、互いの事を何も知らない時だった。

…………いや、今だって。知らない事は沢山ある。知らないままでいて欲しい事だってある。


本当の事を話しては、私に失望してしまうから

彼にはまだ、この『笹川レオン』に幻想を抱いていて欲しいのだ


***


郵便受けを開けると、光熱費の支払い用紙とスーパーのチラシ、それから手紙が入っていた。

親戚の叔母さんからだ。またいつでも遊びにおいでとかそんな内容だろう。

叔母さんの家には2つ上の従兄弟がいるしお邪魔する度に快く出迎えてはくれるが、あまりお世話になりすぎるのは申し訳無く思う。


「ただいまーっす」


一人暮らしだから家に人はいない。進学につき新生活を始めたとかそういう華々しいものではなく、ただ両親が突然蒸発しただけ。それだけだ。


「聞いてくださいっす、今日新しい友達とゲーセン行ってきたんすよ~。有ちゃんっていうんすっ」


制服を脱ぎ、寝間着にもなっているスウェットに着替える。どうせ今日はもう外出しないし良いだろう。小腹が空いたとしてもコンビニくらいならパッと行けるし。


「あ、れーちゃんも一緒だったんすよ~!それに、かなちゃんと聖ちゃんも!楽しかったっす~」


俺は話を続ける。戸棚を開け山積みになっているカップ麺の中から、適当に一番上にあった塩ラーメンを取る。

ビニール包装を剥がして蓋を開ける。中にはかやくとソースが入っていた。この種類は確か後入れだったか。間違うとその日の夕食がパーになってしまうから気を付けなければ……。


「どんな人かって……そうっすねぇ、キラキラした王子様っていうのが一番合ってる表現っすかねぇ?」


冷蔵庫からペットボトルの水を取り出し、やかんに注ぐ。かなり冷えてたから沸騰するのはかなり時間がかかるだろう。

湧くまでの間、火元に気を配りながら冷蔵庫を開け炭酸水を取り出す。

蓋を開けると共に軽快な音がなり、のどが乾いた感覚が更に強くなった。


「遊んでみたい?……あはは、それは無理っすよ~……だって」


ペットボトルのまま、ごくごくと飲む。

気づかないうちに相当喉が乾いていたのだろう。一気に3分の1程飲み干してしまった……。

残りはゆっくり飲もう、そう考え再びガスコンロの方へと歩く。

その途中、袖を引かれた。

ちゃんと目を見て話せということか。

ごめん、確かに皆は大切な住人だ。でも……

大切で、それでいて大嫌いなんだ。


「有ちゃん達に、皆は見えないんすから」


そう告げると、俺だけが見える“住人達”はわざとらしく落ち込む。

お湯が湧いた事を知らせる音が、キッチンに鳴り響いた。


***


「……叶矢、そのぬいぐるみ置く場所あんの」

「まだある!……はず」

「はずって……。なんかもうお前の部屋入んの怖いんだけど……」

「聖夜、慣れたって言ってなかったっけ?」

「中坊の頃の話だろ」


叶矢は、ぬいぐるみを集めるのが趣味だ。

……いや、趣味というのは少し違う。欲しくなる、が正しい表現なのかもしれない。

部屋は猫やら熊やら訳わからない生物やらで溢れている。埃っぽくならないのは、叶矢が掃除好きだからだろう。


この幼い子供のような容姿からは想像できないだろうが、叶矢はひとり暮らしだ。

だが、自ら望んだ訳ではない。


「…………一人でいると、寂しいから」


……誰かが支えてあげなければ、すぐに壊れてしまいそうなほど不安定だ。

今だってビニール袋に入ったうさぎを抱き締めながら、捨てられた小動物のように目を潤ませている。


「添い寝しようか?」

「えっ、いいよ……お前ぎゅーってしてくるから寝にくいんだもん」

「叶矢暖かいからなー、流石子供体温」

「子供扱いするなばーか!」


冗談だ、と頭を撫でる。「やっぱり子供扱いしてる……」と拗ねてしまったが、気が紛れたならいいだろう。


小さい頃からずっと一緒にいた。

叶矢の事を一番理解しているのは俺だと自信を持って言える。

だからこそ、ぽっと出の奴なんかに盗られたくない。


叶矢は俺が守る。

あいつが傷付くのを、もう見たくないんだ。


***


「新しい仲間だぞー……なんちゃって」


新しく手に入れたうさぎを、ベットの上に置く。

新しいから毛並みがふわふわだ。寝る時の友達はしばらくこの子にしよう。

それにしても、部屋を見渡すと思った以上にぬいぐるみが置いてあった。そろそろ整理をしないとまずいかもしれない。が、どれも大切でなかなか処分できない。

……今度の休みは大掃除だな


お腹の音が鳴る。さっきまで真っ赤な夕焼けが家々を照らしていたが、今はもう真っ暗だ。

今日は何を作ろうか、冷蔵庫の中身と相談しなきゃな~なんて考えながら階段を降りリビングへと向かう。



リビングの扉を開けると、小上がりになっている和室にある仏壇が目に入った。

ここは、両親の寝室“だった”場所。


おれの母親と父親は、10年前……おれが6歳の時に事故で亡くなった。

あの日はすごい台風だった。風と雨が家を揺らす音が恐くて、そんな中出かける両親が心配で、朝から泣きじゃくったっけ。

「行かないで」、そう泣き喚くおれを優しく抱きしめて頭を撫でてくれたのは、4歳上の姉ちゃんだった。


「父さん、母さん…………。姉ちゃんは、今日も帰ってこなかったよ」


朝にあげた線香はもう無くなっていた。ロウソクに火を付けて、2本の線香を炙る。

一つはおれの分、もう一つは今も何処かにいるはずの姉ちゃんの分。


「姉ちゃんも、二人みたいにおれを置いて行っちゃったのかな」


仏壇に飾られている、3枚の写真。

一つは母親の遺影、もう一つは父親の遺影。

そして、おれの入学記念に家族で撮った写真。

この写真を撮ったあと、姉ちゃんが学校の周りを案内してくれて……迷子になっちゃって、母さんに怒られたっけ。


「……おれのこと、嫌いになっちゃったのかな」


溢れそうになる涙を袖で拭い、仏壇を後にする。

そうだ、挽肉があるからハンバーグを作ろう。

姉ちゃんが気に入ってくれてた、母さん考案特製ハンバーグ。


「うおー切り換え切り換え!よっしゃ作るぞー!」


おれの声は、虚しく響いた。

『皆様、長旅お疲れ様でした。忘れ物には充分にお気を付けて……』


キャビンアテンダントのアナウンスが機内に響く。

全部聴き終わらない内に荷物をおろし、家族連れやカップルがちんたら歩く横を早足で進む。


オスロから東京まで飛ぶ人は少なかったが、荷物受け取りの時は他の便に乗っていた旅行客も混ざり一気に混雑する。

人混みは嫌いなので、スーツケースを受け取りすぐに場を後にした。

何人かがこちらを見て何か話していたようだがどうでもいい。容姿の事で色々言われんのは慣れてる。


旅行なんてした事はない、そもそも外に出る事すら少ない私だ。スーツを来た人達が忙しなく行き交うのを見て目眩が襲う。


空は真っ暗だが、ビルの灯りで星は全く見えない。

…………今夜はフルムーンか。

なんだか昔の事を思い出してしまった。

アイツは月が好きだったな。

部屋の窓から、良く二人で眺めていた。


ようやくここに来れた。

3年もかかってしまったが、やっと会える。

空を見上げ、もう暫く会っていないアイツの名を呼んだ




「…………レオン」



言い慣れている、大嫌いな名前。

空に吸い込まれて消えた声に、大袈裟な舌打ちを付け足した。

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