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彼は、息が止まるほど美しかった。
絹のように柔らかい髪
青く静かで宝石のような瞳
透き通った色素の薄い肌
細く長く、スラリと伸びた脚
誰もが振り向くその人間離れした美貌に、一瞬で引き込まれてしまった。
彼の名は、小野有斗。
隣町の中学出身で、こちらに通うために一人暮らしをしているそう。
俺の勝手な推測だが、きっと女子人気の高さにうんざりして男子校を選んだんだと思う。
わかる、キャーキャー言いたい気持ちすごくわかる。
有斗さんみたいな人が同じクラスにいるって考えただけで授業とか聞こえなくなりそう。
いや前から対して聞いてないんだけど。
でもそれは誰かに夢中とかじゃなくてただ眠たいからであって…
ってこんなこともう言ってられないな!高校生だもんな俺!
まあそれはどうでもいいとして、有斗さんほんとに綺麗だったなぁ…
人間じゃないみたい、良い意味で。
きっと空から降ってきた系男子なんじゃ…それか光る竹から生まれた系男子…もしや川から流されてきた系男子?これは可哀想か。
んでもって、すげー良い人。ほんとに。
話ちゃんと聞いてくれるし、グイグイは来ないけど全く興味がないわけでもない。相槌つくたびに綺麗。あ、また容姿の話に戻ってしまった。
本当あんな綺麗な人が同じ高校に、てか同じ世界にいると思わなかった……。
テレビで1000年に一度の美少女とかいるけど、そんなら有斗さんはきっと1億年に一人の美少年だと思う。
アイドルグループのセンターって言われても違和感ないし、ファッション雑誌の表紙飾ってても全く疑問に思わない。というか即買う。
アイドルとかもモデルとかもやらなさそうだけど。
本にしか興味ないって言ってたよな…。俺全く本とか読まない。漫画くらいだ。
有斗さんに今度俺でも読めそうな小説とか聞いてみよう。あるかどうかはわかんないけど。
できれば闘う奴がいいな!それかスポ魂!推理とか刑事の話はドラマだけでも眠っちゃう…
あっ有斗さんってドラマとかは見るのかな?小説が原作の奴も沢山あるけど、持ってて気になったりするのかな?
それとも実写化絶対に許さない派かな?声優とかないから気にしない?
挿絵もないって前聞いたことあるきが…。それでどうやって頭のなかで登場人物動かすんだろ?
本を沢山読む人は想像力?妄想力?がすごいのかな?
…有斗さんに妄想って言葉似合わないな!却下!
「叶矢~、叶矢さん?珍しく考え事ですか?」
隣を歩いていた聖夜の呼びかけで、遥か彼方の世界から引き戻された。
これで何度目か。朝から……有斗さんに会ってからずっとこんな調子だ。
「あっ、ごめん……何?」
「いや、君の家通り過ぎてるけど。何?これから俺の家くるの?」
振り返ると自宅は3軒後ろにあった。
ちなみに聖夜の家は100メートル程先にあるのでかなり近所だ。
幼稚園小学校はもちろん町内会も一緒の所謂「幼馴染」で、良く泊まりに行く仲である。
あの家はソワソワするのであまり行きたくないのだが……
「おーい、また意識がお出かけしてるぞ?大丈夫かホントに……『有斗さん』のことそんなに好きなの?」
その言葉に顔が熱くなるのを感じた。
他人に恋情を抱くのはこれが初めてではないが、いやそもそもこれが恋情なのかもわからないが。
兎に角、初めてなのだ。こんなにも一人の人間に頭を占領されてしまうのは。
「そんなんじゃないけど……いや、おれも正直よくわかんない。でも今は違ったぞ?有斗さんじゃなくて聖夜のこと考えてた」
「えっ何それ超嬉しいんだけど?照れる」
何故か頬を染め嬉しそうに頭をかく聖夜。
冗談なのか本気で照れているのか、こいつのことは昔から読めない。
「訳分かんないんだけど……。今日は教科書重いし帰る!じゃーな!」
「えー残念。また明日、迎えに来るな」
「おう!」
振り返って歩いてきた道を少し戻った。
少しだけの帰路でさえも、ふわふわと足が浮いて落ち着かない。まるで巨大綿飴のような甘い道を歩いてるみたいだった。そんな感覚が楽しくて、何処か苦しくも思いながら自宅の前に立った。
今日は色々なことがありすぎたと思う。
広い校舎にテンションがあがりまくった。
走り回ってたら超絶美少年にぶつかった。
彼のことで頭がいっぱいになった。
聖夜に言われて図書室に行ったら、その人に会えた。
名前を聞けた。
出身を知れた。
趣味が分かった。
彼と別れてからしばらく経つというのに、思い出せばすぐに心臓が鳴る。ドクン、ドクンとその心地良い心音は初めてのことで、なんだかソワソワしてしまう。
落ち着かなくて部屋をうろうろすると、机が目に入る。そこには教科書や文房具の他に写真も飾ってあり、見るだけで今までの思い出が蘇るスペースだ。
友人たちと楽しそうに笑っている写真が主の中で、ひとつだけ伏せた写真立て。
それは自分と、もう一人と二人で撮った思い出の一つ。
自分じゃない人物をみつめていると、急に頭が冷静になった。
やっぱり見てられなくて、また伏せる。
少し……浮かれ過ぎたみたいだ。
彼に出会えたことで、自分の寂しさが……心に空いた大きな穴が埋まった気がしていた。
馬鹿じゃないのか。
わかってるだろう。『あいつ』の代わりはいない。
かけがえのない、大切な人。
この世に二人といないんだ。
例え、それがこんなにも愛しく思える彼であろうと……代わりにすることは出来ない。
たった一人の…………大切な家族だった人。
「なんで、俺一人で幸せになろうとしてんだろう」
そんな呟きは、一人ぼっちの家では誰も拾ってくれなかった。