君目線
高校一年になってもう半年が過ぎようとしていた。蒸し暑かった夏が気がつけば終わり、見渡せば木々が色付いている。そんな中、何も代わり映えのしない退屈な授業を受けるべく、浜中春樹は学校に向かっていた。高校は土曜日にも授業があると知った時は絶望したが、そんな生活にももう慣れた。校門をくぐってすぐの所にある駐輪場に自転車を止めて、下駄箱に向かう。
朝からイチャついているカップルが横目に止まる。別にあんな風になりたいと思う訳では無いが、見ると敗北した気持ちになる。視界に入らないように真っ直ぐ進行方向を向いて歩いた。
下駄箱に着くと、上履きに履き替えるべく、一番下にある自分の下駄箱の扉に、しゃがんで手を伸ばしたタイミングで、横に人がやってきた。自分と同じクラスの下駄箱を開ける北谷優におはようと挨拶をする。優は取った上履きを地面に置いて、おはようと返してくれた。
その時、優の足がズボンの裾までが濡れていたことに気づいた。所々に泥がついており、少し匂いがした。
優とは高校に入ってから知り合った。優は活発な方ではないけど、根から暗いということも無い。自分からは話しかけにはなかなか行かないが、話しかけたらきちんと話を聞いてくれる。一の六のLINEグループに入っている『ダニ』という人が優だと気づいた時は驚いたし、少し笑った。
優が自分から足のことを話そうとするかと思ったが、無言のまま汚れた靴下を脱ぎ始めた。普段ぼーっとしている優の事だ。きっとタイヤを滑らせて水たまりにでも飛び込んだんだと思った。予備の靴下を持ってきてないらしく、裸足のまま上履きを履いてクラスに向かっていった。その後をついて行く。
一年六組がある三階に向かう階段を登っている途中に足のことを聞いた。このまま放っておくのもどうかと思ったし、心配してあげているというアピールをしたかったのかもしれない。優は悲しい表情をして、頭をかいた。思った表情と違ったので少し疑問に思ったが、優が話してくれるのを待った。
「実は川に落ちた犬を助けてたんだ」
「......まじで?」
「うん」
てっきり水たまりにダイブしたと思い込んでいた優が、まさかそんな褒められたことをしていたなんて。ごめん、と心の中で優に謝った。 でも、それならあの悲しい顔はなんだ。人に自慢をしていると気が引けたのか。でも実際いいことをしたのだから胸を張ればいい。
「凄いな。犬もきっと喜んでる」
素直に感心した。帰り道ならともかく、学校に行く途中に川に飛び込む勇気が自分にあるとは思えなかった。
「それなんだけど」
三階まであと三段といった所で優は止まった。並んで上っていた春樹は、勢いのまま一段登って振り返った。
「どうした?」
「川から犬を上げたら、勢いよく走っていったんだ。まだ小さかったからお母さんの所に戻ろうとしたのかもしれない。でもその時、角から出てきた車に引かれたんだ。」
自分の顔が固まるのを感じた。優の声も掠れている。
「その後、運転してた人が降りてきて犬を乗せて行った。多分、病院に運んだんだと思う。でも、かなり体が飛んだから、助かったかはわからない」
優の目が充血していくのが分かる。それでも絞り出すように続けた。
「それを僕は見ていることしか出来なかった......もしも僕があの時助けていなかったら、犬は引かれずに済んだんだ」
そんなことは無い、優は悪くない。そう言おうとしてやめた。きっと優はそんなことは分かっている。分かっていても、自分を責めずにはいられないんだ。
優は残った三段を上りきり、教室とは反対の廊下を進んだ。その後を追える訳もなく、立ち尽くしていた。朝練を終えた生徒達が春樹を追い越して教室に向かう。今日もまた、いつも通りの学校が始まろうとしていた。




