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かれこれ20年近く前の高校生時代に、タイピングの練習も兼ねて書いていた小説のテキストデータが出てきたので、懐かしくて思わず投稿してしまいました。
もし、少しでも反響があるようでしたら、続きを書いてみたいと思います。
よろしければコメントください。
きつい批評などは、やんわり言っていただけると、著者の心が折れずに済みます(笑)
今ある現実として、人が認識しているものがはたしてほんとにすべて真実なんだろうか。誰もが一度は考えてみたことがあるだろう。
人は生まれてから今まで経験してきたことや、まわりの情報などを総合して一般常識というものを身に着けていく。だが、それがはじめから作られたものだとしたら?それを確認する術がない限り、そしてそれを認識できない限り、それらは人にとって現実たりえるのかもしれない。
人間は身体から得た情報をすべて、脳で受け取り認識している。だが、その認識情報を偽ることができたとしたら?今、こうして見ている光景が本当に存在していると断言できるだろうか?
これは、そんな世界のタブーに触れてしまった少年たちの物語である。
あたり一面を薄い膜が覆ったような視界に目をこすりながら、伸びをする。大きなあくびをしながら、辺りを見回してみる。もう日は傾き、あかね色の空は、だんだんと闇色に変わり始めている。どうやら寝過ごしたようだ。教室には他の生徒の姿はなく、暁はひとりぽつんと自分の席に腰掛けていた。
何か夢を見ていた気がするが、よく思い出せない。
「誰か起こしてくれてもよさそうなもんだがな~。」
独り言をつぶやきながら鞄を手に取り、教室を後にする。玄関で靴を履き替えている時に、ふいにうしろから声をかけられた。
「やっと起きたの?寝ぼすけさん。」
よく知る声に振り返りながら暁は悪態をついた。
「冴子さん、わかってたんなら起こしてよ。」
「だって、すっごく気持ちよさそうだったから、気がひけちゃって。」
悪戯っぽくっ笑うこの人は、いとこであり、去年赴任してきて以来、俺の高校の英語教師という属性も加わった橘 冴子さん。身内の贔屓目を抜きにしても人目を惹くちょっときつそうな美人で、誰にでも気さくに振舞う性格も手助けしてかなかなかの人気者だ。
「はいはい。それはありがとうございます。」
「授業中からずっと寝てたみたいね。数学の坂上先生が、日野は進級する気があるのかって呆れてたよ。」
「今日は2時間くらいしか寝てなかったからね。」
4歳年上の冴子さんだが、昔から知っているということもあって、ついつい気軽に接してしまう。学校でこれではやっぱりまずいだろうか。
「相変わらずだね。それはそうと、これから帰りだったら一緒に帰ろう。おばさんから晩御飯作ってやってって頼まれてるのよ。」
「またかよ?あの母親、ついに育児放棄したか…。」
「そんな風に言わないの。おばさんも仕事大変なんだから。」
「へいへい、わかってますよ。」
うちは、俺が小さい頃に両親が離婚して以来、ずっと母親と二人暮らしだ。そんな環境のせいか、母親の兄の娘である冴子さんは、昔からよく俺の面倒を見てくれた。いわば、母親代わりであり姉代わりのような存在だ。もっとも、最近はもっと別の関係にしたいと密かに思ったりしているわけだが。
雑談をしながら校門を出た頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
「なに食べたい?」
「オムライス。」
「りょーかいっ。」
食後にリビングでテレビをみていたら、携帯の着信音が鳴り出した。同じクラスの真二からだ。
「もしもし、どうしたんだ?」
「お前、あしたバイトは?」
「あしたはオフ。」
「それならこれから出てこないか?今、健介の家にいるんだけど、お前も来ないかと。」
健介とは、真二と3人でよくつるんでいる同じクラスの友達で、学級委員長をやっていたりする真面目を絵に描いたような奴だ。それに対して、俺は遅刻や居眠りの常習犯であり、健介は年中バスケばかりしているバスケ馬鹿。あまり共通点のない俺たちだが、妙に気が合って、よく遊んだりしている。
「わかった。そんじゃ後で顔出すわ。」
「オッケー。んじゃ、できるだけ早く来いよ。」
「はいよ。」
電話を切って上着を羽織ると、ちょうど洗い物を終えた冴子さんがリビングに入ってきた。
「どこかに出かけるの?」
「ああ、真二のとこ。」
「そっか。それじゃあ、私もそろそろ帰ろうかな。」
そう言う冴子さんの準備するのを待って、2人で家を出た。新学期の始まったばかりの外はまだ少し肌寒かった。
「もう4月に入ったってのに、まだまだ寒いな。そろそろ桜が咲いてもいいとこなのに。」
「もうそろそろ咲くと思うよ。だんだんあったかい日がふえてきてるし。」
「桜が咲いたら花見にでも行こっか?」
ホントだったら「2人で」と付け加えたいところだったけど、そんな勇気はわかなかった。
「いいね、お花見。でも、お酒はダメだよ~。去年は大目に見てひどい目にあったから。」
「あはは、その節はご迷惑をおかけしました。」
去年は母さんと俺、そして冴子さんの家族みんなとお花見に行ったんだけど、そこで俺は大いに酔っ払い醜態をさらしたのだ。
「まあ、あれはあれでいい思い出だけどね。」
そう言った冴子さんの朗らかな笑顔におれは目を奪われた。
いつからだろう。この笑顔を独り占めしたいと思うようになったのは…。明確に自覚したのは、やっぱり話に出たお花見の時だと思う。
ぽかぽかと暖かい陽気の中で、俺はひどい吐き気と頭痛で目を覚ました。
「大丈夫?」
辺りいには母さんたちの姿はなく、そこには俺と冴子さんしかいなかった。
「母さんたちは?」
「車取りに行った。このままじゃ、暁くんを連れて帰れないって。」
「そっか。ああ~、調子に乗って飲みすぎた。頭いてえ。」
「慣れないもの飲むから。はい、お茶飲んで。」
「ありがと。」
冴子さんからペットボトルを受け取った時、突然強い風が吹いて桜の花びらを舞い上がらせた。そんな光景を見て、冴子さんは髪を抑えて少し寂しそうにつぶやいた。
「桜の花ってきれいだけど、なんかちょっと悲しいね。せっかく咲いてもすぐに散っちゃうんだもん。」
なぜかその時、俺には冴子さんが泣いているように見えた。俺は無意識のうちに、ペットボトルを受け取ろうと重ねたままになっていた冴子さんのてを強く握り締めていた。びっくりした冴子さんの瞳をまっすぐに見据える。
「桜はたぶん、自分の命が短いことを知ってるんだよ。だから、精一杯に咲き誇った桜はあんなにきれいなんじゃないかな。人も同じで、人生なんていつ何があるかわからないんだから、その時を悔いの残らないように精一杯生きないとって思うんだよね。」
「…そうだね。」
冴子さんが、俺の目を見つめ返してやわらかく微笑んだ。俺は文字通りその時、その笑顔に心を奪われた。急に自分が言った台詞が恥ずかしくなってきて、手を握ったままだったことに気付いて慌てて手を離す。
「今の、桜花と謳歌をかけてみたんだけど、わかる?このギャグ。」
などと照れ隠しで訳のわからないことを口走ってしまった。
その後は母さんたちが戻ってくるまで、恥ずかしくて冴子さんの顔をまともに見られなかったのを覚えている。
「それじゃあ、私こっちだから。また明日、学校でね。」
昔のことを思い出しているうちに、もう分かれ道まで来ていたようだ。
「うん、それじゃあね。気をつけて。」
「はーいっ。」
小さく手を振って去って行く冴子さんを見送ってから、俺は真二の家に向かった。
真二の家に着いた頃には22時を回っていた。真二の両親は居酒屋を経営しているので、まだ店にいる頃だろう。勝手知ったる何とやらで、俺は「おじゃましまーす」と申し訳程度に声をかけて勝手に上がりこみ、真二の部屋に行った。
「よう。悪い、遅くなった。」
「遅いよ、あっちゃん。」
そこでかけられた予想外の声に俺は一瞬面食らった。
「あれ、一葉。お前も来てたのか。」
「まあね。」
こいつは橘 一葉。苗字でわかるように、冴子さんの妹で、俺のいとこでもある。ショートカットに健康的に日焼けした勝気な顔は、いかにもスポーツ少女という言葉が似合う。事実、女子テニス部のキャプテンも勤めていて、今年から同じクラスになったことで、俺といつも一緒にいる真二や健介とも自然とよくつるむようになったというわけだ。