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「母様!」


 ベッドの横には母様が立っている。カーサが案内するにしても知らせもなく通すはずがないのに。

 いつもと同じで母様は化粧もバッチリで素敵なドレスを着ている。わたしは自分の寝巻き姿が恥ずかしくなる。


「思ってたより元気そうね」


母様はわたしのお見舞いに来てくれたのだろうか。熱を出しても顔さえ見せてくれなかったのにどうしたのだろう。


「熱が下がったので、もう平気です」


「そう、良かったわ。私はずっと迷路の中にいたの。そのせいで愛莉まで失ってしまった。ずっと正しいことをしているって思っていたけど、なにが正しかったのかわからないわ」


 そうかぁ。何か違うと思ったら、母様の周りにあった強い意志のかたまりのようなものがなくなっている。昔の母様に戻ったみたいだ。優しくて甘い香りのした母様だ。


「母様は祖父江伯爵が犯人だって思っていたのですね」


 母様は静かに頷いた。


「ずっと彼のことを疑っていたの。でも私は姉様が嫌いだったから考えないようにしていた。でも愛莉が生まれてメイドの様子が変わってきて、これは罰だって思った。見て見ぬ振りをした罰だって。姉様の死を忘れて幸せに暮らしていた私に罰が下されたように感じた」


「それは愛莉が魅了の瞳を持っていたから?」


「知らなかった。あれは魅了の瞳って言うのね。全員にかかるわけではないけど、あれに見つめられると言うことを聞いてしまうの。みんなが愛莉の虜になっていった。貴女もそうなれば良かったのに、貴女には効かなかった。それが気に入らなかった愛莉はメイドを使って貴女をいじめるようになった」


わたしはその頃のことはよく覚えていない。わたしが覚えているのは優しかった母様が急に辛く当たるようになったことだ。


「貴女が階段から落ちた時、このままではいけないって思って、貴女のことを突き放すようになった。私が貴女を庇えばもっと酷いことが起こるから。本当ならどこかに預けたら良かったのかもしれないけど、それも怖かったの。愛莉の我儘はどんどん酷くなっていたから。でも私は愛莉を嫌うことができなかった。貴女のことも愛莉のことも同じように愛していたの。でも全てが裏目に出て愛莉は死んでしまった。もっと早く祖父江伯爵に尋ねていたら、愛莉を救えたかもしれない」


 母様はわたしのことも愛莉と同じように愛していたって言うけど、やっぱり温度差のようなものを感じる。それはちょっとしたことだけど、やっぱり母様は愛莉が一番だったんだと思う。

 前はそれが悔しかったけど今は仕方ないなって思うだけ。それは理玖さんの愛を信じているからかも。理玖さんの一番があれば、母様の愛は何番目でもいいって思えるようになった。


「でも母様が祖父江伯爵に情報を流したのでしょ?」


「気付いたのね。そうよ、私が話したの。ここのメイドの一人に私が母として貴女と仲直りしたいって言ったら貴女がどこに行くのか色々教えてくれたわ」


「そんな、酷いことだわ」


 メイドを騙すなんて。きっとメイドは良いことをしてるって思っていたのだわ。


「どうしても愛莉の死の真相が知りたかった。絶対に祖父江伯爵だって思ってたから、貴女の情報を流すことで色々と探ることにしたの。でもまさか可憐夫人だったなんて」


「彼女はもう死んだわ」


「そうね、もう仇も討てない。でもそれで良かったのね。可憐夫人は可哀想な人だから仇なんて討てなかった気がするわ」


「ここへもその人を使って入って来たのでしょう。どうしてそんなことをしたの?」


「だって入れてくれないんですもの、何度もお見舞いに来るって言ってるのに、貴女の旦那は酷い人よ」


理玖さんが母様を通さなかったのは、母様が祖父江伯爵に情報を流したって分かったからだわ。


「わたしを守ってくれてるだけよ」


「ちょっと行き過ぎって気がしないでもないけど貴女が良いのなら、まあ良いわ。それより父様と旅行に行くことにしたからしばらく会えなくなるの。愛莉の事件も解決したし環境を変えることにしたわ。屋敷も改装するから欲しいものがあったら早めに取りに来なさい」


 両親が旅行に行くことは気にならなかったけど、屋敷が改装されることは気になる。荷物は全部持って来たけど、最後にもう一度見たい。


「いつから?」


「旅行へは明日から行くわ。改装は五日後だったかしら」


「明日って…もっと早く言って欲しいわ」


明日ってことはもう前から決めていたようだから、事件が解決したから旅行に行くのではなさそう。きっと私と祖父江伯爵が噂になって責任を感じたのね。母様はそこまでのことをするつもりはなかったのだと思う。多分あれで事件のことを探るのはやめることにしたのね。


「だからもっと早く知らせようとしたんだけど、貴女の旦那に邪魔されたって言ってるでしょ。とにかくもう話したから。あとは自分でなんとかしなさい。私は貴女の旦那とは合わないからもう行くわ」


「気をつけて行って来てください。まだ色々と聞きたいこともあるのでお帰りをお待ちしてます」


「今更親らしいことはできないけど、孫ができたら一度くらいは抱かせて欲しいわ」


「そ、それは理玖さんに言ってみないとわからないわ」


 母様はわたしの曖昧な返事にも気分を害することなく笑顔で去っていった。母様が去って行くとすぐにカーサが現れたから、外で見守ってくれていたんだと思う。

 母様と話せて良かった。このまま話せないで旅行に行かれていたらやっぱりショックだったと思う。母様の笑顔は清々しかった。いろんなしがらみから逃れることができた笑顔だった。もう二度と母様の笑顔が曇ることがなければ良い。わたしが思うのはそれだけだ。


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