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「貴女は間違ってます。今頃は貴女は犯人として探されてますよ。それにそんな小さなナイフで人なんて殺せませんよ。どうしてそんな小さなナイフなんですか?」


「仕方なかったのよ。隠して持ち込むことができるのは、このサイズがギリギリだったんだもの」


 祖父江伯爵夫人は人を刺すのはこれが初めてで何も分かっていない。私も人なんて刺したことはないけど、本を読んでいるから知っている。人をナイフで刺すと返り血を浴びる。赤のドレスを着ているのはもしかして返り血を誤魔化すつもりかもしれないけど、そんなもので誤魔化せるほど甘くはない……たぶん。


「もう動かないで。狙いが外れるわ。無駄に苦しむことになってよ」


 動かなかったら刺されるのだから動くに決まっている。


「そんなに簡単に殺されたりしません。無駄なあがきは得意なのよ」


 とにかく時間を稼がなくては。ここはまだ侯爵邸だ。誰かに手伝ってもらったとしてもわたしを運び出すことは難しかったのだろう。屋敷の内装で侯爵邸にまだいることはすぐに分かった。

 だからきっと理玖さんが助けに来てくれる。


「ふっ、だから下級貴族は嫌いなのよ」


 何度も振り下ろされるナイフを避ける。彼女の動きはスローモーションのように鈍いので取り上げることもできそうな感じだ。でも取り上げた場合、彼女を傷つけてしまう危険がある。正当防衛だと認めてもらえるかしら。


「幸彦、どこにいるの。わたくしを手伝って」


 祖父江伯爵夫人が助けを求めると扉が開いて中年の男が入って来た。この男性が幸彦? 手伝った人がいるとは思っていたけど彼は一体何者なの? 祖父江伯爵を愛している彼女に愛人がいるわけない。でもこの男性が今までも手助けしていたのだと思う。馬車への細工なんて彼女にできるわけがない。


「可憐夫人、今回は自分ですると言うから任せたのにまだ刺せないのですか? 早くしないと見つかってしまいますよ」


「動き回るから刺すのは無理だわ」


「そうですね。もういっそのことその窓から落としましょうか。それなら足もつかないでしょう」


「まあ、それがいいわ。自殺ってことで処理されるかしら」


 そんなわけないでしょう。なんて楽天的な考えの人たちなの。他人の屋敷でこんなことをして無事にすむはずがないのに。

 幸彦という男が近付いてくる。わたしは悲鳴をあげた。どうして今まで悲鳴をあげなかったのか。どこかで祖父江伯爵夫人を侮っていたのだ。彼女ではわたしは殺せないと。でもこの男は違う。男はわたしの口を塞ぐと、軽々とわたしを抱えて窓の方へと連れて行く。


「ははは、悲鳴なんて聞こえないさ。夜会では音楽が鳴り響いてうるさいからな」


 このままでは本当に窓から投げだされてしまう。わたしはカーサに教えてもらったいざという時のための防御術を思い出す。そうだわ、もうこれしかない。ハイヒールのかかとで男の足を思いっきり踏んだ。


「ぐぎゃぁ」


 変な声で呻く男の腕の力が緩む。相当痛かったのか蹲っている。わたしは扉の方へと走る。そして扉を開けた。とにかくもう助けを求めるのだ。前を見ていなかったわたしは誰かに捕まえられて、暴れる。


「茉里、私だ。もう大丈夫だ」


 理玖さんだった。ああ、助けに来てくれたんだ。伯爵夫人の喚く声が聞こえる。捕まったようだ。ナイフも持っているし無罪放免にはならないよね。


「理玖さん、犯人は伯爵夫人だったわ」


 わたしは理玖さんの腕の中で呟く。


「知ってる。祖父江伯爵が全部話してくれた」


「そう、祖父江伯爵は全部知ってたの。知ってて、彼女を庇っていたのね」


「もしかしたらと疑っていただけで、証拠は何もなかったんだ」


 証拠がなければ捕まえることができないことは知っている。それでも祖父江伯爵が彼女の心に不安を植え付けたことが全ての原因なのだ。許されることではない。

 もし彼が彼女を幸せにしていたら愛莉は殺されていなかったかもしれないのだ。その場合、わたしは理玖さんの奥さんにはなれなかったかもしれない。それでも愛莉が不当に殺されたことは許せないと思う。


「母様や父様は驚くわね」


「どうかな。君の母親は薄々気が付いていたんじゃないかな。だから祖父江伯爵との縁談は断固として断っていたんだ」


「……そうね。そうかもしれないわ」


 娘を殺されても黙っているのが貴族なのだろうか。証拠がないのだからどこかへ訴えることもできないのはわかるけど、悔しい。


「君が憤るのはわかるけど死んだ人間より、生きている人間を大事にするのは悪いことではないよ」


「分かっているけど、それでも悔しいの。だって愛莉は本当に無駄死にだったんですもの。あまりにも身勝手で、許せないわ」


 わたしは理玖さんの腕の中で泣いていた。愛莉は我が儘でわたしのことなんて姉とも思っていない時もあったけど、わたしがお腹を空かせていると、たまにだけどパンやお菓子を持って来てくれることもあったのだ。本当にたまにだけど、それでも嬉しかった。

 もう彼女には会えない。なんだかやっと愛莉の死を受け入れることができたような気がする。


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