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 祖父江伯爵とクリスタル植物園で出会ったことは理玖さんには話すことができなかった。理玖さんは結婚する前からわたしと祖父江伯爵の仲を疑っていた。このことを話せばまた誤解されるかもしれないと思うと怖くて口にできなかった。

 でも理玖さんに話さなかったのは大きな間違いだった。

 あの日、あの場所にいたのはわたしたちだけではない。どこに目があるのかわからないと思っていたのにわたしはそのことを忘れていた。わたしが黙っていれば祖父江伯爵と出会ったことは理玖さんには気付かれないと思っていた。あれだけたくさんの人がクリスタル植物園にいたのに隠せると思うなんてわたしは馬鹿だった。

 その日はいつもより随分早く理玖さんが帰ってきた。わたしは嬉しくてすぐに迎えに出たのに、理玖さんは不機嫌そうな顔でわたしを見ると「話がある」と言って書斎に入った。理玖さんの書斎に入るのは初めてだった。わたしは何か理玖さんを怒らせるようなことをしたのか考えたけどわからなかった。カーサにも視線を送ったけど肩をすくめるだけだった。

 実家ではこういう時はいつも謝っていたのでいつもの癖で書斎に入るなりわたしは頭を下げた。何をしたのかはわからないけど、謝ってすむことなら早いほうがいいと思ったのだ。


「ごめんなさい」


 わたしが謝った途端、空気が凍った気がした。謝ったことでさらに理玖さんの機嫌が悪くなってしまった。


「君は何を謝っている? 浮気をしたことを謝っているのか? どうやってあいつと連絡を取った?」


「う、浮気? わたしは浮気なんてしてないわ。それに連絡ってなんのことなの?」


 理玖さんは必死で怒りを抑えているのか拳を握りしめている。もしかして叩かれるのかしら。母様の手よりかなり大きいので叩かれたら何倍も痛そうだ。


「本当のことを言ったからって殴ったりしない。私は女を殴る趣味はない」


 わたしが彼の拳を気にしているのに気付いたのか理玖さんは殴る気はないと言った。


「本当のことしか言いません。わたしは浮気なんてしてません。ずっと家にいるのはカーサが証明してくれます」


 結婚してからまだ夜会にも出席していないし、昼間の外出だってしていない。浮気なんていつすると言うのだ。


「確かにそう報告は受けている。だが連絡を取っていたのは間違いない。私と別れたいとでも泣きついたのか? そうまでしてあいつと会いたかったのか?」


 理玖さんの言うあいつが誰のことだか全く分からないわたしは理玖さんにすがりついて聞こうとしたが、彼はわたしの手を払った。

 わたしは理玖さんに殴られることはなかったけれど、わたしを触るのも嫌だという態度に傷付いた。


「理玖さんが何を言ってるのか分からないわ。あいつって誰のことなの?」


「噂になっているのに知らないですむと思っているのか?」


「噂?」


「クリスタル植物園で二人で会っていたそうだな。深刻そうな話をしていたそうじゃないか。私と離婚したら三番目の妻として迎える準備が整っているとか、いつまでも待っているとか…意味深な会話だな」


 確かにそれらしき言葉は言われた気がする。でもわたしはそれを了承したわけでもないし、そんなことを言われても困っただけだ。

 でもそのあとわたしの気分が悪くなって理玖さんに運ばれたことがさらに噂に信ぴょう性をもたせたようだ。


「あの時、気分が悪くなったのはそれ以上私といたくなかったからか? 祖父江伯爵に言われた言葉が嬉しかったのか?」


 わたしが返事をしないことでさらに誤解が広がっていく。理玖さんにとってわたしはどう言う存在なの? どうしてわたしを信用してくれないの? わたしが祖父江伯爵のことを好きなように見えるの?


「わ、わたしは祖父江伯爵と約束なんてしていません。クリスタル植物園で出会ったのも偶然だし、たとえ理玖さんに別れを告げられたとしても祖父江伯爵のところにだけはいくつもりはありません!」


 それだけ言うとわたしは理玖さんのところから逃げた。理玖さんのわたしを呼ぶ声は聞こえたけど振り返ることはできなかった。

 わたしは結婚前に与えられていた部屋に入ると鍵をかけてベッドに潜った。悔しくて涙が溢れる。わたしが悔しいのは理玖さんに信じてもらえなかったから。そして自分が理玖さんを信じていなかったから。理玖さんを信じていればあの日祖父江伯爵に会ったことを話していた。彼を信じることができなかったことで最悪の事態になってしまった。

 鍵を持っている理玖さんはこの部屋を開けることができる。それでも抗議の意味を込めて閉じこもりたかった。わたしは理玖さんがこの部屋の鍵を開けた時、泣き疲れて眠っていた。


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