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どうしたらいいのかわからない。

わたしがその噂を聞いたのは兄からだった。

噂というものは当事者に届くのは一番遅いものだ。ということはこの噂は王都中で流れているのではないか。

わたしが何をしたというの? 人を呪うだなんて、考えたこともないのに。

兄様と父様はわたしを責めた。この噂が本当かどうかなんて関係ないと言った。妹の愛莉のことをあれほど可愛がっていた兄様と父様の言葉とは思えなかった。彼らは今は保身に走っている。せっかく公爵家との縁談がうまくいきそうなのにこの噂によっては破談もありうるからだ。

噂にはわたしを差別していたことも流れているから必死だ。これはここに勤めたことのあるメイドや従者からも証言が取れているらしく、やけに詳しい。わたしがいつも妹のお下がりの服を着ていたことや家庭教師も妹にしかつけられておらず、わたしは独学させられていた事まで。わたしは誰にも話したことがないから、内部告発者がいたとしか思えないんだよね。

でも両親はわたしが話したと思っているようだった。母様がわたしを叩き、父様はそれを止めないで眺めている。兄様? 兄様が何をしていたかは覚えていない。ただ、わたしは頬の熱さとジンジンする耳を片手で押さえている。

わたしが叩かれるのはいつものことだった。侍女のカーサが来るまでは気に入らないことがあると母様に叩かれていた。最近叩かれていなかったので忘れていた。この熱さを、痛みを、理不尽な母様を。それを止めない父様のことを。


「貴女は愛莉を呪ったの? 私の愛莉を殺したの?」


父様と兄様と違って母様はそのことで責めている。母様は愛莉が大好きだったから許せないようだ。

私が何も言わないのが気に入らないのか母様が再度手を上げた時、ああまた叩かれると思ってギュッと目を閉じた。でもいつまでたっても痛みがない。あれって思って目を片目だけ開けると、母様の手を抑えている男がいた。父様ではない。兄様だ。


「母様、これ以上叩くと痕が残る。噂の上塗りはごめんだ」


兄様が母様を止めたのはわたしを思っての事ではなかった。


「外に出さなければいいでしょう」


「どうでしょうか。それに茉里は友達がいない。この噂は内部から漏れたとも考えられる。どこに目があるかわからないということです。茉里を叩いた事で三千院伯爵に責められるのは困ります」


「その通りです。私の婚約者を叩くものはたとえそれが両親でも許せません。どうやら噂は事実だったようですね」


いつの間にか理玖様が部屋のドアを開けて入ってきていた。表情から彼がかなり怒っていることがわかる。


「これはしつけですわ。嘘をつく子にしつけとして叩くのは親の役目です。それにこの娘は私の愛莉を呪って殺したのです。貴方の婚約者でもあった愛莉を!」


母様は気丈にも言い返したが父様は何も言わず、理玖様からは視線を外している。 そうだった。父様と兄様は理玖様とのことがあるから、わたしに対して思うところがあっても何も言わなかったのだ。母様と違って感情的に行動しないだけで、わたしを認めてくれたわけではない。小さい頃に優しくしてくれた面影はどこにもない。あれはやはり夢だったのね。


「反省もない。あなたたちの所に彼女は置いておけない」


「なんですって! それよりもあの噂はどういうことかしら。三千院の力で噂なんて静められるでしょう。それなのにどうしてこんなに広がってるの。茉里が愛莉を呪い殺したような噂が広がってるのに何もしないなんて、茉里のことなんて本当はどうでもいいんでしょう? それとも貴方の愛莉を呪い殺した茉里を苦しめたいのかしら?」


母の言葉に傷ついたのはわたしだ。理玖様は母様の言葉は気にならないようで無視している。


「彼女はわたしの家に連れて行きます。必要なら結婚契約書を貴族院に提出しても構わない。これ以上ここにいることは彼女のためにならない」


理玖様は父様に向かって勝手なことを言っている。だが父様はホッとしたような顔をした。


「好きにしてくれて構わない。ただ噂のことは君に任せるからなんとかして欲しい。このままでは表を歩くこともできない」


父様はわたしのことより、子爵家としての対面が気になっているようだ。


「そうですね。あなたたちが彼女に何をしてきたかとても気になりますが、過去ばかりにとらわれるのは良くないでしょうから噂の方はなんとかしましょう」


わたしの意思は誰も聞いてくれなかった。わたしは荷物を一つも持たされずに家を後にすることになった。誰一人として見送ってはくれなかった。



馬車の中でカーサに渡された冷たいハンカチで頬を冷やしていると理玖様が話しかけてきた。


「助けに行くのが遅くなってすまない。噂の出所を探していたが、まだ掴めていない」


「いいえ、気になさらないでください。叩かれるのはいつものことですから気にしていません。何も公爵家でお世話にならなくてもわたしなら大丈夫ですよ」


「公爵家に連れて行くつもりはないです。伯爵家の方に泊まってもらいます。近くにいないと安心できませんから」


「へ?」


思わず変な声を出してしまった。結婚まであとニヶ月とはいえ、さすがに一緒に暮らすのはまずいのではないか。でも理玖様は気にしていないようだ。


「貴女はどう思ってますか?」


「何をですか?」


「愛莉の死についてです」


「まさか理玖様もわたしを疑っているのですか?」


「いや、違う。君を疑ってはいない。ただ、あれを事故だとは思っていない」


愛莉の死が事故ではない? 全く考えなかった。噂を聞いた時でさえ、思わなかった。もし愛莉の死が事故でないのなら、犯人がいるの?

もしかして犯人は近くにいるってことなのかしら。


「わかってくれたようだね。犯人は君の近くにいるかもしれない。だから子爵家で過ごすのは非常に危険だ」


「わたしの家族を疑っているの?」


「そうではない。ただ、彼らは君を助けてくれるようには見えない。それどころか犯人に渡してしまいそうだから危険なんだ」


そんなことないと言いたいけど、言えなかった。理玖様はわたしの家族のことを知っている。見栄を張っても虚しいだけだ。

馬車が伯爵家に着くまで愛莉を殺した犯人について考えていた。呪いで人は殺せない。ううん。殺す方法はあるのかもしれないけど、わたしは知らない。

もし知っている人が犯人だったらどうしたらいいの。理玖様はきっと犯人を探し出すだろう。彼がわたしとの繋がりにこだわっていたのは犯人を探すためだったのかも。それなら納得できる。じゃあ、犯人を捕まえたらわたしは用無しになるってこと?

チラッと理玖様を見たけど彼は何かを考えているようでわたしを見ていなかった。

これからどうなるのか不安でたまらないと思っていると、カーサが手を重ねてきてわたしの不安を取り除いてくれた。そうね。わたしは一人ではない。カーサがいるから大丈夫。





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