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「わたしが三千院伯爵と結婚?」
父様がやっと部屋から出て仕事をするようになった頃、三千院伯爵が訪ねて来た。
久しぶりに三千院伯爵の顔を見ることができた。少し顔色が良くなっている。彼も愛莉の死から立ち直ったのだろうか。
もちろん三千院伯爵が訪ねて来たのは父様に用があるからでわたしの方は見もしなかった。
昨日は祖父江伯爵も訪ねて来ていた。もしも本当に婚約話だったらと思うと夜も眠れなかった。
一時間くらいした頃、三千院伯爵は帰って行った。もしかしたら侍女のカーサのことだったのかも。さすがに公爵家に返さなければならないのだろう。
わたしが呼ばれたのはすぐのことだった。そしてあり得ないことを聞かされたのだ。わたしが三千院伯爵と結婚するだなんて何かの間違いとしか思えない。
「実は昨日、祖父江伯爵もお前との縁談を申し込んで来た。前は断ったが今度は受ける予定だった。彼は年は離れているが立派な方だから、お前のことも幸せにしてくれるだろうと思っていた。だが三千院伯爵が是非にと望まれたのでは断ることはできない。正式に祖父江伯爵の話を受ける前で良かった」
父様と兄様はとても喜んでいるけど、母様は不満そうな顔で黙っている。
「父様、何かの間違いではないですか? わたしには無理です。愛莉の代わりなんてできません」
「当たり前だ。お前が愛莉の代わりになどなるわけがなかろう。三千院伯爵は愛莉に惚れていた。お前とは似ても似つかない愛莉にだ。おそらく愛莉が死んだ今、少しでも愛莉との繋がりを残しておきたくてお前との結婚を望んだのだ。だがいずれは正気になる。その前に既成事実を作って断れないようにしなければな。早めに婚約式を行う予定だ」
「早めに?」
「そうだ。愛莉との婚約のことは知られていないから早すぎても非難されることはない。愛莉が不幸な事故で亡くなって三ヶ月になる。喪に服すことを考えて結婚式は愛莉の死から一年後で婚約式は今日から二週間後に決まった」
「いくら何でも早すぎます。衣装はどうするのですか」
婚約式のドレスは特別なものだ。二週間で仕立てるなんて無理に決まっている。
「三千院伯爵がドレスは用意すると言ってたから大丈夫だ」
「そんな…わたしには婚約相手を選ぶこともできないの?」
「選ぶ権利だと? お前に申し込んで来たのは二人だけだ。祖父江伯爵と三千院伯爵だ。三千院伯爵が嫌なら、祖父江伯爵になるだけだ。どっちを選ぶつもりだ?」
兄様が怒った顔で訊いてくる。
「ど、どっちって……」
わたしは選ぶことができなかった。祖父江伯爵は絶対に嫌だけど、だからと言って三千院伯爵との結婚もあり得ない。三千院伯爵が嫌いなわけではないけど、彼は妹の婚約者だった人だ。愛莉を見初め婚約したのに、愛莉とはまるで違うわたしが妻になるなんて。彼の望みは何?亡くなった愛莉と今でも繋がっていたいのだろうか。
部屋に戻るとカーサが心配そうな顔でわたしを見る。
「茉里様、顔色が悪いですよ。そんなに理玖様との縁談がお嫌ですか?」
「カーサだって知ってるでしょ。彼はわたしを好いてるわけじゃないのよ。愛莉を好きだった人がわたしを好きになるなんてないの。惨めな一生になるってわかっているのに結婚なんてしたくないわ」
「そうでしょうか。私は理玖様は茉里様のことを好いてると思いますよ。本当はこんなに急いで申し込む予定ではなかったみたいですが、祖父江伯爵に盗られまいと必死なんですよ」
カーサにとっては三千院伯爵は弟のような存在なのだろう。わたしとは違う視線で彼を見ているようだ。
「でも三千院伯爵は愛莉の婚約者なの。わたしには無理よ」
わたしは愛莉が好きだった。でも同じくらい妬んでいた。だってわたしが好きだった人はみんな愛莉が好きで、わたしを振り向いてはくれなかったから。
わたしは愛莉が死んだ時確かに悲しかったけど、心の奥で喜んではいなかったかしら。そんなことないと思うけど自信がない。だってわたしは両親と兄が愛莉が亡くなった後も依然としてわたしに目を向けることがないと知って悲しんでいるのだから。どこかで愛莉がいなくなったからわたしを見てくれるようになると思っていたのだ。わたしはなんて嫌な人間なんだろう。こんなことを三千院伯爵に知られたら軽蔑される。彼には醜いわたしを知られたくない。そのためにも近くにいない方がいいのに。