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8 家主はせいぜい恨まれるといいと思う


 夜の間、俺は街路を飛び回っていた(文字通り)。せっかくだし街の地理の把握に努めようとしたのと、うまく悪霊に出会えればと思ったからだ。


 アリシアの宿に荷物を置いてもらってるから、姿を消してから窓から出ると、そのまま上空に向かう。後で迷わないように、まずは宿周辺の建物を覚えておく。幸い、よく目立つ冒険者ギルドからそんなに離れてなかったのと、『うさぎの宿』という覚えやすい名前の宿だったことが幸いして、迷いそうもなかった。なにこのかわいい宿名。でもこれ、うさぎ飼ってるとかじゃなくてうさぎを食べさせる店って線の方が濃厚そう。


 どこの街でもそうだろうけど、貴族地区は大きく綺麗に区画整理されており、下町に行くほど入り組んでいき埃っぽくなっていく。一応、街全体に石畳は敷いてある。スラムの方だと土の地面もあるが、雨でぬかるむこともなく全体に街としては綺麗なものだと思う。もちろん、スラムは粗末な木作りの家というか長屋のものも多いけど。


 街は鐘楼が中心部にあり、そこからおおまかには放射状に広がる造りになっている。

 北側には城があり、ここは伯爵領だから伯爵邸(城?)のはずだ。その更に奥には大きな森が広がっていて、こちらは伯爵城内扱いらしい。貴重な動植物が管理されているそうで、有事の際に開放するらしい。

 中心部北側に貴族特区があり、中心部南に冒険者ギルドや商業ギルドなどの中心施設、役所などが集まっている。あとは住宅街と職人街、商業施設は少しずつのまとまりであちこちに構成され、南側の城壁沿いががスラムだ、ただしそれほど大きくはないし、貧しいというだけでそれほど悲惨なものや、道路が死人だらけということもなかった。

 スラムの方に行くと悪霊くらいいるんじゃないかと思っていたが、意外とそうでもない。もちろんそこかしこが淀んでいるので浄化しながら進んでいたが、これといって目立つ個体はいなかった。こんなもんなのかーと思ってふらふら街を進んでいたら貴族特区について、そこで眉を顰めた。


 ……淀んでる、どころじゃない。

 黒っぽいモヤの淀みじゃなく、あからさまに恨みの篭った悪霊が貴族特区の端にある家の門の中にいて、屋敷を睨んでいる。

 あー、こーゆーパターンね。悪どいことしてる貴族に殺されたとか、恨みを持ちながら死んだとか、そういう悪霊だってことか。残念だけど、恨みを晴らしてあげることはできないし、何の証拠もない。


 ……いや、証拠もないってことはないか。どうせ暇だしちょっとこの貴族邸を家探(やさが)ししてくるか。

 

 そのでかい屋敷に入ると、当然ながら皆が寝静まっていた。もちろん門番だけは起きてたけど。

 おじゃましまーす、って言っても気分は空き巣。いいんだよ、俺は世の中の常識に捕らわれない(物理)!

 中は、入ってすぐのところが吹き抜けの大きなエントランスで、両脇に二階へ続く階段がある。

 でかい屋敷だなー、これエントランスだけで日本の俺の実家が入るんじゃね?

 手すりは金で絨毯は赤、宗教画のようなものがあちこちに飾られている。うーん、建築様式としてはルネサンス建築とゴシック建築の融合って感じかな。壮大っながらも、静的なルネサンス建築のイメージは薄めで、ゴシック的な重厚感を演出している。

 でもなー、うまくすれば豪奢になるのかもしれないけど、少なくともここはめっちゃ成金ぽいだけだった。特に色。入り口の水壺を持った女性の裸像(金)とか最悪。俺は住みたくないなぁ。


 さて、二階からまずは回ってみようと、上がったところの正面の部屋に入る。書庫だった。これはこれで暇な時に読んでみたいが、今はいいや。そのまま壁を横に突っ切って部屋を覗いていく。ゴースト特権だね!

 執務室?、寝室(空)、寝室(空)、寝室(空)、空き部屋、倉庫。反対側は寝室(子供部屋らしい)、寝室(多分夫婦の主寝室、中年男女が寝ていた)、一部屋空けて寝室(使用人ぽい)、倉庫。 執務室に面白そうなものがないかと思ったけど、つまらない決算書類しかなかった。悪どい借用書とかあったら面白かったのに~。

 次いで一階を見たけど、こっちは使用人部屋5部屋にメイドさんたちがいたのと、食堂や浴室といったものしかなかった。

 ……いやいや、そんな訳ないじゃん? 俺の勘が告げてる、あんだけ恨まれてる家が、これで済むはずがないって。潔白すぎて逆にめちゃくちゃ怪しいっつの。

 思いついて、エントランスから地下に潜ってみた。


 ▷ つちのなかにいる


 いやいやいや、ちょっとどこか空間とかあるんじゃないの? ウロウロと視界の悪い土の中を彷徨っていると、すっと空洞に出た。ほらやっぱり!

 どうやら地下通路のようで、その先にドアがあった。


 ワクワクしながらドアを突っ切ると、目の前には趣味の悪い金の美術品が山になっていた。

 玄関にあったような裸体像やら、宝石のじゃらじゃら付いたネックレス等の宝飾類、竜をかたどった置物に、巨大な水晶、山になった絵画類。そして大量の金貨。特に金の竜に赤い目がはめこまれてるのとか最悪だよ。

 あちゃーと呆れるが、流石にコレは個人の趣味なので文句を付ける筋合いはないな。すまん。

 ここは単なる宝物庫だったので、俺が探してるものとは違う。ただ個人的に興味があって絵だけは鑑賞しておいた。


 うむ、天使や神、英雄といったモチーフはここでもほぼ俺が見ても分かる姿をしている。

 こっちもルネサンス美術系、かな。古典主義の宗教画がメインだ。地球ではイタリアの14世紀〜16世紀頃の、一番芸術が華やかだった時代のことだ、特にイタリアのフィレンツェなんかみんな知ってることだろう。「モナリザ」を描いたレオナルド・ダ・ヴィンチや、大聖堂の天井画「天地創造」などで有名なミケランジェロなんかの画家は、今でも美術界の最高峰に位置づけられているし、金持ちが貧しい芸術家のパトロンになることが一種のステータスだった、俺たち絵描きにとって憧れの時代。


 おっと、つい絵をパクってしまいそうになるな、ここ。危ない危ない。

 他の人なら金貨や宝石が目に入るように、俺は絵画に気を惹かれる。が、ここで盗んだらちょっと人として駄目なの分かりきってるので我慢我慢!

 あ、でももしここが火事とかになったら、真っ先に絵だけは持ち出すけどな!


 絵を眺め終えて満足してから、周囲に目を向ける。美術品だらけの隙間に隣の部屋らしき壁の切れ目があるが、入り口の取っ手がない。多分なにかしら仕掛けがあるのだろう。

 が、ゴーストである俺にそもそも取っ手など必要ない。という訳で隣にレッツゴー。

 隣に入ると、宝物庫とは違って書類がいっぱいだった。

 といっても紙じゃなく、多分羊皮紙。丸めてヒモで縛ったものが仕分けて収納してある。


 ひとつ取り出して紐解くと……って初っ端から当たりじゃないかコレ。

 『◯◯嬢を◯日までに運び込めば金貨◯◯枚で引き取る』……って文字の下にサインが2つ。これ人身売買じゃなくて、略奪の依頼だ。文面を読むと、多分誘拐してこいっていう感じ。これを引き受けたのも多分、裏稼業の人間なんだろう。

 他のも紐解いていくけど、あっちもこっちも略奪やら誘拐やらの依頼。たまに収益分配がどうのってのもあるけど、そっちはわからない。でも、真っ当な書類なら宝物庫の更に奥に隠さないよね、せいぜい執務室の金庫とかに入れるだろうし。


 うーん、どーっすっかなぁ。

 見なかったことにするには「人身売買」のとこが不愉快で仕方ないので無理。

 ……うん、でも今これ持ち出しても対処のしようがないわ。どこに提出すればいいかもわかんないし、ここは一つアリシアに相談しよう。まともな調査をしてくれる機関を探してから持ち出そう。


 ということで、申し訳ないけど悪霊のお嬢さんは今は放置。家主はせいぜい恨まれるといいと思う。後で書類と一緒になんとかしてあげるさ。呪いでも掛けとけばいいよ。




 次の日の朝、鐘が鳴るのを聞きながら宿に戻った。鐘楼は街の中心にあって、街で一番高い建物だ。鐘の音は荘厳で、よく響くのにうるさく感じない。これは気持ちよく起きられるだろうなぁ。

 しばらく屋根で小鳥を眺めてから、姿を消したまま一階の食堂に入る。アリシアはもう来ていて、食事をしているところだった。でもここで声を掛けたら反応したアリシアが変な目で見られてしまうので自重。厨房をフラフラして過ごし、アリシアが二階に戻って少ししてから外に出てアリシアの部屋の窓をノック。


「おはよ、アリシア」

「おはようルイ」


 アリシアに迎え入れてもらって、荷物を持つ。それから昨日剥ぎ取ったローブを着て……着て!?


 …………!!


「まじか!!」


 今まで気づかなかった自分にびっくりして、俺はつい叫んだ。


「どうした?」

「あ、あ、アリシア! 俺、昨日のローブ着たままで壁を突き抜けてたんだけど!!」

「え? ……え!?」

「な、何で? 俺が元から着てた服以外、物の中を通過できないはずだったんだけど!」


 アリシアもびっくりしたようで目を見開いている。それから俺のローブをまじまじと見る。


「……私も忘れていた。昨日ここから出てからも、ずっとそれを着たまま壁を出入りしていたということか?」

「そう! 王都のあっちこっち行って、普通に地面にも壁にも出入りしてた。何このローブ、特別製!?」

「いや、そんな特別なもの、あんな三流チンピラが着ている訳がない。別に理由があるのでは」

「そ、そっか。待て待て、よく考えよう」


 俺は努めて落ち着くように深呼吸(呼吸しないけど、フリ)して考える。

 最初に木の枝を持って木の中を通過、できなかったよな。投げた石も木や人に当たった。当たり前だ。

 では昨日からの俺は? ローブは俺が着ていたから? だったら手に持ったって一緒だ。違うところは……?


 ローブごと透明になった……?


「それか!」

「どうした? 心当たりがあったか?」

「あった。物を透明にしたままで壁を通ったのが初めてなんだ……」

「ああ、そういえばルイが持ったものを透明にできるのはなぜだ?」

「光魔法の範囲を広げてる。……単に見えなくしてるだけだと思ったのに、これで物の中も通過させられるってことか……?」

「試してみよう」


 俺は、机の上にあった、昨日描いたリュックの図面を手にして透明にし、窓に向かった。

 ……俺はするっと窓を通過し、朝の喧騒が溢れる外にいた。手には紙の感触がある。

 もう一度室内に戻る。勿論手の中の紙の感触は消えない。


「まじか……」

「……すごいな、ものすごく応用の利く特技なのでは」

「ほんとだ。金庫から金貨を盗み放題だ」


 やらんけど。いや必要ならやるけど。

 もう一度、今度は通過できないものがないか確認するために、背嚢ごと背負って通過してみる。

 ……普通に通過した。室内に戻っても何かが弾かれて落ちているということもない。二人でしばらく検証したが、他のものも問題なく通過させられた。

 

「……いや待って、俺昨日、石を透明化して人を殴った」

「ということは……? 自分の意思で変えられるのか」

「透明化すれば何でもありか……」

「びっくりだ。あ、でもこれで、透明になるときも武器を身に着けてられるな」


 おおそうか。

 一応透明になっても身につけておくと安心感が違うな。


 ともかくこんな感じでこの衝撃の朝は始まった。

 

 

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