37 なにこれ、ド修羅場?
まずい、まずいぞ、何だこれ罠!? 落とし穴のように下が開いたりはしなかったし、そもそも何でアリシアだけ……?
俺はアリシアのいた辺りを行ったり来たりウロウロする。何だこれ、何だこれ? 別に床がどこか変だったりしないよな? 境目は……ない! どうなってんだ!?
姿が一瞬でかき消えるって、まるで転移したみたいなーー
ーーーー転移罠か!!
アリシアだけが床に載ってたから転移して、浮いてた俺は転移されなかったんだ!
じゃあもしかして重さが必要なのか?
ようやくそこに思い至って、アリシアのいた所に降りて足に重力を掛ける。するとすぐにくらっとして、一瞬後には風景が変わった。
やはり転移罠だったんだな。アッシュはーー良かった、肩にいる。
「アリシア!!」
叫んで辺りを見回すと、周囲は広めの部屋だった。教室3〜4つ分くらいだろうか。
しっかりした作りの部屋で、コンクリートのように均一に整えられた壁面が目に入る。若干明るいのは、……なんでだろう? 壁が光っている訳ではないし、ただ空間自体が明るいとしか言えない。
しかしーーなんだか大変なところに来てしまったことに気がついた。
場所もすごいが状況もすごい。
なにこれ、ド修羅場?
「誰だ!」
「またか……!!」
「……ルイか!?」
何で男の声がするんだよ、しかも複数!?
「ルイ! 無事だったか!」
そしてアリシアの声。良かった、一応は無事そう。
でも状況はあんまり無事じゃない。
知らない男が2人、対、見知った兄弟二人がアリシアを庇うようにしていた。つまり2対2(+1)で剣を合わせている最中だった。
何がどうしてこうなった!?
「ルイ、この三人組……いや二人で間違いないな?」
アリシアが訊いてくる。
ああ、こいつらがダンジョン盗賊の三人組か! くっそ面倒なときに鉢合わせたな!……ん、何で二人?
特徴のない顔に中肉中背の体格。一人は茶色の髪と目で服装は皮鎧。もう一人は……うん、情報通りだな、顔に薄っすらとだが傷。
残り一人は……と首を巡らせたことを後悔した。少し離れた場所で死んでいた。しかもそれほど経ってない刀傷だから、誰かに殺されたか。これで三人。
「多分! で、どうしていきなりこの状況になってるの?」
「ここに落ちた途端、荷物を寄越せっていきなり襲いかかられた。こっちの兄弟は私の少し前に落ちて同じ状況になっていたらしい」
兄弟を見ると、兄のほうが腕に斬られた傷ができていた。
すさんだ目の下にくまを作った男が、こちらを見て噛み付くように怒鳴った。
「……俺達は、もう3日近く何も食べてないんだ、いいから黙って食い物を寄越せ! そうすれば少しは生き延びさせてやる」
「ハァ!? 恵んで欲しいって時に何その上から目線。やりなおし」
思わず言い返してしまった。それどころじゃないんだけどつい。
「ルイ、遊んでる場合じゃない」
「あっごめん! じゃあ内向き結界掛けまーす!」
男二人を包むように、内向きの結界を作る。これで外からは手を出し放題、中からは出られないと。
男たちがしばらく訝しそうに剣を止めていたが、何とか動き出しこちらに剣を突きだそうとして、途中までしか動かせないことに気づいたようだ。
そしてようやく閉じ込められたことに気づいて大騒ぎし始める。ええいうるさい。結界二重にして消音!
それを見てから、アリシアはため息を吐いて腰を下ろした。
「おい、アレは大丈夫なのか……?」
お兄さんのイーヴァンさんが戸惑いながら俺たちを振り向いた。
何が起きてるのかわからないようだ。まぁ、結界を透明にしたしね。
「ああ、もう無力化したから大丈夫です。休んでいいですよ」
兄弟も恐る恐る剣を仕舞うと、腰を下ろした。
ああ、よく見ると腕以外も結構細かく怪我してるな。あっちに一人シルバークラスがいるかもって、女の子が言ってたっけ、やりあった後のようだ。
「怪我、治しますよ」
二人に近づいて、腕から体全体に治癒を掛ける。弟さんの方は、鎧が特に深く抉られていた。鎧がなかったら危なかったようだ。その下は痣ができてるだろうし、弟さんの方にも治癒を掛けておく。
「おお。……すまない、借りばかりできているな。助かった」
「いえ、お互い様です。ーーさて、まずどうなってるんです? この状況。あの一人は誰が始末したんですか?」
三人組って聞いてたから、いつのまにか一人欠けてる状況が疑問だ。そもそもあれ殺されてるみたいだし。一体何がどうなってるんだか。
「あの三人、姿を見なかったときにはすでにここに落ちてきてたんだな。だが、食べ物を巡って仲間割れの結果、殺し合いになった。ーーと、そこに俺たちが落ちてきて状況が変わった。すぐにあの聞いていた3人組だとわかったから、確保に動こうとしたが、向こうは仲間が持っていた食料を奪わなくても、別の獲物が現れたってことで喜んで殺しにきた。かなり打ち合いになったところで、彼女が落ちてきた。ルイの連れ……アリシア、だったか? だとすぐにわかったから矛先が向く前に保護に動こうとしていたところに、今度はルイが落ちてきた。ーー時系列だとこんな感じだ」
そう言って疲れたように首を振った。
まじか、みんな揃ってあの場所に向かったのかよ…。3人組も8層に様子を見に行ったんだったら、あの目立つ宝箱は絶対無視できなかっただろう。なんて罪な宝箱だよ。
けど仲間割れで殺人て、ほんともうどうしようもない奴らだな。
「アリシアを守ってくれようとしたんですね。ありがとうございます」
「いや、ルイには借りがある。それに相手は躊躇なく殺しに来た。その時点で赤かオレンジだろうとは思うからな」
頷いて、それから見たくないものをそろそろ直視しないとな、と気合を入れる。
すごい部屋だ。できるだけ周囲を見たくない。が、目を向ける。
部屋を見渡すと、目眩がしそうだ。
ーーそう、ここは死体だらけだった。
ほとんどが骨になっているけど、装備や髪の毛なども生々しく残っている。十数人分はあるかな。壁際に寄りかかっているのが多いので、部屋の真ん中が開いている。そこで今6人は対峙していた訳だ。
間違いなく、ここに転送されてきた冒険者たち。……そしてそのままここで死んでいったに違いない。
なぜなら、この広い部屋にはどこにも出口がなかったからだ。
「これは……スイッチか何かを探せばいいのか?」
「スイッチが中にあるならここの者たちもとっくに外に出てそうだが……一応探すか」
全員で手分けして周囲の壁や床を調べ始めた。申し訳ないけど、壁に寄りかかってる骸さんたちにはすこし場所を移動してもらう。
意外なことにここに悪霊などの残滓がない。
しかし、かなり探してもスイッチどころかそもそも部屋に扉らしき切れ目がない。つるっとして、まるっきりの密室のようだ。酸素とかどうなんだ。
嘘だろ……なにこの凶悪な罠。
「何か見つかったか?」
「いや、こっちはなにもない。床の方も切れ目一つない」
みんなで探した結果がそれだ。押したり叩いたり、いろいろ試したが全く何も反応はない。閉じ込めただけで、出口のない部屋? ほんとにそんなところ作るものか?
仕方ない、俺が外に出て出口を探してみるか。ーーそうすると透けてるとこ見られるわけだけど、問題はこの人数だなー。まあ兄弟はともかく、信用のおけない奴らには見せたくないな。もしオレンジなら目隠しでもさせよう。
「アリシア、あの盗賊二人を先に何とかしよう。そうすれば俺が自由に動けるから」
「……それしかないか。まぁこっちの二人なら大丈夫か」
俺たちはこそっとそう相談し合い、アリシアが二人に歩み寄る。
「すまんが、先にあの二人の処分をしてもいいか? そうすれば方法はある」
「何? そうなのか? じゃあそうしよう」
お、あっさり信じてくれた。ていうか人良すぎだろ。
アリシアが結界に近づくと、まだ暴れていた二人の足を容赦なくざっくり斬りつけた。逃げ場のない二人は避けようとしてできなくて、よけいに傷を大きくしていた。
「ぎゃぃあああぁぁぁあ!!」
あーうるさい。結界二重でも聞こえてくる。
あ、プレートの石の色の確認だっけ。
念の為、俺が結界に手を入れてプレートを引っ張り出す。男は俺の手を払い除けようとしてスカッと空振りし、「!!?」という状態になっている。
「こいつ、赤。……こいつも赤。……ついでに死んだこいつも赤。三人ともかよ……!!」
自分で見たけど信じられない。まじで? 一人くらいは赤がいるかもとは思ったけど、まさか三人って、まじモンの人殺し集団じゃないか。救いようがない。一人以上の殺人で赤ってことだけで、実際は一体何人殺しているかは判らない。迷宮という生き死にが日常の場所で殺されても、みんなモンスターに殺されたとしか思わないだろう。だからもしかしたら、十数人とか、そんな人数を手にかけていた可能性もあるんだ。
人の命を何だと思ってるんだ……っ!!
「……信じられんな。こんなのがダンジョンに巣食っていたとは……。処分するぞ? 俺がやろう、下がっててくれ。ルイ、ここの結界みたいなのは剣は通るんだな?」
「ああはい、こっちからは通ります。でもこっちで処分しますよ」
「いや、こいつらと少しでも同じ空間にいて気付かなかった責任もある。やらせてくれ。聞きたいこともある」
そう言うと、弟さんは剣を抜いて右の男に突きつけた。
「正直に答えろ。お前は今まで何人の人間を殺した?」
「知るかよそんなこと、いちいち数えてられるか!」
「数えられないほどか。わかった」
噛み付くように怒鳴り返す男に、弟さんは黙って剣を振りかぶった。直ぐに剣を一閃して、ドゴッと右の男の首を叩き切った。
うお……。アリシアもやってたけど、こっちの世界のやつらってほんと躊躇しないのな。冒険者プレートにそれだけの信用があるのか。
俺はできるかな。あのゴロゴロ転がった首、見てるだけでトラウマになりそうなんだけど。
「お前は何人殺した」
「3,いや4人…………おい、待て、待て! ……か、金なら俺の、」
次の男が何か喋ってる途中で、またも剣が振られた。こいつの頭も同じように転がり、最初の頭とぶつかった。そしてゆっくりと頭のない胴体が倒れる。ひえぇ。
中世、斬首ってのは斧でもかなりの確率で失敗してたって聞いたことあるような。一回では切れず、何回も斧を振り下ろしたとか、えぐいな。
それがこんな簡単にざっくり切れるのは、間違いなく腕のおかげだろう。俺がやっても表皮を掠るだけだと思う。少なくとも骨は断てない気がする。
処分、終わり。
くっそ後味悪い!! 散々探して結果がコレかよ!
そしてそんな仕事を巻き込んだ人にさせちゃったことにちょっと罪悪感。
「ーーご苦労さま。プレートはどうぞ」
「いや、この男たちを探していたのはルイたちだろう? そっちが持っていくのが筋だ。ついでにギルドに報告してくれ」
「わかりました、ありがとうございます」
「いや、こちらこそ」
赤プレートの代金、そこそこになるだろうに、紳士だな。
「で、何か方法があるんだったか?」
「はい。ここ、多分ですがパーティの仲間が助けに来るの前提なんじゃないですか?外からしか開かないんだと思います」
そういうの、ゲームとかのテンプレみたいだし。
「何!……そうだとすると、俺たちもルイたちも他に仲間はいなかっただろう、どうするんだ?」
「俺が、外に扉を開けに行きます」
「は?」
アリシアを見ると頷くから、俺は体を半透明に透けさせた。
そういえばアリシア以外に見せるのって初めてだっけ? えーと、ゴーストって言わずに精霊で通すべきって前に言われたんだよね。
「こんな訳で、俺はいわゆる精霊? みたいなものなんですよ」
「精霊、様、だと? ……ああ、光の精霊様か!」
「そんなようなものです。だから、実は俺、外に出られるんですよね。外見てきますのでお待ちください」
「そ、そうか、わかった。……もしまた誰かが来ても、彼女は守る。外を頼む」
「了解です」
ああ、人を透明化して通過させれば早いか。
試しにアッシュを抱きかかえ、壁に入ろうとして、……できなかった。透明にすることはできるんだけどな。意識してもできないってことは、生き物は無理ってことか。
ちっ、そううまくはいかないか。
アリシアに武器以外の荷物を預ける。アッシュも俺から離れたがらなかったけど、通れないから連れていけないんだ、ごめんね。
「ルイは無敵だと思うが、一応気をつけてくれ」
「ニー!」
「了解、そっちもね」
アッシュの頭を撫でて、それからおもむろに壁に突っ込んだ。




