36 葉野菜を斬る程度の感触
俺はドアじゃなく面倒だから壁から外に出て、一旦透明になって上空に上がる。ここの階層上空の空間が広いのは、階段を結構下ったからだな。しかし人がいないと浮いてられるから楽だわ。
ここは全体にグレーの階層だ。葉のない垂れ下がった巨大な枯れ木や、くすんだ廃屋なんかばかりだからだ。空があるわけではないのに全体がどんよりしていて、今にも雨が降りそうだ。
まだ見ていなかった地区を廻っていると、遠くに見覚えのあるオレンジの髪が二人分見えた。やっぱりもうこの階層に入ってたか。
ていうかオレンジの髪って言ってもいわゆる赤毛じゃなくホントの鮮やかなオレンジ。アリシアの髪も藍色ががっててびっくりだったけど、基本人体にありえなさそうな色の髪を見る。すごいな異世界。
俺は建物の影に隠れてから地面に降りて姿を現し、兄弟の名前を思い出す。えーと。
「イーヴァンさん!」
弟ごめん、名前忘れた。兄だけ覚えてた。
彼らの後ろの建物の角から、走るフリをして近づく。このフリも結構慣れて、今では自然にできる。
「ああ、……ルイか。そちらもここに来ていたのか」
「ええ、下の階層をほとんど見終わったので」
俺が言うと、イーヴァンさんが首をしきりに傾げながら辺りを見回した。
「しかし、聞いてたのと違いモンスターがいないんだが、どういうことだかわかるか?」
「……あーすみません。俺が光魔法で一掃しちゃいまして……」
「……なるほど」
「それで、モンスターハウスと、9階層への出口見つけましたよ。地図写します?」
「は!? もう描いたのか!?」
「ええ、俺の特技なんで。でもまだこの階層全部じゃないですけど」
地図を広げると、しきりに感心してくれた。こんなのこの短時間で描けないよね、普通。どうか突っ込まないで下さい。
二人は紙を出して簡単に必要なところだけを写していく。俺は上から見たからすぐ出口らしい建物を見つけられたけど、普通に下をモンスターと戦いながら歩いたら探索だけで丸一日以上かかるかもしれない。出口を探すなら更に倍くらい掛かってもおかしくない。
「……なるほど、出口はこちらの教会だな。で、モンスターハウスがこの廃墟か……いや、しかしこれは良くわかったな?」
「ああはい、さっき一回入ってクリアしました」
「何!? よく無事だったな!?」
普通はこの反応だよね。モンスターハウスって聞いて目を輝かせるアリシアさんパネェです。
「俺プリーストじゃないですか、部屋ごと浄化を数回でクリアできました」
「プリースト、……光魔法とはやはりすごいんだな……」
「じゃ、俺はこれで」
「いや、待ってくれ!地図まで写させてもらってさすがにこれは対価なしでは、」
「いいですいいです。……今度俺たちに何かあった時にでも助けて下さい。ではまだモンスターが残っているかもしれないのでお気をつけて!」
言い逃げする。
毎回律儀だけど、対価とか面倒くさいから、貸しにしておいた方が後々何かと便利だろう。
それからしばし廻ってなかったとろを巡ってからアリシアのところに戻ると、次に向けてかワクワクした顔をして待っていた。無表情なのに結構アリシアの喜怒哀楽がわかるようになってしまった。
バトルジャンキーさん、抑えて抑えて!!
ーーそれから数度、モンスターハウスのヘビロテを繰り返した。
毎回、あのショートソードは出る。かなりの逸品なので、俺の双剣用にと2本渡され、アリシアも1本持ち、1本を予備にした。
「このミスリルソード、切れ味がものすごいぞ。何の付与もしていないが、スケルトンの頭蓋と腰骨を砕いたらすぐ倒せた。レイスあたりには効かないが、他は骨を斬るのも葉野菜を斬る程度の感触だ。ルイもぜひ使ってみてくれ」
そう言われたら使わないわけにはいかないか、と、上からショートソードを飛ばしてみる。
うん、まぁ両手剣よりは短いのでそこそこの速度が出るし扱いやすいかな。切れ味は、と。……うわ、さっくさく切れてるよ! 素材が柔らかいってのを抜かしても、ゾンビとか綺麗に顔の上半分なくなってるくらいだし。
短剣で斬れないオークみたいなのにも通用しそう。切れ味がいいから、リザードマンみたいな硬いモンスターにも通用するかも。
慣らしであちこちに飛ばしてみる。うん、慣れればいいかもね。何より切れ味がすごいからストレスフリーだ。
アンデッド階層以外のモンスターハウスも、結界とこれがあれば宝箱取り放題なのでは……。
結局、一日かけてショートソードの慣らしを行った。
ーーそんなこんなで、いつの間にかショートソードは7本になっていた。
どうすんのコレって言ったら、3本は売るらしい。有り難みないなー!! 一応アリシアの話を聞くとかなり高く買い取ってもらえそうだし、まぁいっか。
今晩は、モンスターを一掃したモンスターハウスで、結界を張ったままアリシアはお休み。もちろん結界ベッドも常備でぐっすりだ。一緒にアッシュも乗せておく。
俺は外で見張りをしつつ、まとめて浄化した場所で拾ってなかった魔石を拾いに行くことにした。9階層までの道に重なってないから、あの二人も拾ってないな。
そこでバラバラに散らばっていたのを、光魔法で明るく照らしながら地面に這うようにして探し集める。
次は結界で囲って少し範囲を狭めてから浄化、とかがいいかも。集めるの面倒!
ライトを消すと、どこに隠れていたのかウィスプだのレイスだのがそろそろっと出てきたので、さくっと浄化。魔石はありがたくいただきます。
アリシアのいる所に誰も来ないように見張りつつ、あちこちに飛んでは生き残りの浄化をする。8階層にもなると魔石が結構大きくなってきたので、これはいい稼ぎだな!
あれ、さっき浄化した場所にモンスターが出てきた。もうリポップしたのかな。これくらいなら普通に冒険者が入ればいい収入になるよなー。まぁ今は俺の獲物だけど。
一晩(これも腹時計とか睡眠欲が出るまでの感覚で言ってるだけみたいだが、結構当たってるらしい)、これで時間を潰しつつ、地図を完璧に埋めて描ききった。見た感じ700~900メートル四方って感じかな。多分多く見積もっても一辺が1キロ弱くらい。これって結構でかい。何しろ人間は空を飛べないから、見て「アレが怪しい」って直接向かえないもんね。モンスター倒しながらぐるぐる歩いてたら結構な距離に感じると思う。俺は上から見てるからわかるけど、出口を探して地上を歩いてたらかなり大変だ。
気になる所も数箇所あった。いかにもな廃屋敷に、宝箱とか。なにやら目立つ建物は、アリシアとチェックしたほうがいいかな。
地図を仕上げ個人的にはすっきりしたのでアリシアのところに戻る。
アリシアはもう起きていた。
水魔法で顔を洗い、それでタオルを濡らすとアッシュの顔も拭いてくれてた。いいなー、魔法。生活に超便利。
「おはよう。早いね。もういいの? もっとゆっくりしてて大丈夫だよ」
「いや、ここがあまりに面白くてな。下の階層に行くのもいいが、もう少し稼いでおこう」
「昨日7回やりましたけど?」
「ん。しかし稼げるときに稼ぐ、冒険者の鉄則だ」
「ここもいいんだけど、ちょっと気になるとこが他にもあったんだよね。宝箱とかも。ミミックか本物か、アリシアに見てもらった方がいいかと思って」
「む、それは気になるな。では先にそちらに行ってみよう。この階層はほとんど人が入ってないから、まだまだ残っているものがありそうだしな」
アッシュの食事を引き受けて、アリシアは自分の食事を摂ってもらう。
火を炊いて網にキノコやアスパラ、それにチーズを乗せて焼いている。階層が広いから一酸化炭素中毒の事故なんかはないそうだ。どこかで空気が循環してるのかね。焼いたものを焼き固めたクラッカー状の携帯食に乗せて食べている。チーズがとろけて超うまそう。あー味覚欲しいなー。
アッシュは果物と、干し肉、それにアリシアがくれたアスパラやキノコと格闘していた。
それから身支度を整えるのを待って、まずは数件隣の霊廟に行くことにした。
墓場内にあるにかかわらず、他と違って風化が少ないのが少し気になっていたからだ。
「こことか、いかにもで気になるんだけどさ」
「ああ……、気になるな。調べてみるか」
中は二重扉だが鍵は閉まっていなかった。門を開け、扉を開け、更に奥の扉も開けると、石棺に続く階段があった。それを降りると、周囲に石のレリーフが掘られていた。
その中の一つは台座だけがあり、上に不自然に何かが乗っていた。
「なんだ?」
アリシアが手に取ると、それは宝飾のびっしりはめ込まれた腕輪だった。
「……これは結構な額になるぞ」
「えっと……ここの墓場って死者はいないんだよね?」
「ああ、基本はダンジョンが作り出した見せかけだからな、たぶんその石棺の中も空だと思うぞ。こういうところの宝は冒険者を釣る「餌」で、本当に持ち主がいたわけではない。だからそこは全く気にしなくていい」
「そっか」
「そもそも、死者の街と言ってもその死者も元からアンデッドとして生まれたものが大半だ」
死者の墓荒らしはまずいかなって思ったけど、ここ、本当の墓じゃないんだもんね。セーフ! では腕輪はありがたくいただきます!
「ここはこれだけのようだな。次に行くか。……次はどこだ?」
「えーと、あの奥。地図だとこの建物の向こうだし、少し歩くよ、多分冒険者がそこを通ったら、みんな無視できない感じのとこ。いかにもな廃屋敷の中に目立って宝箱があった」
「ふむ。まだ取られていないのか、リポップしたのか。ミミックか。どちらにしろ気になるな」
冒険者ならやっぱり宝箱は素通りできない。余程の事情がなければミミックでも試しに開けたくなる。気持ちはわかる。
お金になるっていうのも勿論あるけど、それ以上に、未知のものに出会えるかもしれないっていうロマンがあるんだよね。
その建物は、まず不自然に入りやすくなっていた。エントランスまでの道も綺麗に石畳が敷かれている。周囲の垂れ下がった木々やなんだか判らない風化した置物のようなものは不気味だが、それをおしても気になって入ってしまいそうな魅力がある。
アリシアはスタスタとエントランスを突っ切ると、入り口の扉に手を掛けた。
俺はいつものように、人もいないしほぼ浮きながらアリシアにくっついている。
大きな玄関扉を開けると、入って直ぐの正面に宝箱が見えた。
流石に罠を疑わざるを得ない。が、無視もできない。くー、冒険者の性質をよく分かってる!
「…………ちょっといくらなんでも単純すぎるな。罠か」
「どうする?」
「一応見てみるが……、……!」
そう言って、アリシアが一歩踏み出した時だった。
一瞬にしてアリシアの体がかき消えた。
「…………な!? アリシアッ!!?」




