30 青は人類
「ここは主にビッグフロッグの生息地だ。まずここで注意すべきはウォーターリリーの蔓だ。あの蔓を縦横無尽に振るい、獲物を絡め取って沼に引きずり込むので注意が必要だ。あとはたまにスライムがいる程度で、全体に強くはない。ここは環境の悪さが一番の問題だ」
5階層に入って、沼地の広がる景色を見ながらアリシアが解説してくれた。
ウォーターリリーってなんだっけ。あー……睡蓮とか蓮とかそんなんだった覚えがあるけど、蔓で獲物を捕るなんてアグレッシブなのは地球には絶対いない。
ここは、沼地を避けて、みな外周の土の上を歩くらしい。そりゃそうだよね。
でもそこの沼時の真ん中に俺は重力操作で道路を作る。結界盾を上向き・下向きで二重に張った状態だから、ボアが乗っても割れない。
そうして、人気のない沼の畔で木の陰あたりにちょうどいい場所を探す。
たまにスライムが沼から道に登ろうと体当たりしてはぽよんと跳ね返されている。かわいいので放置。でもこちらに蔓をのばしてくるウォーターリリーの蔓は、容赦なく斬る。だって可愛くないし。短剣を飛ばして根本から全部切ってやった。
スライムって異世界ものの最初に出会うド定番なんだけど、俺そういえば初めて見た。やっぱり弱いんだ……。アリシアですらトドメもささずに放置してる。形はゲームで見る玉ねぎ型じゃなくてもう少し柔らかいけど、アメーバみたいに気持ち悪くはない。全体的にほんのり丸くて、動くときに伸びたり縮んだりしている。
ビッグフロッグは容赦なくアリシアの剣の餌食になった。そして沼に落ちる前に俺がキャッチ。こちらは50センチほどの大きさのただの茶色のカエル。
「あそこでどうだ?」
「お、いいんじゃないかな」
アリシアが沼地の中央に近い大きな木を指した。普通ならこんな中央に正気か!?ってなる場所だけど、俺たちには関係ない。ここまで来た道を消し、木の根本に数メートル四方の土台を作って、その上に双方向の結界を張る。
更にアリシアのベッドを作って、周囲を見えないよう半透明にする。俺は食事の準備を始めたアリシアに断ってアッシュを頼み、透明になってから周囲の偵察に出る。
ふむ、相手を感知しないとビッグフロッグは出てこないのか。
俺だと見えないだけじゃなく匂いもないし音もしないし触れないし、五感をフル活用しても感知されない。
ウォーターリリーの蔓は見つけ次第切っておく。でも多分本体は沼の底だから放置だな。魔石は欲しいけど、濁った沼の中じゃ見えないだろうし。
かなり端の方まで来ると、慎重に土のある道を進む冒険者一行が見える。道幅は狭いので、蔓に絡め取られると沼地でびしょ濡れどころか泥まみれだ。嫌な階層だなー。
ほかもぐるっと見回ったけど、道を外れる人はいなかった。もちろん野営なんて以ての外だろう。うん、安心安心。
「何かあったか?」
「いや、ここは俺たちには逆に安全地帯のようだよ。みんな端の道沿いしか歩かない」
「それはまぁ、沼の中は好き好んで歩かないだろう。良かった」
「うん、安心しておやすみ。ご飯は食べた?」
「ああ、アッシュと一緒に食べた。ではまた一晩頼む」
「了解~、適当に魔石採取でもしてるよ!」
結界内に荷物を置いて、剣とポーチだけで身軽に飛び回る(まぁ重さは感じないんだけど落としても嫌だし)。姿を現して、飛びついて来たビッグフロッグを浮かせたまま短剣で仕留め、魔石を回収。要は沼に落とさなきゃいいんだから、飛び上がった時点で固定していく。
これがまぁ、思った以上に引っかかってくれる。結構な魔石になってくれたよ、ありがとう! スライムちゃんは放置。
一晩掛けて、この階層を探検し尽くす。一回ウォーターリリーを引っこ抜いてみたけどすごい長い根がずるずると抜けてきたから面倒になって放置した。蓮の根ってレンコンだよね。もしかして食べられるのか?
……いや、いまのアリシアは得体の知れない野菜を大量に持ってるからこれ以上増やさせない。
翌朝、「良く寝た」とアリシアが嬉しそうに起き出し、水で顔を洗っているころで結界内に帰る。飛びついてくるアッシュを撫でながら、昨夜の結果を報告するとアリシアが目を丸くした。魔石を数えながら肩をすくめる。
「30個を超えたか。ここの階層のビッグフロッグを狩り尽くす勢いだな」
「だってこれ、売れるんだよね?」
「もちろんだ、結構な額になる」
やった!俺でもちょっとは貢献できてるかな!
アリシアとアッシュの朝食は焼きキノコだった。あれ歩いてたんだぜ……見なかったことにした。
「さて、次の階層だが、ここからはいきなり大物になる」
「大物?」
アリシアが食事をしながら次の階層について話してくれた。
「オークとオーガだ」
「オークと、オーガ……」
ファンタジーのド定番だけど、手強いの?
「オークは問題ない。ただの二足歩行する太ったブタだ。だがオーガは頑丈な鬼で、3メートルを超える巨体の者もいる。その膂力で振り回す武器は、人間なんて簡単に真っ二つだ」
「なるほど。しかし5層との差が大きいね」
「1層がお試し、2〜4層が初心者枠だな。5階は特殊として、6〜7階はベテラン枠、いわゆる中級冒険者くらいにならないと無理だ。8層も特殊で人気がなく、9層からが上級者向けだ」
「ふうん、8層は人いなさそうでラッキーだね」
「そこまでの2層が割と大変なんだが。アンデッド対策のできない冒険者は皆7層が限度だから、6、7層に中級冒険者が集中する。人が多いし広いし、一度7層で野営することになるだろうから憂鬱だ」
「あー……完全には人を避けられないか」
俺たち二人だけの野営地なんてそもそもそんなにあるわけないよね。
「……それと、ものすごく大事なことがある。これから言うことを絶対に覚えてくれ」
アリシアが改まった声でそう言ったので、俺はつい姿勢を正す。
「6階層のオーガ、そして7階層のリザードマンはモンスターだ。知性がなく凶暴で、見境なく襲ってくる人類の脅威だ。しかし、その2種には、別の系統が存在する」
「別の系統?」
「似ているが、全く違うオーガとリザードマンがいる。いいか、『青は人類』だ、と覚えてくれ」
「人類!?」
「亜人種だ。亜人種としての青いオーガは、大層理性的で知能が高く、気性も穏やかだ。モンスターのオーガは赤で、知性の欠片もない。亜人種のオーガ自体がモンスターのオーガを恥だと思っている節があり、退治にくることもある。戦っているところを見かけたら、青とは仲良く、赤には容赦なく、だ」
「わ、わかった!『青は人類』ね!」
「リザードマンの方は、青と、たまに緑もいるらしい。こちらも理性的な種族だが、モンスターと一緒にされると烈火のごとく怒るので注意してくれ。全員戦士のようなタイプだ。亜人種の方は二足歩行し、共通語を喋り、社会に溶け込んでいる。対してリザードマンのモンスターはほぼ四足歩行で、言葉は通じず襲ってくる。色もわかりやすく黒や茶色だ」
「了解!リザードマンも青系統は人類!と」
「ああ、それだけは絶対に注意してくれ。友好種だから、間違って襲ったら洒落にならない」
「り、了解です!!」
そんなのあるのかよー。モンスターとそうじゃないのがいるってことは、夜間とか暗いとこでは注意しなきゃ。わかんなくなった時は話しかけるに限るな。
なんだか怖くなったな、間違って襲ったらどうしよう。
基本、襲われた時だけの撃退に徹しよう。
6層に入った。
ここはまた洞窟ダンジョンだ。ただし、ゴツゴツした岩場が多く、道も曲がりくねって大層歩きにくい。盾はひっかからないように前だけにして、後ろは俺が注意。
道自体は広いが、モンスターが隠れられる場所が多いから気を遣ってストレスになる。まぁアリシアの気配察知能力で大分カバーできてるが。
最初の敵はオークだった。
女騎士の敵(笑)……いやここの世界じゃ知らないけど。全くもって予備知識通りのブタ頭で体はでっぷり太った人間だ。ただし多少は知能があるのか、盾にぶつかって自滅することなく、少し離れたところで様子を伺っていた。
それから幅広の両手剣を片手で扱って振り下ろしてくる。
早い!
ドガァン、と大きな音がしたが、盾は無事だ。オークも剣を落とすことなく、今度は横から振りかぶってくるそこも盾の範囲だ。
アリシアはそれを冷静に見てから、オークが剣を振り下ろした瞬間に心臓に向けて一突きした。そして捻ってから切り上げる。
アリシアはオークより更に早かった。……そして、あの分厚い脂肪をものともしなかった。
こいつの体格を見ると、俺の短剣じゃどう見ても脂肪の層を突き抜けそうにない。
顔は守るだろうし、……しばらく長剣を使うしかないか?
転がった魔石を拾いながら、俺は自分の武器を見下ろした。




