2 ちょっと待ったぁ!
「ちょっと待ったぁああああああ!!!!」
今までの浮かれ気分が一瞬で吹き飛んだ。
え、なに、初期化!? どういうこと!?
「初期化って何ですか? 今の記憶とか無くなるんですか!?」
「え、当たり前でしょう。転生ってそういうものですよ? 魂は輪廻転生して世界を巡るものなんです、その度に記憶が残ってたら生きていくのに大変じゃないですか」
「えええええ!! 記憶残して転生ってできないんですか?」
「無理です。そもそも初期化してない魂は輪廻に乗せられないので」
「じゃあこの記憶のまま異世界に行くのは無理だと……」
ラノベさん!!! もうちょっとそこんとこ突っ込んどいてくれよ! 何で毎回みんな記憶あるんだよ!
あ、最初からじゃなくて頭打ったとか熱出したとかで思い出すこと多いや。でもそれだと記憶ないまま生涯を送る可能性の方が大きい訳だし賭けだよな。
オレTSUEEEEEとか知識無双とかできなくても、せめて異世界気分だけでも味わうには記憶がないと! 記憶なしで転生しても、その世界が当たり前だと思って生きてたら有り難みが全くないじゃないか!!
「体なしなら飛ばせますよ」
「体なし?」
「今の魂の状態でなら。あなた魂が強靭のようですし」
「! 向こうに行ってから体を作ると!」
ポンと手を打つと、管理人さんはうーん、と柳眉を顰めた。
それから置物のように使用感のない椅子を引いて座り、俺にも椅子を勧めた。俺は恐る恐る素材の解らない椅子に座る。あ、座り心地はなかなかいい。
「それは私ではどうにもできないことです。そもそも向こうの人類と地球の人類の体は多少構造が違うので。もしかしたら向こうの管理人に頼めば今の魂のまま体を作ってくれるかもしれませんけどね」
「向こうの管理人さんには会えるものでしょうか?」
「無理でしょうねぇ。ここに来たのも偶然に偶然が重なっただけでしょうから」
「そうですか……魂だけ」
そりゃそうだ。だれでも神様(管理人さん?)に会える世界とかないわ。
やっぱりそううまくいくはずないのか。……ああ憧れの異世界転生……。
「どうします? このまま地球の輪廻に乗るか、記憶がなくなっても異世界の輪廻に乗るか、それとも魂だけでも記憶を保ったまま異世界に行くか」
「……………………魂だけでも異世界に、お願いします」
魂だけかー、幽霊か。幽霊だな。
でもせっかくなんだからこの記憶を持ったまま異世界を見て回りたいんだよな。
記憶なくなってイチから生まれ直すのは、勇気がでない。ーーまぁちょっと病気持ちだったから、あの体自体はなくなっても未練はないし、生死については並の20歳台よりずっと考える立場だったから、死ぬことに拒否感もない。そこは割り切ってた。でも記憶がなくなることだけはちょっと勇気が出ないからな。なくなるくらいなら幽霊でもいいか、ってなる。
ああでも体がないと何もできないよな。よくある冒険者になったり、モンスター退治してみたり、美女(希望)と恋愛してみたり。
健康体で過ごすってこともしてみたかったな。
と、そこではっとしたように管理人さんが手を打った。
「ああ!! いい方法があります! 貴方にも世界にも利点があって、しかもうまくいけば向こうの管理人さんにも会えるかもしれない方法!」
「ええ!? なんですか!!」
「向こうの管理人の手伝いをすればいいんです」
今度は俺が首を傾げた。会うために手伝い??
「手伝い? ……って雑用とかですか? 管理人さんには会えないんですよね?」
「会う必要はありません。いいですか、私たち管理人の仕事とは『管轄世界の魂の管理』です。死んだ魂を生まれ変わらせて、生きて死んだらまた生まれ変わらせて。その輪廻転生の管理です。では、管理人が一番苦労をするのって何だと思います?」
「苦労? ……いやーちょっとわかんないです」
へぇ、管理人て魂の管理人のことなのか。なんかイメージだと天使とかがやってそうだけど。
しかし苦労って……なんだろうな。人間関係? 賃金の安さ? 上司の無茶振り……ってブラック企業の社員じゃないんだから。
「死んでも世界にしがみついたまま輪廻に乗らない魂を、むりやり世界から引っ剥がしてくることです」
「輪廻に乗らない魂?」
「そう、いわゆる悪霊? 怨霊? 死霊? そういう呼ばれ方をしているアレです。アレを輪廻に乗せる、成仏させることこそが管理人の最大の苦労なんです」
「へぇ、何か意外です」
「さっきあなたの世界の最近の情勢をインストールしたんですけど、ライトノベルとかにある、神が『魔王を倒してください』とか『世界を救ってください』なんて人間に頼むのはまずありえませんね。人類が滅んでも世界は回っていくんですから、管理人にはあまり関係ないことなんです。そんなところを管理人の思うままにしてたら管理人の方が魔王じゃないですか。そしてその悪霊の引っ剥がしをたくさん手伝ってくれる人がいたら、私だってこの場に呼んでお礼したいと思いますよ。まぁ人類にもたまに生まれつきその手の能力のある人がいて手伝ってくれたりもしますけど、それも高頻度というほどじゃないですし。貴方が頑張れば、きっと向こうの管理人の目に止まります。そうすれば交渉次第で体を貰える可能性も出てきますね」
「待って。俺、魂だけですよね? いわゆる、幽霊」
「そうですね。ゴーストですね」
「ゴーストがゴーストハンターをすると」
「そうなります。ああ、心配しなくてもそのための力なら喜んでお付けしますよ?」
ーー力が欲しいかーー
ーーはい!欲しいです!
うん、魔王にそう言われたら(今回は神様寄りだけど)、俺ホイホイ貰っちゃうタイプだわ。
俗物だからね、そういうのなら何か問題ない気がしてきた。
単純? そうです。悪い?
「…………ならいっか」
「話はまとまりましたね。では、貴方には向こうの世界でいう『光魔法』を授けます。使い方は自然と解ると思いますので」
おお光魔法! 何か勇者っぽいぞ!?
俺割とダークヒーローものとか悪人が主人公のやつを喜んで読んでたので、微妙に馴染みがない。
「ーーん? あの、それって魂を成仏させる力ですよね? 使う俺が成仏しちゃうということは」
「ないです。魔法は使う者には影響を及ぼさないので。……ですが、他の人に成仏させられる可能性はありますね、じゃあ『状態変化無効』にしておきましょう。それくらいなら簡単なので」
「状態変化? 聞いたことないですね、状態異常ならなんとなくわかりますけど……」
「ゴーストなら状態異常にはかかりませんよ。毒とか睡眠とかは、生身を変化させるものですからね。なので『状態変化無効』です。これで魂を固定化しておきますね」
「はぁ、よくわかんないですけどありがとうございます? あ、そうだ、光魔法ってことは自分の透明度? 反射率? 透過率? そういうの変えられるってことでいいんですか?」
「は? そんなものを変えたいんですか? ああ、絵描きさんでしたっけ、透け感とかにこだわりでもあるんですか?」
透け感てファッションかよ。
ていうかそういうのにこだわるの、Mac使いの先輩たちだけだよ。俺アナログ派だから無理だけど、イラストレーターとかフォトショとかクリスタとかで絵を書いてるあの人達、女性の服の透け感に異様に拘ってたな。水に濡れたシャツとかすんごいクオリティで描いてるの、ドン引きしながら見てたわ俺。
「いや、もし普通の人間みたいに見せられたら便利だなって。人間とコミニュケーションとれるかもしれないじゃないですか」
「そうですか。まぁ多分できると思いますよ、向こうに行ったらご自身で確かめて下さい。こっちには魔法とかないので細かいことはわかんないんですよね。できなかったら、まぁ、すみませんってことで」
「わかりました、それでいいです」
「あと何かあります? 『チート下さい』とかじゃなければ多少は聞きますよ。あ、この場合の『チート』ってズルの方じゃなくて、あなた方がよく使う方の『巨大すぎる力』くらいの意味ですが」
「うーん」
何かあったっけ。そもそもゴーストということだからできることって限られてるし、何か欲しいって言ってもなぁ……。定番の全属性魔法とか以ての外だろうし、鑑定とか容量無制限のアイテムボックスみたいなのもチートだろうし、そもそもゴーストじゃ物を持てないし。
ん、持つ?
「あの、念力みたいなものもらえないですか?」
「念力、ですか。ああ、ゴースト体だと物体に干渉できないから不便ということですか?」
「はい。物を動かせればいいんですが」
例えば目の前で子供が盗賊に襲われてたとしたら、それを見てるだけってめちゃくちゃ辛いと思うんだよね。そういう時せめて盗賊に石をぶつけてやるくらいの力は欲しい。
「……んーまぁ若干チートじみてますが、それくらいならいいでしょう。ちょっと魂いじりますね。……はい、いいですよ。物体の重力の圧と方向の操作をできるようにしておきました。あとは使って慣れて下さいね」
「ありがとうございます!」
「では、ゴーストライフを楽しんで下さい。あ、向こうの管理人に会ったら宜しくお伝え下さい」
「わかりました!」
その後、小さな注意点をいくつか聞いて、お礼とともに管理人さんに別れを告げた。
普通にいい人だった。