表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/59

19 痛みの記憶は強烈で

すみません、病気描写と愚痴が入ります。


 痛い

 痛い

 痛い

 助けて

 誰か

 痛い


 

 痛い……


 *****


 



 痛くて痛くて仕方ないのに、理解してもらえない。なぜなら痛みは神経と脳の問題だから、目に見えない。「見えない痛み」というだけで、この病気はただただ不遇だった。

 原因不明で治療法もない。そして、医者でも病名を知っている者が少なかった。


 ヘルプマークの普及した現在は、それを下げているだけで「見えない障害」があるとわかってくれる人も増えたようだが、それはほんの一部だ。


 その病気は、「痛い」なんて生易しいものじゃなかった。

 痛みの発作が来ると、体を丸めて耐える。耐える。耐えきれなくて気絶する。そしてまた痛みで起きる、処方された睡眠薬を大量に服用して強制的に眠り、痛みから逃れる。寝ていても痛い時は痛い。

 起きると痛みが少し収まってることがあって、その隙に絵を描いた。

 けれど、基本的に痛みは途切れることなく、24時間、365日、そして一生続く。


 モルヒネより一段階低い医療麻薬を数時間ごとに服用。

 週に一度、大学病院で診察。膠原病科と整形外科と内科、3科連携で治療にあたってくれてるけど、経過は良くない。

 そして週に一度、整形外科で全身にトリガーポイント注射を合計数十箇所。

 大量の神経の薬と新薬を服用。



 ーーそこまでしてたのに死ぬのは一瞬だった。



 *****



「ーーていう感じで、俺、死ぬ前は病気だったの。死なないっていうか、死ねない病気。でも、死ぬほど痛い病気。だからかな、魂だけになってもあんなの痛みに思えなかったよ。俺の痛みの記憶ってもっと桁違いだったから」

「そうか……そんなに痛い病気があるのか……」

「うん、痛みのランクでは出産とか末期がんより更に上に位置してるそうだよ。人間が死ぬまでに体験するかもしれない病気の痛みTOP3に入るんだって」


 最近は車椅子で出歩くことも多く、将来的には寝たきりになるであろう自分にかけられる言葉は、

「死なない病気で良かったね」

「世の中にはもっと辛い人がいるんだよ」

 そんなの言われるまでもなくわかりきってる。

 死なないよ、確かにこの病気。でも死ねないっても言うんだ。24時間365日、延々と続く痛みから解放されることもない。だから自死を選んだアナウンサーがいた。おそらくとても自死を選ぶ人が多い病気。

 

「死なないということは、ルイは、その病気で死んだ訳ではないのか……?」

「うん、違うよ。俺はもうちょっと間抜けでさ、彫刻ーー石膏像で頭打って死んだ。あ、ここ笑っていいよ。…………幸いね、俺の病気のこと知ってて、車椅子で出歩ける時だけ事務所に来ればいいって言ってくれた先輩が経営してる会社で働かせて貰えてね。そうじゃなければ医療費も稼げなかったよ」

「……社会は、病気の者、弱いものを簡単に見捨てる……」

「……うちの国はね、ひどい病気の中でも、一部の病気には国から年金も医療補助も出たんだけど、俺の病気はどっちも貰えないんだ。国に『特定難病認定』っていうの、されない限りはね。でも可能性は限りなく低かったよ。重度の患者で寝たきりで手足が萎えて嚥下障害の人でも、自費でヘルパーさんを雇ってたし」


 法の隙間

 法の不備

「見放された人たち」ーーこの病気の患者たちはそう言われた。


 幸いあちこちまわったおかげで俺は専門医のいる病院に出会えたけど、まだ治療法はない病気だから、対症療法でと言われる。

 身障者手帳をもらえないのか聞いたら、医師に「手足がなければ簡単なんだけど」と笑って言われた言葉は、衝撃的すぎて忘れられない。

 新薬を試していたーーとても高い。副作用の嘔吐で物が食べられなくなって、10キロ近く痩せた。

 ーー補助はない。

 障害年金も出ない、医療費も出ない。だから動けなくても働かなければならなかった。

 なぜなら、難病といわれているけどまだ難病指定されてないから。ただ『特定難病認定』されるだけで済むのに。


「生活が大変でねー、最初は痛みがあるだけだったんだけど、何かあっても痛みに気付かないのも困るんだよね」

「気付かないと困るのか?」

「うん、気絶するくらいの痛みが日常だったから、痛みに慣れているでしょ。あまりに慣れすぎて、骨折しても、どこか切れて血が流れてても、自分では気づけないんだ。

 そうだね、例えるなら全身にナイフを突き立てられてるようだとか、ガラスの血が流れてるようだとか、ガラスを踏むようなとか、体内で爆発しているようだとかいわれてる。俺はどっちかっていうと、毒蛇に全身噛まれてるような痛苦しい感じが一番辛かったかな。そんな感覚でいつも歩いているから、病院で先生に『これ折れてるよ!』『ここ切れてるよ』と言われて初めて気づく、そんなこと一度じゃなかったよ。というか大怪我も合計3度あったかな」

「……それは……。その病気はいつ発症したんだ?」

「気づいたのは中学の終わりくらいかな。ーーあ、俺の国では、6歳から6年間の小学校、その上に3年間の中学校ってのがあって、ここまでは国民全員が通う義務があったんだ」

「それはすごいな、9年も教育を受けられるのか」

「いやいや、さらにその上に高校ってのが3年間あったの。高校までは通う人が多かったかな。この頃からひどくなりはじめて、俺は高校の頃は杖でなんとか歩いてた。そして更に上に大学ってのが4年とか6年あったわけ。これは専門分野を学ぶところで、俺はそこで美術の学校に行ったんだよ、病気だし卒業は無理かなって思いながら。でもそこに行ったおかげでその後があったっていうか、生きるのが楽になったんだ」


 酷い時は動けず寝たきりだけど、起き上がれる時は杖を使って大学に行っていた。

 美大で良かった。そうじゃなきゃずっと留年することになっていた。

 なんだかんだでストレートに4年まで進級できたのは、美大ならではのシステムがあったからだ。


 テスト期間、学校で実際にテストを受ける学科は殆どなかった。大半がレポートだ。

 西洋美術史、東洋美術史、外国語、これは筆記試験があったけど。

 能楽、歌舞伎、これらは観に行ってレポートを提出。同じくあちこちの美術館に行ってのレポートが結構あった。

 工芸史、陶芸史、染色、これらは勉強範囲からのレポート。

 デザイン概論、これはデザインの提出が主だった。

 そして何より、他の大学ではゼミと呼ばれているだろう部分が、絵の実習だった。

 授業は一日の半分が美術関係の講義だったが、残り半分はアトリエでの実習だった。決められた物を、決められた期間内に描いて提出すれば良かった。教授は滅多にこないから、アトリエで描いても良かったし、持ち帰って描くものも自由だった。俺はもちろん後者だ。

 だから病院に行きながら、自由に空き時間を使って提出物を描けたし、具合の悪い時は大学に行かずとも大丈夫だった。

 寝ている期間があってもさして問題のある講義はない。レポートさえ提出すれば、講義の出席はほぼ考慮されないのは、ものすごく助かった。元々要領は良かったが、特にレポートは人一倍得意だ。どれだけあっても大した苦労をしなかった。……なんて他人に言ったらものすごく嫌な顔をされそうだが。

 芸術心理学、美術解剖学のレポートなど双方ともA+で返ってきた。

 

 そんな感じでなんとか大学を卒業できた。

 高校で病気がわかった時は大学は無理かもしれないと漠然と思っていたが、美大は障碍者である自分には優しい環境だった。

 変わった格好の人が山ほどいて、兎の着ぐるみから民族衣装、ウェディングドレスに水着など、入学卒業式に構わず着てるひとがいて、そんな環境に慣れてる周囲は俺がたかが杖一本もっていたところで振り返りさえしない。何たって自作の剣を振り回してる人がいたくらいだから。杖や車椅子すらいっそ個性として見て貰える、それはすごく居心地のいい環境だった。

 そして絵を描く事務所に入ったから、毎日勤務する必要もなかった。これは本当に有難かった。


 さすがに死ぬのは予想外だったけど、就職してからはずっと車椅子だったから、体の動かせない寝たきり生活に行き着くのはもうすぐだっただろう。


 「死んだとわかったとき、解放された、と少し思った。……思ってしまったんだよね。魂には痛みがなかったから。

 でも、痛みの記憶は強烈で、多分おれは、魂だけになってもそれをずっと引きずる。


『苦しんでいるのに見てもらえない』のは『痛みが見えない病気』だった自分と一緒だ。

 もしこの世にしがみつく魂がただただ苦しんでいるだけなら、開放してやりたいんだ。


 ーーーーそれはきっと、本当は俺が自分にしてあげたかったことだから」



線維筋痛症(FMS)

詳しくは、うぃきぺでぃあ先生にでもお尋ねしてください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ