18 俺の得意分野
痛い
痛い
痛い
助けて
誰か
痛い
痛い……
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目の前が一瞬暗くなって、そしてすぐに赤く染まった。
足元にたくさんの枯れ木が積まれ、そこに火をつけられていた。生木があるのかもうもうと立ち昇る白い煙で咽る。おそらく、体全体が焼けるより、咽の器官が煙の熱気で腫れて塞がってしまう方が早いだろう。このままでは窒息死すると上を向く。
手足に力は入らない。体をよじっても逃れられない。
俺は今、多分焼死男の死の瞬間を追体験しているーーらしい。
って言っても、俺はゴーストだから本体に影響はないはず。ってことに男はもしかして気づいてないの? すごく一緒にされたくないけど、一応は同じ幽霊なのに。
皮膚が膨れ上がってきた。そしてべろりと皮が剥ける。手足を見ると両手はYの字に磔になっていた。うん、ごく昔の一般的な磔刑の形だ。足も縛られている。ああ、追体験っていうか、死のまぎわの男の肉体の中なのね。痛みと恐怖心だけ与える精神攻撃、と。
ーーーーふうん。
『いたいだろう痛いだろういたいだろうおまえも苦しめ苦しめくるしめみんな苦しめすぐしんだほうがマシだすぐころしてやったおれをしぬよりつらい目にあわせやがった許さないゆるさないユルサナイ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ』
「…………」
どこかから声が聞こえてくるけど、…………いや、なんて言ったらいいかな。
俺は怒りがふつふつ湧いてくるのを抑えきれなかった。
こいつ、俺のNGワードぶっこんで来やがった。
「すぐ死んだ方がマシ」「死ぬより辛い目」だと?
本当に勝手な。なんて勝手な。
「…………この程度で、死ぬより辛い目とか言ってんじゃねーよ」
多分、自分史上最も低い声が出た。
『なんで……なんでおまえは苦しんでいない!? 痛がらない!! 熱がらない!!苦しめ!! 苦しめ!! 苦しめ!! 苦しめ!! 苦しめ!!!!』
「だから『この程度で』って言っただろ。死ぬ以上の苦しみなんて、お前は味わったこともない。これが死ぬほどの苦しみってんならな。熱いのは確かに熱いけど、俺にとっては痛くもないし苦しくもないぞこんなもん」
『そんな訳がないだろう!!』
「あと俺、ゴーストだから体ないし」
あ、これ今更ぶっ込むことじゃないや。
『それがなんだ! 痛みや苦しみの記憶は精神に作用するんだ、効いてないはずがない!!』
「はー、……死ねて良かったな、お前。人を何人も殺しておいて、この程度の刑で済ませてもらって、むしろ感謝するところだろ。俺ならそうだな、寿命で死ぬまで拷問と治癒を延々と繰り返してやるけどな」
『何……?』
ようやく話が通じ始めた悪霊は、俺を信じられないものを見る目で見やがった。オイコラ、お前にそんな目で見られる筋合いないんだけど!
「……あのなぁ、世の中にはなぁ、もっともっとずーーーーっと痛くても、死んで楽になれない病気ってもんがあんだよ。お前の苦しみなんてせいぜい数十分ぐらいだろ、最後は死ねただろ。殺した人たちに謝れよ、『俺の苦しんだ時間が短かすぎてすみません』ってさ」
『き、きさまぁぁあああァァァ!!!』
「そんで、お前の殺した人は理不尽に生を奪われたんだ。何が『すぐ殺してやった』だ、本来なら痛みを与えられる筋合いのない人なんだぞ!? そしてお前はそんな人への償いのために火あぶりにされてんだから、苦しんで痛くて当然だっつーの。都合よく並行に並べてんじゃねーよ。そしてーーそして、本当の苦しさってのはそんなもんじゃねぇよ!!」
あっ、キレすぎて口調変わってきた。もう終わりにしよう、こんなクソ野郎と話してたくないし。
俺のゴースト体は、多分あのままあるはず。この男の記憶の檻に、俺の意識だけが囚われてるはずだ。だから、ゴースト体からちゃんと光魔法は発動するはず。
試しに光魔法で攻撃力の高い矢を作り出し、男に向かって投げつけるイメージをした。
やっぱり、ちゃんと発動する。どこからともなく光の矢が走って、今まで気付かなかった、目の前にいた男の体を貫いた。
『ぎ、ギヤァァアアあああ!』
と、すぐに俺の体を覆っていた熱さが取れた。
男の目の前で手をのばしたままの自分の体に、瞬間的に意識が戻ってくる。眼の前の男には光の矢が刺さっていた。
「やっぱそうか」
あと、「状態変化無効」って言っても、精神に作用するものは効く、と。いや、状態は変化してないんだからこれでいいのか? うん?
目の前でまだ消えてない男は、やっぱり他のモヤとは違うな。でも、拷問室の男のように雨で優しく消してなんかやらねぇ。俺の怒りはまだ持続してる。
「浄化、浄化、そして浄化!! 最後にもっと苦しめ!!」
俺は、太めの光の矢を作り出し、大量に放った。
体中を矢で貫かれた男は今度は声も出せず、恨みの篭った目でこちらを見ながら光に溶けていった。
呆気なかった。…………くそ、なんだよ!
八つ当たりでも怒りが消化しきれずに、尖ったままの気分を持て余した。
「ルイ! 大丈夫か!」
「ニー!」
あまり声を荒げないアリシアの声で我に返った。振り返ると離れていたアリシアが走ってくるところだった。アッシュもいる。
……ほっとする。アリシアの顔を見ただけで、ささくれだっていた神経がそっとやさしい手のひらで包まれた気がした。
「動きが止まってから何度呼んでも聞こえていないようだったし、どうかしたのか?」
「ああ、そんな感じだったのか。ちょっと精神支配? みたいなの受けて、処刑の際のあいつを追体験してきた」
「…………なに? ルイ……だ、大丈夫なのか?」
「あーうん。……痛みとか苦しみって、不本意ながら俺の得意分野だったからね」
「…………得意? 痛みがか?」
「うん。俺、死ぬ前はずっと病気でさ、……実は死んだってわかった時、ちょっとだけホッとしたんだ」
死んでゴーストの今だから言えること。
アリシアに聞いておいてもらうのもいいかな。
「ちょうどいいから聞いてくれるかな、……俺が生きてた時のこと」
次回、病気ネタ。苦手な方は回避推奨。