14 無理に攫う訳でもないし
それから大広間、使用人部屋らしき場所、倉庫と回って同じことを繰り返していった。もうただの流れ作業。扉の隙間があるところには入り込まれてたけど、二階は割と重要な箇所が集められていたようで、当主の部屋や書斎らしき場所はしっかりした扉で上下にも隙間がなかった。お陰で中には入り込まれておらず、二階は倉庫を一箇所片付けるだけで済んだ。地下の扉もしっかり重く隙間がなく、中身は無事だった。
面倒なだけでトラブルは特になかった。何かテンプレ的に「初依頼はトラブルだらけ!?」みたいなの実はちょっと期待……コホン、警戒していたんだけど、何事もなかったと言える。アリシアが優秀すぎるのもある。もっとこう、「虫はだめなのキャー」とか、「方向オンチでしたテヘッ☆」「あーっ、剣わすれちゃった!」とかのダメイン(ダメなヒロイン)だったらトラブルが起こっただろうけど、俺はその場合うざったくて耐えられないだろう。ああ、アリシアがアリシアで良かった……。
午前中いっぱい掛かって清掃を終えた俺達は、へとへとに疲れきった(俺の場合精神がね)。……ので、思いついてリフレッシュ系の光魔法をアリシアに掛けてみる。大分マシになったようだが、俺は効かないので意味がない。状態変化無効ってこういうこともあるのね。攻撃も効かないし、そもそもホントは疲れてすらいないんだろうね。疲れたのもイメージなんだよ多分。
屋敷の一掃を終え、ようやく帰れると思ったら、そこから魔石の剥ぎ取りだった。
全部で100匹以上はいると思うんだ……うわぁ。
アリシアが剥ぎ取りは手慣れているので、俺は家の中のスパイダーをすべて外に運び出し、周辺の森の中に放置していたのと、家の周囲に散乱させていたスパイダーも運んで一箇所にまとめていく。
最初はアリシアのやり方を見てて、大体の位置を覚えたので途中から胸の切り裂きは俺が担当した。手に感覚がなくて魔石を抜き出すのはちょっと難しいから、一番汚いとこ任せて悪いんだけどそれはアリシアにお願いした。
でもアリシアはすごく楽だ楽だと褒めてくれた。今までソロだったから……(涙)、そりゃ単純に労働力2倍だもんね。
屋敷の処理を終え疲れたのと、今進んでもどうせ今日中には帰り着かないのが分かってるので、昨晩の場所でもう一泊して帰ることにした。
と、街道に出ると、なんかいる。
なんと、あのふわふわの毛玉の生き物がちょこんと待っているではないか。
「お前、お母さんに会えなかったのか!?」
俺は思わず話しかけた。
一日無事で良かったけど、こんなとこで何してんの!?
「ニー」
「ルイ、……多分だが、母親はもう生きていないだろう」
「え!?」
アリシアは少しだけ悲しそうな顔でそう告げ、森を見た。
「もし捕まったのがこの子だけだったら、母親はこの子の捕まった近辺で待っていたと思うんだ。それを解放して半日経っても戻っていないなら……可哀想だが……」
「あー、そうなのか……。残念だったな。でもコイツ、この森で生きていけんの? こんな警戒心なくて、ちっちゃくて」
「難しいだろうな、スパイダーの巣に捕まるのはかなり弱い動物か小さな魔物だけだ。大きくてもゴブリンくらいだ。人間の子供も捕まることがあるが、頑張れば抜け出せる程度だ。この子は警戒心もないし、これだと数日以内にはモンスターの餌になるだろう」
「えええ!? や、それはちょっと!!」
「なら連れて行くか? 人間に従順な野生動物なら従魔登録できるぞ」
「えっ!? 連れていけんの!?」
アリシアは当たり前のようにさらっとそう言った。
俺は灰色のその子を見つめた。てとてとと歩いてくると、また「ニー」と鳴いて、俺の足元に座るとちょこんと俺を見上げた。
ぐおおおおおおォォォォォォ!!
かっっ、かわいいいいィィィ!!!!
おま、卑怯だぞ、可愛さでおれを攻撃するなんて! 俺は瀕死だ!!
「お前……俺と来る?」
「ニー!」
言葉がわかる? いやまさか。訊いたことに、少し大きな声の返事があってびっくりした。
「この森、離れていいの!? 未練はないの?」
「ニー、ニァ」
くっお。この「にー」がくそかわ。もうダメだ、俺の中の常識「野生動物を飼ってはいけません」が揺らぐ。
「飼えばいいのではないか? 従魔にして契約すれば、従魔の方は少し変わった力を授かることがあるから、そうデメリットもない。そもそも、動物の方が了承しないと契約はできない仕組みだから、無理に攫う訳でもないしな」
「従魔って、契約とか必要なんだ?」
「そうだ。試してみたらどうだ? こいつはルイになついたようだし」
いいのかな。ほんといいのかな?
こっちでは普通のことのようだし、本人が希望しないと契約できないっていうからいいのかな?
「契約ってどうやるの? 俺でもできる?」
「できる。魔力を少し与えて、契約を受け入れるか尋ねればいい」
ごく、と唾を飲み込む(しつこいけど、気持ちだけね!)
そうしてそっと手をのばして、すり、と擦り寄る毛玉に「契約する?」と聞きながら、魔力(たぶん。光魔法っぽいもの)を流して聞いたが、何も変わらなかった。
「あれ? 拒否された?」
「いや……違うな。……ん? もうとっくに契約がなされているようだ」
「え、何で!?」
「もしかしてだが……可能性は一つしかない。今朝、巣から助けたルイが治癒を掛けたとき、既にこの子は従魔になることを受け入れていたんだ」
「うわ、それは気づかないよ!! ってことはもう連れて行くしかないよね!?」
「そうだな、いいんじゃないか、戦闘はできそうにないが、とても大人しく可愛らしい」
「よ、よし!! かわいい従魔ゲット!!」
俺は手や体に沿った形を造り、その子を抱き上げる。
「ニー」
どうも肩に乗りたいようだ。ちょうどそこはローブをかけるのにいつも体を作ってるとこだから、ちょうどいい。そこに乗った毛玉はご満悦のようだ。くぁあわいい!!
「名前はどうするんだ?」
「えー名前かぁ……、俺あんまりセンスないからアリシアつけてよ?」
「飼い主が付けたほうがいいと思うぞ?」
「んー、そうなのか。……うーん、灰色だと……灰色系の名前がいいかな。灰白色、白鼠、雲井鼠、絹鼠、小町鼠、銀灰色、銀鼠、浅葱鼠、錫色、錫紵、鈍色、青袋鼠、湊鼠、京鼠……」
「そ、それは何の呪文だ?」
「や、俺が使ってた絵の具の名前」
思いつくまま岩砕の色(和の色)で色が近いものをあげていくと、どう考えてもかわいくなのばかりが並んだ。グレーは「鼠」ってつくのが多いから、どうやったって可愛くないな。
「小町」とか「浅黄」とか一部だけ取ればかわいいけど、鼠がつかない浅黄は明るい水色で別の色になっちゃうんだよな。あ、「灰」はカタカナにすればかわいいか。
ていうか、そういえば雌雄どっちだろう
「性別わかるかな?」
「うーん、メスだろうか。子供のうちはわからないのも多いし、どっちでも使える名前がいいんじゃないか?」
「よし、和風じゃなくて洋風からもってくるか。あんまり洋画にくわしくないからメジャーなのしかでてこないけど。えーと、……グレー、スチールグレー、アッシュグレー、ダブグレー、シルバーグレー、スカイグレー……うーん、思いつくのはこんなもんかな。
候補はアッシュとカイかなぁ。どっちがいい?」
「ニー」
「『アッシュ』がいい?」
「ニー」
「『カイ』がいい?」
「ニー」
「だめだこりゃ。アリシアならどっちがいいと思う?」
「うーむ……どちらも合ってる気がする」
「うん、『アッシュ』でいいや。グレーがつかない『アッシュ』だけだと、ホントはもうちょっと緑っぽい色なんだけど、……まぁ、かわいいしいっか。お前の名前は今から『アッシュ』だよ、宜しくな!」
「ニー」
そんなわけで、どうも従魔を手に入れたっぽい。但し異世界トリップの定番の「フェンリル」とか「竜」とかじゃなくて、めちゃくちゃ弱そうですぐ死にそうな子。種類も不明。でも超かわいいから、俺が母親になって守ってやるんだ!