13 奇妙な踊り
屋敷は、まず外側から処理することにした。じゃないと、入り口も塞がってて家の中に入れないんだよ。
アリシアが、手早く近くのスパイダーから片付けていく。頭だけを切り落とすと、体はしばらく蠢いているが、どうせ長くは動かないから無視だ。
俺は屋根の上に向かい、そこに巣を張っているスパイダーをポンポンと下に落としていく。声を掛けてから同じ場所に落としていけば、アリシアが素早く処理してくれる。数を熟しているうちにこのグロい蜘蛛にも慣れてきた。嫌な慣れだよ……。
それから残った巣の処理に入る。屋敷全体を包むように張られた白い巣は、時折獲物の繭がぶら下がっている。さっきのこともあるので一応切り裂いてみてみるが、生きてる生き物はいなかった。
俺は周囲を見渡して、そばにあった木を一本折らせてもらった。アリシアが、屋敷の外観はレンガと石づくりだからさくっと焼くっていうし、焼いたあとの残りを払うには、枯れ枝じゃなくて葉の付いた枝の方が良かったから。植物さんごめんよ。
アリシアが手をかざして巣に火を付けると、火は大きくならずにチリチリと、それでも結構なスピードで焼けていく。ただ上の方には届かないので、アリシアに枯れ木にも火を付けてもらって、俺が屋根の下の巣にびっしり白く巣食った部分を焼いていく。
焼いた後に、葉のついた枝のほうで残った巣を払っていくと、ようやく屋敷の形がみえてきた。
品のいい、なかなか瀟洒な作りで、いかにも貴族の別荘といった趣がある。焦げ茶の屋根と、オフホワイトとレンガ作りの壁もなかなかいい配色だ。レンガの素朴さを壊さない程度に入り口には装飾が施されている。ロマネスク建築に少し近いだろうか。うん、どっかの貴族地区の入口の屋敷と違って品がある。
「外側は片付いたな、中に行くか」
「うん、鍵預かってたんだよね?」
「ああ、持ってる」
ポーチから取り出した大きめの鍵は2つあり、それで入り口の二重の鍵を開けた。なかなか厳重だが、小さい虫には関係なかったようだ。鍵はでっかい南京錠だった。そりゃそうか、ディンプルキーとかカードキーだったら逆に怖い。
「開けるぞ」
「了解~」
一応短剣を構えていたが、開けた途端目の前は真っ白だった。
蜘蛛の巣っていうより、もう白い布。
「うわぁ、これ中どうなってるか怖いんだけど……」
思わず愚痴を漏らすと、アリシアもため息をついた。
「全くだ、これは骨が折れそうだ。木が使われてるところには火を使えないから、物理排除だな」
「先にスパイダーを殺したいけど、こう巣がびっしりだと巣の駆除しながらじゃないと進めないね。俺が先行して、アリシアが入れるスペースを確保するよ。俺なら巣の中も勧めるし、引っかかることもないし」
「そうか、すまないが頼んでいいか?」
「うん、行ってくる」
何本かの枯れ枝を拾って、入り口から真っ直ぐ突っ切った。枯れ枝を縦横無尽に振り回して巣を絡め取ったら、あっというまに枯れ木が白い繭になった。美味しくなさそうなわたあめだ。
一度外に出てぽんっと枝を放り投げ、別の枯れ枝を拾ってきてそれを繰り返していく。なんとかエントランスと食堂らしき、一番巣の張られていた場所に人が通れるスペースを開けた。
「アリシア、なんとか少しは入れるよー」
玄関まわりの、俺が取らなかった部分を枝でくるくるしていたアリシアが、返事して中に足を踏み入れた。アリシアは両手に枝を持って振り回しているので、傍からみると奇妙な踊りをしているようでちょっとかわいい。
俺が開けた道を食堂の方まで進んでから、一旦エントランスに戻ったアリシアに壁の素材を聞かれる。
「えっと、ちょっと見てくる」
白い巣の中を突っ切って壁に行くと、このエントランスは白大理石造りであることがわかった。
そう伝えると、アリシアは「てっとり早く」と言って、周囲に小さく火を放った。
あっというまにチリチリした火が広がる。燃え上がらないのと煙が殆ど出ないので、室内で焼いてもほぼ問題はなさそうだ。
それほどかからずエントランスは綺麗になった。あとで木の葉っぱの方でこびりついた煤を払っておけばいいだろう。
俺はその間にと食堂の方を確認していたのだが、カウンターが木製だった。
「そうか。……どうするか」
「うーん、カウンター近辺にだけ最初に水を撒いておけば大丈夫じゃない? これ見てると火に勢いがないから、それだけですぐ消えそう」
「そうだな、じゃあまずカウンターまでの道を作るか」
二人掛かりで枝を振り回して、巣の絡みついた繭錠の枝を量産しながら目的地までの場所を空けた。それから、カウンター周辺をざっと枝で払ってから水を撒いていく。アリシアの魔法は水属性って言ってたけど、確かに火よりずっと勢いがある。って言ってもこれでもだいぶ手加減はしているそうだが。そうして木製部分の周囲を保護してからその周囲に火を放つ。すぐ消せるようにアリシアが待機していたが、幸い燃えていた火も水に当たるとすぐにシュッと消えた。
問題なさそうなので周囲にも火を放つ。
俺はその間に近くを飛び回り、木製の場所を探しておく。意外にも殆どは石造りなので、室内でも火が使えるとこばかりだった。二人であんな変な踊りをしまくるのもちょっと遠慮したかったし良かった。
室内の巣にはあまり繭がない。あっても小さい昆虫らしきものだけだった。そりゃあ室内じゃ屋外よりずっと獲物も少ないのだし、こんなに張り巡らされてもかかるのは外側の一部だけだろう。なんでこんなとこに巣作ってるのかね?
……とアリシアに訊いたら、「捕食されるからだ」という答えが返ってきた。
捕食、されるの? する方じゃなくて?
「数種類の毒を使い分けるキラービーという昆虫がいる。集団でスパイダーに麻痺毒を打ち卵を産み付けるし、巣ももろともせず溶解液で溶かす。スパイダーの天敵だ」
「なるほど、モンスターの中にも生態系ができてるんだ」
「ちなみにもちろん、人間にも天敵だ」
「ですよねー」
うん、モンスターっていうんだから当たり前だった。ハチもでかいんだろうなー、複眼とか巨大なの見たら気持ち悪そう。
ひとまず出会わないことを祈っておこう。