10 初めての実践!
その後アリシアがやってきたのは、少し歩いた先の小さな屋根のついたバス停のようなベンチで、俺は首を傾げて尋ねた。
「ここ、何?」
「辻馬車乗り場だ。歩いていくと遠いし、これで大分楽になる。辻馬車は安いし」
「そうなんだ。ちなみに料金はどれくらい?」
「依頼の一番近くの村までだと、大銅貨5枚くらいだろうか」
「安っ!!」
一日かかる距離で500円! そりゃ乗るわ。乗り場には、日本のバス停のように運行時間が書いた木が立ててあった。もっとも日本のように、分刻みの正確さはないだろうけど。
しばらく待つと、辻馬車がやってきた。四頭立てで、大きい。半円形の簡素な幌屋根がついていた。座席で10人以上はゆったり乗れそうだ。馬に乗った武装した兵士っぽい人が一緒にいる。護衛だろうかと訊くと、アリシアが頷いた。
「辻馬車は営利を度外視して国が運営している。各村や街を網目のように運行してくれるので、私達庶民は非常に助かっている。護衛ももちろん国が付けている。辻馬車を襲うと国を相手取ることになるので、辻馬車を襲う野盗は殆どいない。そもそも乗っているのは庶民だしな。野盗狙われるのはもっぱら貴族の豪華な馬車だ」
「あーなるほど。便利だねぇ」
「ただ、モンスターは出ることがあるので、そのために護衛がいる」
意外と交通網が発達していてびっくりだ。公共交通機関作ってるとは思わなかった、やるなぁ。
御者が降りてきて、横のドアを開けながら料金を受取る。俺ももちろん人間のふりして料金を支払った。
先に幾人か乗っていたのだが、後ろの方が空いていたので一番うしろの角に陣取った。まかり間違って「よう!」なんて後ろから肩を叩かれて、スカッ、なんてことにならないように。
荷物は椅子の下が開いて入れられるようになっている。便利だ。その他、ちょっとした小物や食べ物も御者が売ってくれるらしい。ほんと便利だ。
俺たちは後ろでのんびりと会話する。専ら今回のターゲットであるモンスターについてだった。
ジャイアントスパイダーは50センチから1メートルほどの大きさで、糸と繁殖力が問題の蜘蛛型モンスターだそうだ。糸に捕まるとすぐにぐるぐる巻きにされ、巣に運ばれる。それから徐々に溶かしながら食べられるか、卵を産み付けられるかだそうだ。もちろん卵から孵った幼生の餌だ。嫌すぎる。
そしてあっという間に増えるらしい。何といっても一回に数百個の卵を生むらしく、1組逃すと数百個増えるということで、卵を見つけたら1個も残さず焼き払わなければならないらしい。
今回は屋敷の外だけじゃなくどうやら中にも何匹か入り込まれたそうで、中の掃討も仕事だ。ギルドから鍵を預かってきている。生まれたての小さいうちにどこかの隙間から入ったのだろう。
できることならモンスターだけじゃなく、巣も排除して欲しいとのこと。天井付近に巣を張るので本来なら難しいが、今回は飛べる俺がいるので駆除は容易い。
あ、そうだ。蜘蛛相手、っていうかモンスター相手ってはじめてだったんだ。
「ごめんアリシア、行く前に、少し武器の扱いを試してみたいんだけど」
「私も連携を確認しようと思っていた。どうせ降りてからも森の中を歩くから、少し入り込んで実際にモンスターを狩ってみるのもいいかもしれない」
お昼にはちゃんと休憩スポットでの休憩があった。それぞれが馬車から降りて腰を伸ばしている。
ここで御者もお昼ごはんを食べるようだ。近場の移動の人はともかく、遠くへ行く人たちはここでみんなお昼になるらしい。
もちろんアリシアも、宿で作ってもらったサンドイッチを持参していた。俺もそのうち何か食べるフリとかできたらいいなぁ。日陰を陣取って食事をする。勿論俺は食べられない。
午後の日差しが一番きつい頃、目的の村に着いた。今回村に用はないので、中に入らず村の外の街道を歩く。
俺は地理がわからないから、アリシアが方向音痴でなくて良かった。ほんと何でもできるよね。
少し行った先の広い草地で、俺は武器の確認をすることにした。
っていうかこれ、本当なら仕事を引き受ける前にすることなんだけどね。俺ができることは重力操作だけだから、それをなんとか剣に応用したい。
まず、剣をそのまま直進させた。まあただの投げつけだね。速さはそこそこ出るけど、これでは素早いモンスターに当てるのは難しいだろうなぁ。木があったので、そこに向かって突き刺す。
……刺さらないで弾かれた。
だめだこれ。
もう一度、今度はもっと強めに突き刺す。しかしほんの少しだけ刺さって、すぐにぽとりと下に落ちた。
「…………」
どうすんのこれ。
勢いをつける……っていっても、手で持ってぶん投げるとかできないしなぁ。投げる……遠心力? ああ、回転させたらいいのかな。そういえば最初の戦場で丸太振り回したりしてたわ俺。
持つ感じじゃなくブーメランをイメージして、目の前にもってきた剣の上下に別方向の力を加えてみる。うん、回転はする。ちょっとずれるとうまくいかないので、片方は支えるようにして片側にだけ力を加える。と、結構な回転が生まれた。
そのまま空中を移動させてみる。うん、できる。
それで木に向かって投げつけると、今度はしっかりと刺さった。……あ、テレビのショーなんかでお姉さんの頭に載せたりんごに投げナイフを当てるやつ、こうやって回転させてたんだっけ? 直進だった? 覚えてないや。まぁナイフと長剣じゃかなり違うけど。
「ルイ、ヒト型のモンスターだと頭は堅いから、横回転の方がいい。できれば斜めに振り下ろせたらその方がいいと思う」
「ああ、なるほど!」
アドバイスを元に、回転を斜めに変更する。確かにこれだと四足の獣にも通用しそうだ。
「こんな感じでどうかな」
「うん、十分だと思う。この辺のモンスターなら大体いけるはず」
「じゃあ、実地かな」
「街道にはモンスター避けが設置してあることも多い。森の中に行こう」
「連携ってどうすればいい?」
俺みたいな初心者は指示してもらわないと動けないという欠点が……すまんね。
「ルイは遠くに剣を飛ばせるから、弓士の扱いだとして、後衛だな。私は前衛だから丁度いい。最初にルイが遠くから攻撃、近づいてきたら私が倒す」
「了解。あ、たぶん普通は後衛に敵を通さないようにすると思うんだけど、俺この通り体がないから、敵がきても大丈夫だし、敵多い時は無理しないで通しちゃっていいからね」
「わかった、それは助かる。あと、私は一応魔法も使える。属性は水で、得意なのは氷魔法だ。逆に苦手なのは火だが、敵を1匹焼き殺す程度はできる。森で魔法を使う時はその都度声を掛ける」
「うん、了解」
森の中に分け入ると、街道沿いとは違って下草が多かった。俺は素通りだからいいけど、アリシアは大変なんじゃ、……って思ったら苦もなく歩いていた。冒険者スキルが違いすぎる。俺、肉体なくてほんと良かったわコレ、絶対生身じゃ置いてかれる。
薄暗い森をしばらく歩くと、アリシアがぴたりと立ち止まった。
「きた」
「え? 俺は何にも聞こえないけど……すごいねアリシア」
「そうか? ……ウルフだな、2匹だ」
「了解」
初めての実践!
しばらくすると、確かにアリシアが見ていた方向から2匹の狼が走ってきた。
テレビでみた外国の狼と同じような姿だけど、若干色が派手かな。緑と茶。
「ウルフ、っていうことはモンスターなの?」
「人に危害を加え、人語が通じず、体内に魔石がある、それがモンスターの条件だ。ウルフはモンスターなので遠慮せずやってくれ」
「はーい。じゃあ行きます!」
さっきの要領で剣を回転させ、斜め上から飛ばす。が、ひらりと避けられた。
あらら、これでも躱すのか。
でも俺は投げっぱじゃなくてそのままブーメランのように回転させて戻し、もう一度、今度は後ろ足を狙う。
今度はスパっと後足が斬れ、そのまま前足も傷付けたのはラッキーだ。そいつは「ギャン!」と鳴いてその場に留まった。
もう一匹にも剣を投げようとしたが、その前に走り寄ったアリシアに一刀の元に斬り伏せられていた。
つぇえええ!! モンスターも一撃か!
俺も一匹くらいはと、留まっていたウルフに死角から何度も切りつけた。
少しかかったがアリシアは見守ってくれて、なんとか倒すことができた。
「ふあー、初めてのモンスター討伐だ」
「そうなのか、それにしては躊躇いなくよくできたと思う。でも少し武器が合っていないな」
「うん。俺もそう思った。あとで何か考えよう」
ーー俺、そういえば初めて生き物を殺したなぁ。
元々は動物ってか生き物がすごい好きだから、カエル一匹だって殺したことなかったのに、モンスターだと思うと危害を加えることに躊躇しなかった。何でだろう。よだれを垂らした凶悪な顔だからか、それとも人に危害を加えるものだと言われたからか。もしかしたら俺が魂だけになって意識の変化が起こってるのかもしれない。……いや、それはないかな、やっぱりモンスター以外の生き物は殺せない気がする。
この先、食べるために鹿とか兎とか狩るっていわれたらできるのかな。……俺は食べないんだし、そういう場合は誰かに頼もうーーっていう他人任せもまずいか、少しずつ慣れよう。
アリシアは倒したウルフの心臓付近をさくっと切り開いて、手を突っ込んだ。何してるのかと見ると、黒い石を取り出している。もう一匹もだ。
それを手から出した水(魔法だ!)でさくっと洗い流し、俺に見せてくれる。
「これが魔石だ。モンスターは心臓付近にこれがあって、私達冒険者の収入源になっている。これは燃料の代わりに使うので、いつでも一定価格で売れる。モンスターを倒したら魔石を取ることを忘れないことだ」
「わ、分かった」
すごく慣れた手つきで、今までのアリシアの経歴がわかる。
銀ランクって言ってたな。実力は金だとも。どう考えても下っ端じゃなくて上位ランクだよね?
「アリシア、冒険者のランクってどうなってんの?」
「ああ、説明してなかったな。冒険者には7つのタグプレートがあり、それぞれに-と+があるから、14の段階があると思えばいい。
ストーン(石)これは見習いのタグだ。
コッパー(青銅)ここでようやく初級と言われる。
アイアン(鉄)ここで大体中級
ブロンズ(銅)この当たりになると上級のベテランとして尊敬される。
シルバー(銀)一流といわれるのがここだ。
ゴールド(金)超一流・最上級がここになる。数が少なすぎて若干化物扱いだ。
クリスタル(水晶)これは滅多に認定されることはないが、一応存在する。人外・英雄、などと呼ばれる。
この7種それぞれに-と+があり、全部で14のランクがある。私はいまシルバーの+だ。上から5番目、普通クリスタルは数に入れないから3番目とも言えるか。……そしてソロでゴールドに上がれた例はないので、私はここまでだろう」
「どうして?」
「……ソロで上がれるのはシルバーまでなんだ。それ以上はパーティが必須になる。でも私はパーティを組めないから……」
「……えっとさ、それって俺でもいいの? あ、もちろん実力差はわかってるけど」
そう訊くと、アリシアはびっくりした顔で俺を見た。
「わ、私とパーティを組んでくれるということか? 今日の臨時じゃなく?」
「ああ、うん。できたらいいなーって思ったんだけど……?」
「それは、その、できることなら嬉しい。でもいいのか? 私はパーティクラッシャーだぞ?」
「俺と二人なら恋愛のゴタゴタとか嫉妬とか関係ないし、そもそも俺体ないから、アリシアにはすごく安全なつもりなんだけど」
「ああ、ルイには警戒することがないのはすごく助かっている。それに、戦力といっても、私が戦士でルイがプリーストとして治癒を引き受けてくれるだけで十分なんだ。それに光魔法があるから、アンデッドの掃討にはものすごい戦力だと思う」
「良かった。じゃあ今回は俺の試用試験てことで。役に立たなかったら考え直していいからね」
「そんなことはないが、わかった。連携の練習だと思っておく」
アイアンとブロンズの上下を迷ってます。
鉱物の貴重さとか、人気度とか、何でランク付けるのが正解なのでしょう。
定番のミスリルを入れないのは、単にプレートにして配るには高すぎでは?というだけです。