1 あなたは死にました
気がついたら見たことのない部屋にいた。
さて。
ーーここどこだっけ?
ーー今まで何してたっけ?
自分の名前……は分かるし経歴も分かる。ちょっとここ数時間くらいの記憶が曖昧なようだが、何故かあまり気にならない。
俺自身を見下ろす。
なんてことないふつーのコットン七分丈のパンツにTシャツ、サンダル。それに薄手のパーカー。うん、今日着ていた服装だ、着替えた後で良かった。仕事着も仕事場までの服も制限されてないが、あえて仕事場でつなぎ(黒)を使ってるのは汚れるから一択だ。
顔に手をやる。うーん、自分の顔なんて洗顔以外で触らないからわからないけど、多分俺のままだ。髪に触る、これは毎朝くせっ毛と格闘してるかから俺自身だって間違いない。ぺったんこの腹は同僚に羨ましがられる要素だが、腹どころか胸も手足にも肉がないのは持病の影響なので嬉しくない。筋肉欲しい。ここまでは問題ない、これも俺の体だ。
ふむ、では何で俺は自身が知らない場所にいるのか。
結論としては、ーー明晰夢だろうか。もしくは記憶がないだけで拉致されたとか?
とりあえず周囲を見渡してみると、今いる部屋は学校の教室ほどの大きさがあった。それは普通の部屋にしてはやや大きめながら許容範囲だが、敢えて問題を挙げるとすれば全体が不思議な物質でできていることだった。
壁にも床にも継ぎ目がなく、淡く白色に発光しているように見える。リノリウムか石か、はたまた別の材質なのかもわからない。何しろ、歩いても音がしないのだ。発光しているからか、どこにも電灯らしきものはないのに全体はほの明るい。
中央にある揃いの重厚なテーブルと椅子も、何でできているのか想像がつかない。半透明で黒っぽく、これもまた天板と脚との継ぎ目がないからだ。それ以外に家具はない。
全く生活感のない空間は他に見るところもなく、仕方なくまずはこの状況の答えをくれそうな人を探すことにした。少なくとも自分の家ではないし記憶にもないので、不法侵入だったら申し訳ない。
「すみませーん! 誰かいませんかー!?」
そういえばこの部屋には入り口もなかったことに声を掛けたあとに気付いたが、どこからともなく「ん?」と小さな声がして若い男が正面の壁からするっと現れた。
壁……から?
いや、壁だと思ったところはどうもスクリーンに投影した映像のようなもので、何の抵抗もないように男はこちらに歩を進めた。
「あれ、君だれ?」
「あっ、えっとどうも、神崎 類と申します。あのーすみませんがここどこですか? 気づいたら俺ここにいたんですが」
「どこって……えええ」
男は俺をまじまじと見て困ったように眉を寄せた。
おおおお!? こちらも男を良く見てみたら、背の高いすっっっっごいイケメン。俺だって「若干チャラそうだけどそこそこイケメン」なんて言われてたのに、ちょっとレベルが違いすぎて対抗心が沸かない。敢えて言うならハリウッド俳優…いや、それより漫画とかの二次元の人間ぽい。不思議な服を着てて、長めの金髪はサラサラで、困った顔すら絵になるのもずるい。
「えーとまず、貴方は死にました」
「わおテンプレ!」
びっくりするより先に口をついてしまった、申し訳ない。
白い空間(ちょっと違うけど)でイケメンや美女の神様に会って「貴方は死にました」って言われるのって、最近流行りのアレだよアレ!!
異世界転生もののド定番だ!!
やべー、最近ラノベで異世界転生ものとか流行ってたからすげー読んでて、憧れてたんだよね。俺が転生したらあーするこーするって妄想しまくりました、はい。「チャラそう」「リア充でしょ」とか言われてたけど、実際俺、彼女もいないただの陰キャオタクだったし。単に美術関係者だったから見目もそこそこ重要視してただけなんだけどね。あ、といってもいわゆるゆるいファッションオタクじゃないよ、結構コアな方だと思う。俺の好きな小説や漫画なんて誰も知らないものばっかりだったし、部屋の本棚はとうとう5つ目に突入して、俺が居るとこがなくなってたし。
さて、「内政チート! 俺TSUEEEEEE!!」……って浮かれる前に、まずは死因を確認しないといけないか、その辺の記憶が曖昧だからね。
仕事場のアトリエにいたような気がするんだが……流石に死んだとは思わなかったわ。
「俺、なんで死んだんですか?」
「さあ……えー……、ちょっと確認しますね」
イケメンさんは俺に向けてするっと手を伸ばし、何やらすいすいと手を動かした。これはあれか、テンプレ的にはこっちから見えない何かを操作してるってことかな。
そうして、何だか不憫そうな顔でこちらを見た。
「…………死因、言っていいんですか?」
「は? いやそりゃ俺が聞いたので是非」
「…………じゃあ言いますけど、石膏像に頭を打って死んだようですねぇ」
「……………………はァ!?」
※石膏像、美術室によく置いてある白いアレ。
は? いやいや、……え、何で?
「神崎 類さん、美大を卒業後、絵画関係の事務所に就職、2年目。24歳。就業後のアトリエでひとり趣味の静物デッサンを開始。あくびをしたところで伸ばした手が後の棚にぶつかり、棚の上から倒れてきた石膏像で頭を打ち死亡しました。白い石膏に血が飛んで、なんかサスペンスドラマの殺人現場みたいになってますよ、ははは。石膏像は……ああ、モリエールですね」
「モリエール」
※モリエール:石膏像、ひげのおっさん。胸から上の像。
あと神様、笑い事じゃねー…………いや、笑い事だわ。笑うわそんなん。
「胸像か!」
「胸像ですね。頭像だったら軽かったから無事だったでしょうし、全身像なら隙間があって無事だったんでしょうけどねぇ。胸像、ちょうどいい重さだったんですね。そしてこう、胸像の胸の下の角にごつんといったようです。運が悪かったというか」
「しかもオッサン! まだビーナスちゃんだったら良かったのに……モリエール」
「残念でした」
ほんと残念だよ、オッサンに頭打って死ぬとか! せめて美女が良かった、ミロ島ビーナスちゃんかアリアスちゃんあたりだったら諦めつくのに。 ていうか死因が間抜けすぎる……。あと職場の先輩ごめん、あの職場アトリエ、先輩が設立当初に無理を押して買ったとこだったのに。
……ていうかこういう場合トラックじゃないのかよ。普通はさぁ、トラックに轢かれるとか、殺人鬼から身を呈して女の子を庇うとか、クラスごと魔法陣に捕らわれるとか、そういうこう、ドラマチックな何かがあってだな……。
「はぁ……まぁ死んだものはしょうがないか……」
「おや、ずいぶん淡白な……、…………んー、ああ、死ぬことに抵抗がないのは持病が原因でしたか……」
「はい、まぁ人間いつかは死ぬんですし。じゃあえーと神様、俺このあとどうなるんですか?」
「ん? ああ、私は別に神という訳じゃないですよ」
えっ、こういう場合に出会うのってテンプレ的に神様なんじゃないの? ていうかこんな不思議空間にいて神様じゃないとか、じゃあ……えーとどちら様?
「管理人、というのが正しいでしょうか。地球の管理人」
「管理人」
「ええまぁ、地球よりは進んだ文明のところの人間なので、人によっては神と呼ぶ人もいるかもしれませんが。その管理スペースに貴方が迷い込んできたんですよ、何故か」
「ということは、死んだらみんなここに来るとかじゃないんですね?」
「そんなことしてたら捌き切れませんよ、人類だけでも数秒に一人は死んでる世界なんですから。でもまぁここに来られたということは、魂の力が強いんですね。世界の境界を渡っても大丈夫なんて珍しいことです」
「世界の境界、ですか?」
「ええ、ここはまぁ言ってみれば地球とは別の空間です。亜空間です。別次元と言ってもいいですね。あなたはそこにふらふらーっと入ってきたようです。まぁ出会ったからには私が輪廻に戻しますから大丈夫ですよ、ご心配なく」
「えええ!? せっかくだから異世界に転生とかできないんですか? ラノベのテンプレなのに!」
「転生? 異世界に? ラノベのテンプレ?」
管理人さんは不思議そうな顔をしながら目の前でまた何やら手を動かした。どうもコンソールを動かしてるような、そんな動作。
ラノベ、漫画、アニメ、今あらゆる媒体で転生ものが流行ってる。
俺はゲームとかはしないんだけど、昔から本は好きで、歴史書から児童書までジャンルを問わず手を出していた。その時その時でマイブームが変わる。最近だと海外の古典文学に嵌って、そのあと暗号解読系の本を乱読しはじめていた。そしてしばらく読むのが面倒なのばかり読んでた反動か、直近では簡単に読めるラノベがマイブームだった。特に異世界への転移とか転生もの。まぁそういうのが溢れてたからとりあえず片っ端から読んでたってのもあるけど。
管理人さんは、しばらくしてから「おやおや」と呆れた声を出した。
「日本ではいま、異世界への転生や転移といったジャンルのサブカルチャーが流行っていると。なるほどなるほど。ライトノベルや漫画などのテンプレートになっているのですね。……まったく、どこからそういうの嗅ぎつけてくるんでしょうね、日本人ていう人種は」
「ということは! え、マジでできるってことですか!?」
「ええまぁ。あなたも異世界に行きたいんですか?」
「是非!!」
首を傾げたイケメンさんは軽く肩を竦めた。そんな仕草さえ優雅。
いちいち絵になって羨ましい。
「……まぁいいでしょう、私の管轄外ではありますが探してみますか。……ああ、結構ありますね、地球とは物理法則が異なっているところが。絞り込みますのでもう少し具体的に要望を仰っていただけません?」
「じゃあ、剣と魔法がある中世以降くらいのファンタジー世界がいいです! あんまり不衛生だと耐えられなさそうだし、スチームパンクとかも興味あるけど、頭がついていけないのも困るし」
「剣と魔法ね……魔法……ああはいはい、それっぽいところがあります。そこに転生ですね」
「はい!宜しくお願いします!」
忙しなく手を動かして、しばらくしてから俺に手を向けた。
「じゃあ、魂を初期化しますね。いってらっしゃいませ」
「……………………は!?」