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5:不思議の駄菓子屋

「あんた何しよるね!!」

「山ばあ!?」

 山ばあが、薙刀を構えて立っていた。

 きっとそれで明石を叩きつけたのだろう。

 確かに水槌と違って相殺されないから、効きはするだろうが、危険すぎる。

 散華憑きは人間を捨てているため、身体能力が劇的に向上しているのだ。

「山ばあ逃げて! あいつは普通じゃない!」

「そんな事はわかってる! 老眼鏡かけてるのに霞んで見えるし、なんかのバケモンなんだろう。でもあんたを置いてくわけにはいかん」

 判断基準が何か凄いけど、そういう問題じゃない。

「……痛い……ママじゃないのに……ぶったな!」

 狂気の色を滲ませて明石がその手の形を更に変えた。爪が鋭く伸び、巨大なクマデのように広がっている。

 それは五本のギロチンに他ならない。

「こんの脳天ファイラが! 成敗してやる!!」

 言葉の意味はわからないが、薙刀を振り回して突進する山ばあ。

 真鏡のない山ばあには、アイツが手を振りかぶってるだけにしか見えてないんだ!

「死んじゃえ」

「危ないっ!」

 私は咄嗟に山ばあに飛びついた。

 その背を凄まじい勢いで突風が吹きぬける。

「あだっ!」

「うぐっ!」

 直撃はしなかった。

 だというのに、攻撃の余波だけで、私と山ばあは大きく吹っ飛ばされる。

 そのまま、向かい側の元の下宿先の壁に叩きつけられた。

「おっ……!」

「ぐぅっ!」

 あまりの衝撃に、直接ぶつかったわけではない窓ガラスが砕け散り、破片が降り注いだ。

 山ばあは気絶し、私も息が詰まって一歩も動けない。

 山ばあの額からは血が流れ、私の肩から流れるそれと混ざって地面に赤い花が咲く。

「さぁ、二人ともおしおきだ」

 ゆっくり、迫ってくる明石。

 その手のギロチンを、もうかわすことは出来ないだろう。

 斬魔師の到着も、当然間に合わない。

 絶望したその時、今のガラスの砕ける音を聞いてか、人が集まって来た。

「おい! どうした!」

「山ばあの店の方から音がしたぞ!」

 次々集まってくる地元のおじさんたち。

 それは、店番する中で見た、馴染みの顔だった。青年団のリーダーや町会長の姿も見える。

「た、助けて……山ばあが……殺人鬼に襲われて……」

 私は、半ば反射的に彼らに助けを求めていた。

「何! 山ばあが!?」

「女の子までケガしてるぞ!」

「何だと!! ……あの野郎が犯人か!」

 おじさんたちは顔を真っ赤にして明石を睨み付けた。

「ふぅん……みんなで僕を苛めるつもりかい?」

 黄昏と交じり合い、より霞んで見え始めた明石は、まるで危機感というものを感じさせずに呟いた。

 失敗した!

 私は痛切にそう思った。

 ダメだ。一般人を呼び込んでも、犠牲者を増やしてしまうだけだ。

 今の明石は、もう人間じゃない。

 グリズリーやライオンのような猛獣と同じなのだ。

「おおおおおい! みんな集まれー! 山ばあ達が危ないぞおおおおおおーーーーー!!」

 青年団のリーダーが大声を上げた。

 それは、町中に響き渡るほどの大音声だった。

 直後、準備していたのかというほど即座に、町の半鐘が鳴り出した。

「山ばあがあぶねえだとお!!」

「どこだああ!」

「今いくぞおお!」

「野郎ブッ殺してやる!」

 怒号を上げながら、四方八方から男たちが飛び出してくる。

 その手には、クワや鎌が握られていた。

 さながら百姓一揆の絵巻物のようだった。

 怒りに燃えるおじさんたちが十重二十重。

 おじさんだけではない。気づくと、老若男女を問わず、町内中の人々が思い思いの武器を手に集まって来ていた。

 あの柔道部員達も怒りに燃える目で仁王立ちしており、その中の数人が私を助け起こしてくれた。山ばあはまだ意識が戻らず、寝かされたまま町医者のおじさんが診ている。

「野郎、山ばあにケガさせるたあ、ふてえ野郎だ!」

「イオリちゃんにまでケガぁさせやがって!」

「許せねえ!」

「畑の肥料にしてやる!」

 町内全体が、揺れるほどの怒りの声。

「な……何だよこれ」

 さしもの明石も、その異様な光景に思わず棒立ちになる。

「お前らおかしいよ。よってたかってなんだよ!」

 自分の異常性を棚に上げてわめく明石を、町会長が黙れ! と一喝した。

「てめえ! ここにいる奴らぁなあ! 全員、子供ん時から山ばあの店に世話んなってきたんだ! それに手ぇ上げやがって……覚悟は出来てんだろうなあ!」

「う……!」

 あの明石が、怯えている。

 彼は、逆鱗に触れてしまったのだ。

 今の私ならわかる。

 山ばあの店が、地域にとってどれほど大切で、みんながどれほど山ばあに世話になって来たのか。

 それを、傷つけたのだ。

 “何もおかしくない”。

 こうなって当たり前だ。

「く、くそっ! こんなのルール違反だ! 僕は帰る!」

 わけのわからない事を叫び、明石は飛び上がった。

「あっ、逃げるぞ!」

「何て身の(かり)ぃ野郎だ!」

 それは人々の頭上を易々と飛び越え、一気に囲みの先の田んぼまでその身を移動させていた。

 更にその先は、山がある。

 あそこに入られたら、とても追う事は出来ないだろう。

「くっ……! おのれ……!」

「ははっ、バーカ!」

 あざ笑う明石の声が、山を覆う木々に吸い込まれる。

 奴がその身を、杉の木立に溶け込ませるように消えてゆく。

 ――直後、山が大きく揺れた。

 地震ではない。山だけが揺れている。

「な、何が……?」

 何が起こっているか、全く分からない。

 町内の人たちも、事態が飲み込めずに騒ぎ出す。

 すると――

「ひ、ひいいいいいいいっ!」

 凄まじい勢いで、明石が吹っ飛んできた。

 あまりの衝撃に、地面が抉れて背中が半ばまで埋まっている。

「な、何が起きたんだよおおお!」

 明石本人も、わけがわからず絶叫している。

 尋常ならざる事態が起こっているのは明白だった。

『てめえはやっちゃならん事をやった……!』

「!?」

 声が、空から降ってくる。

 だというのに、声の主の姿はない。

 代わりに、少し遅れてカランコロンと下駄の音がした。

 そして、地面に二つの一の字を描く溝が生まれる。

 まるで、「高下駄で誰かが降りてきたよう」に。

『その穢れた体でわしの山に入った……これは許される事ではない!』

 声のあまりの厳粛さに、誰も動けない。

 誰もが、心の奥底に眠る畏敬の念を揺り動かされているのだ。

「ひ、ひぃいいい!」

 首を掴まれたように、明石の体が持ち上がった。

『だが、それは“方便”だ』

「……は?」

『てめえは、たづを傷つけた。絶対に許さねえ……!』

 天が(にわ)かに掻き曇る。

 夕暮れの赤を、黒が塗りつぶしていく。

 稲光が閃き、大きな影を映し出していた。

 それは、大きな翼を背負った、山伏のように見える。

 遅れて激しい雷鳴が轟いた。

『人の道を外れた外道が……だったら、生きたまま地獄に落としてやる!』

「ひ、う、うわあああああああぎゃああああああああああああああああ!!」

 この世のものとは思えぬ絶叫が響き渡る。

 明石の足元の地面が裂け、そこから無数の手が伸びてきた。

 そして、あっという間にその体を裂け目に引きずり込んでいく。

「ああああああああぁぁぁぁぁぁ……ぶぎゃぅっ!?」

 明石の断末魔を飲み込むと、裂け目は綺麗に閉じて行った。

 恐るべき殺人鬼は、あっけなく死んだ。

 でも、これで良かったと思う。

 あいつは、人を完全に捨てていた。

 もう人間の法では裁けない。

 きっと……これでいいのだ。

 関氏も報いを受けさせると言っていたが、明石は生きながらに地獄に落とされるというこれ以上ない報いを受けた。

 これで少しはあの人や被害者の無念も晴れてくれるといいのだけれど……。

 空を覆っていた雲が消えていく。

 今起きた事は、一体なんだったのか。

 誰も言葉を発しない。

 その時、雷に驚いたのか、鶏が大きく鳴いた。

「コッケコッコー!」

 その声を聞いた途端、山ばあが目を覚ました。

「……あれ? もう朝かい?」

 ケガなど感じさせない呑気な一言に、集まっていた一同は大歓声を上げた。

 その騒ぎの中、気づかない内に私の手の中にはアケビが収まっていた。

 あれは……本当に……。

 『そう』としか思えない事が起きているのだから、そうなんだろうけれど、口に出してしまったら、もう二度とあの子に会えない気がしたので、それは言葉にしなかった。

 代わりに、小さく空に呟く。

「ありがとう」

 なぁに、良いって事よ――そう、返事が聞こえた気がした。


 エピローグ・

 あれから、私は組織の上役たちから代わる代わる電話で質問攻めにあった。

 何しろ、斬魔師にしかまず倒せない散華憑きが、討たれたのだ。

 バチが当たって地獄に落ちた……なんて言ったところで理解してはもらえまい。

 適当にお茶を濁していると、組織から引き続き調査をするようにとの指令が下った。

 それは、願ってもないことだった。

 私は、もうここを離れる気はない。

 最早、山ばあに事情を隠しておくのも嫌だったので、全て洗いざらい説明した。

 その上で、ここに住みたいと伝えた。

 すると、

「あたしにゃあ、難しいことはわからないけど、あんたの好きにするといいよ」

 との答えが返って来た。

 器が大きいのか、適当なのか……でもそれが山ばあなのだ。

「ただ一つだけ条件があるよ」

「な、何でしょう?」

「うちでは腹ペコは禁止だよ! ちゃんと食べるように! 大きゅうなれんからね!」

「は、はい……太らない程度には」

「ならよし!」

 言って、山ばあは台所へ向かって行った。

 きっと、これから山盛りのおむすびか何かが出て来るに違いない。

 想像だけでお腹一杯になりそうだ。

 とりあえず、腹八分目にしておこうと思う。

 今日あたりまたあの子が、アケビを持って買い物に来そうだから――

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