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4:散華憑き

 山ばあの所で下宿するようになって一週間が経った。

 やはりなかなか山ばあの眼を盗んで動く事はできず、明石の足取りは全く掴めていなかった。

 周囲に集まっている凹魔師たちともスマホで連絡は取り合っているが、情報はない。奴が逃げたとは考えにくいが、電波の入りの悪さもあっていまいち連携が上手く行っていない現状だ。

 正直に言ってしまうと、今となっては山田丸の店番をしている時間の方が長い。

 でも、町内の人たちとの触れ合いは、妙に楽しい。駄菓子を買いにというより、山ばあと話しに来るおじいさんおばあさん達は、まるで孫のように私に接してきて、それがくすぐったくもあるのだが、悪い気はしなかった。

 何より強引極まる山ばあとの生活が心地よくて、半ば本来の任務を忘れそうになる。

 今日も今日とてまともに調査できないまま、夕暮れ時を迎えていた。

 先日の事件もあり、このところは店を早めに閉めているので、その作業に入る。

「適当でいいからね。サビてて上手く行きゃしないから。あたしゃ、裏口閉めて来るから、なんかあったら大声で呼ぶんだよ」

「はい」

 せり出す軒先をL字クランクでくるくると回して引っ込めていく。

 この作業を私がやるのは今日が初めてだったが、確かにギコギコ音がして、ある一定以上まで閉まらない。これはコツがいりそうだ。

 と、その背に猛烈な悪寒を感じだ。

「……!」

 発作的に真横に跳ね飛ぶ。

 すると直前まで私が居た空間を風が駆け抜け、地面に大きく三条の爪痕が生まれた。

 もし、飛びのいていなければ、三枚に下ろされていたであろう自分を想像し、背筋が冷たくなる。

 振り向いた先に居たのは、ぼさぼさのざんばら髪に、ひょろりとした長身、交番に貼っている手配書と全く同じ顔――間違いなく明石恭太郎だった。

 私が一人で背を向けるまで、待っていたという事か……!

 裾の擦り切れたズボンや、黒く乾いた血の跡だけでなく草の汁で汚れた上着は、待ち伏せに近くの藪にでも潜んでいたのであろうことを示していた。

 また不思議とその姿は、この世から拒絶されているとでも言うかのように、薄く霞んで見えた。

 体勢を見るに、いかなる(わざ)か、今の攻撃はただ手を下に振っただけらしい。

「……あれ? おかしいな……」

 肝心の本人は、攻撃を失敗した事を(いぶか)しんでいる。

 その瞳に焦点は合っておらず、この世界をまともに見ていないようにすら思えた。

 もう時間の感覚もまともにないのではないか。そうでもなければ、一週間近くも山中に潜んで襲撃の機会を(うかが)うなんて常人には不可能だ。

 私は急ぎ、ポケットの中のスマホを操作。緊急コールを行う。

 こんな時の為に、画面を見ずに操作できるよう訓練はしてある。

 緊急コールは、目標の発見と私の位置情報を同時に送信する仕組みだ。

 ……物理的に応援は間に合わないだろう。

 それでも……今出来る事をやる!

 真鏡をかけ――

「!?」

 そこで、思わず言葉を失った。

 なんだ、コレは。

 話には聞いていた。

 出杭憑きが悔いを改めず、人を捨てるに至ると、もう戻れなくなる。

 杭が、花が咲くようにその尖端が裂け、広がる。

 そして、散華(さんげ)()きとなる、と。

「これが散華憑き……!?」

 額の中央から伸びた杭の先が花のように開き、そこから闇を噴き出している。

 全身をその闇が包んで、黒い炎に包まれた怪物へと姿を変えていた。

 文字通り、こんなもの人間ではない。

 最早、出杭の闇に包まれているために、肉眼では見えなくなり始めているのだ。それこそが、コイツが今まで逃げおおせてきた理由に違いないだろう。

 まだ出杭憑きかもなどという本部の希望的観測は崩れ去った。

 噴き出される闇は桜が散るようにも見えるが、そんな生易しいものではない。

 まき散らされた花弁は、吹き溜まって出杭と化す。

 即ち、コイツがいる場所では、次々に出杭が生まれるのだ。

 おそらく、関氏も足取りを追ううち、出杭に囚われたのだろう……。

「お前……知ってるぞ。凹魔師とかいう奴だろう。なんで邪魔するかなあ……お前らは」

「……!」

「さっき山中で仕留めた奴と、よく似た匂いがする……」

「なんだと……!? 貴様まさか凹魔師を殺したのか!」

 非常線を張るために、集められた仲間を……!?

 いつ!? どうやって!?

「仕方ないじゃないか。あの刑事と同じで、僕を追いかけて来るんだ。キミもそうだね。鬼は僕なのに、僕を追いかけて来るのはルール違反だろう? 僕が追いかけるのが正しい。ルールを守れない人たちには、ちゃんとおしおきをしないといけないよね」

「私の質問に答えろ! 貴様は凹魔師を殺したのか!」

「そうだよ? 知らなかったのかい? ああ無理もないか。こんな田舎の山中で、電話なんか通じるわけがないもんね。可哀そうに」

 まるで他人事のように言う明石。

 緊急コールは無かったが、だからこそコイツの言っている事は真実なのだろう……!

「……お前が殺しておいて……その言いぐさは何だ!」

「可哀そうだとは思っているよ。いつも食べる鶏も、牛も豚も……みんなね。でも食べないと生きて行けないだろう? だから感謝の心で殺すんだ」

「何を……言っている」

 少しでも……少しでも時間を稼いで応援を待ちたい。

 だから、話を長引かせるのは、当然の選択だ。

 それなのに、私の本能はコイツの話を聞く事に、激しい拒否感を覚えていた。

 まるで、呪いの呪文を聞かされているかのように、嫌悪感が全身に広がる。

「殺したのに食べないのはとても悪い事だ。豚や牛を殺してもよくて犬や猫がいけないのは、食べないからだよね。食べるなら、それは正しい行いだ。でも申し訳ないとも、思っているよ。食べ物を残すのはとても悪い事だからね。僕のこの体じゃ、そんなに食べられないし……せめて血を飲めるだけ飲まないと」

 話を聞くだけで狂いそうになる。

 関氏が言っていた、明石は動物と人間とを区別していないとは……つまり、家畜や食肉と同じように考えているという事……!

「でもね、最近ちょっと気づいたんだ。今の僕なら残さず食べられるって。だからもうママも怒らないよね?」

 その口が、地獄の底のようにぱっくりと開いた。

 黒い闇が、人一人簡単に飲み込めるようなドス黒いクレバスを生み出している。

「ひっ……!」

 慌てて腰からペットボトルを引き抜き、水槌を生み出す。

 有無を言わさず、頭に叩き込む。

 が――

「さっきの男も、それ出してたよね。そんなもの、役に立たないのに」

 闇に相殺され、その大半が消し飛んだ。

「く……!」

 わかってはいた……!

 教本で習ったように、水槌は出杭に相反するものであるがゆえに、対抗手段となりうる。

 しかし、散華憑きは出力に差がありすぎる。

 水槌では一方的に打ち負けてしまうのだ。

 斬魔師の清められた刀ならば打ち合いにならないので、切り裂くことが出来ると言われているが……。

「君らはなんで僕を襲うの? 僕を食べたいの? 違うよね? 殺して食べるわけでもないのに襲うなんてとてもよくない事だよ。……おしおきしなくちゃね」

 その右手が、大きく膨れ上がる。

 こちらの水槌など、おもちゃのハンマーだと言わんばかりに。

 あんなもの、食らってしまえば全身の骨がバラバラになるだろう。

 ここは間合いを取って――

「はい捕まえた」

「え?」

 瞬間移動めいた信じられないスピードで接近した明石が、私の手を左手で掴んでいた。

 そして、ハンマーと化した右手を振りかぶる。

「う、うああああああああああ!?」

「泣いてもダメだよ、僕が泣いてもママは許してくれなかったからね」

 恐怖で、反射的に目を閉じてしまう。

 失敗に気づき、慌てて目を開けた時、吹っ飛んでいるのは明石だった。

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