3:アケビの少年
「俺は……関縋。元……刑事だ」
「元刑事?」
「記憶は……あいまいだが……おそらく君には……迷惑をかけたようだな……俺は……なんで……」
関氏が、大きく頭を振って苦悶の表情を浮かべる。
「構いません。正気でも無かった事はわかります。気にしていません」
凹魔師や出杭については、今のところぼかしておく。
下手に説明すると、再発するおそれもあるからだ。
これはケースバイケースで、説明した方がよい場合もある。
いずれにせよ、大抵の場合時期を見計らって説明するものだ。
「それより、なぜ貴方はこんな所に居たのです?」
「……それより……か。見かけによらず……剛毅だな」
「この辺りで聞き込みをしていた刑事がいると聞きました。貴方ですね? しかし、今は元刑事と言いました。これは?」
「……君は……一体……」
意識が明瞭になる前になら一気に聞き出せるかも、とも思ったけれど、流石にそう簡単にはいかないか。
「それについては後ほど説明します。今は先に答えてもらえると助かります」
「……いいだろう。私は明石恭太郎を探していた。知っているか? まぁ知ってるよな。……あの連日ニュースを賑わせていた殺人鬼だ」
実際、明石恭太郎の顔を知らない日本人はほとんどいないだろう。
あれほど凄惨な事件で、犯人の顔までわかっていておまけに逃亡中というケースは珍しい。
ワイドショーは1月近く特集していたほどだ。
「奴は県をまたいで逃げている。だが、俺は所轄の刑事……基本的に他の県を捜査できない。どうしても……自分で捕えたかった。……だから所轄の刑事を辞め、一人で追っていたんだ」
「なぜそこまで……?」
公務員である刑事を辞めるというのはただ事ではない。
「……部下を殺されたからだ」
「……!」
「奴に殺された警官ってのはな……俺の部下だ。……まだ、2歳にもなっていない子供が居た……な」
関氏は沈痛な面持ちで、絞り出すように言った。
確かに、明石が殺害した四人の中には、警官が含まれていた。
二人目を殺害した明石の捜索中、これを発見して取り押さえようとし、腹を刺されて殉職……。
そんな彼を、世間は冷たく扱ったものだ。
曰く、彼が明石を逮捕出来ていたら、四人目の犠牲者は出ていなかった……と。
「俺は奴の墓前に誓ったんだ。……明石に必ず報いを受けさせるとな……」
復讐心。
彼の気持ちは、わかる。
それでも……そこに出杭が取り憑いたのだ。
関氏も……被害者。
だが、一線を越えてしまうと、容易に出杭は這い寄って来る。
何にせよ、出杭憑きがこの関氏だった以上、つまり出杭憑きの情報とは彼と明石と誤認されたものではないだろうか?
「それで、結局明石はここには居なかったのですね?」
「……いや、必ずここに居る」
その口ぶりには、確信の色があった。
「え? それはなぜです?」
「奴は、動物を殺す癖がある。……というより、アイツにとって動物も人間も大差ないんだ。だから簡単に殺人を犯せる」
それが――と言おうとし、脳裏に道路に散った猪の血痕が浮かんだ。
「この辺りで、異常な死に方をしている動物の遺体がいくつか見つかっている。例えば猪は喉を食い破られていた。九州にはクマはまずいないのに? 誰がどうやって?」
「……!」
「……警察はな。わかってないんだ。人間が、猪なんか素手で殺せると思ってない。だから、大型動物の死体に注意していない。でも……アイツは人間じゃない」
「なんと……」
背筋に冷たいものが流れる。
出杭憑き以上(、、、、、、)の可能性も……ある。いや、その可能性が高いだろう。
そうなると凹魔師では対抗できない。
「あんたが何者かはわからないが……奴を追うなら注意する事だ。調べた限り、奴は過干渉の母親のせいで相当に抑圧されて育ったらしい……。凶行が始まったのも母親が死んだ途端だ。タガが外れたんだろう。何をしてくるか全くわからんぞ」
「……ええ。わかりました」
関氏と連絡先を共有し、一旦別れる。
それから、上役に連絡を入れた。
上役は、斬魔師を要請するが、まだただの出杭憑きだけかもしれず、また相手の所在がわからないとなると申請が通るかは微妙だという。
斬魔師は全国に四人しかいないので、理解は出来るが……。
とりあえず調査を続行し、潜伏場所の特定すべしとの事だ。
一応、近隣の凹魔師は応援としてやって来る事になったものの、直接的支援というより、明石に逃げられないよう白黒市の周囲に網を張る役割となる。
正直な所、斬魔師を即座に呼んで欲しい。
明石が本当に人を捨てていた場合……我々の手には負えないからだ。
上役も鬼ではない。調査とは言うが、見つけたらすぐ逃げろ(、、、、、、、、、、)とも何度も繰り返した。
それ程までに危険なのだ。危険だが、誰かがやらねばならない。
私は、早くに両親を亡くした。
それからずっと育ててくれた組織には大きな恩がある。
やらないという選択肢はない。
しかし、確信にも近い予感がする。
不吉な……予感が。
そして、それは最悪の形で実現する事となる――
翌日。
ドンドンと家のドアを叩く音で目が覚める。
何が起きたのかと、パジャマのまま出てみると、そこには血相を変えた山田さんの顔があった。
「ああ良かった! 無事だったんだね!」
「……無事とは?」
「それがね! 近所で殺人事件があったんだよ!」
「殺人……!?」
全身が総毛立つ。
「一体、誰が……殺されて?」
正直に言えば、なんとなく……わかっていた。
「ほら! 聞き込みに来たって言う刑事さんだよ!」
……やはり、か……。
だとすれば……間違いなく犯人は明石……!
聞けば、死体は酷く争った跡があり、関さんは喉笛を食いちぎられて絶命していたという。
「いや、こんな殺され方……殺人じゃなくて、ツキノワグマなのかねえ……もう絶滅したはずだけど……」
「その……遺体はどこに?」
「それがねえ……そこのすぐ裏のあぜ道なんだよ」
「は!?」
思わず大きな声が漏れた。
山田さんが指した先は、私と関氏が別れてすぐの場所だったからだ。
関氏は宿に戻ると言っていた。
なら、その道すがら襲われたのだろう。
つまり、明石は……見ていたのではないだろうか。
私の事も――
「……っ!」
震えが走った。顔から血の気が引いていくのが自分でもわかる。
「あんた、大丈夫かい?」
「え、ええ。大丈夫です……」
「そうは見えないよ! あんた、一人暮らしだろう? 物騒だよ! あたしの所に来なさい!」
山田さんはその年齢からは想像も出来ないほどの力で引っ張ってくる。
「い、いえ。悪いです……」
「何が悪いもんかね! この件で柔道部の子らも親元に帰してるから、家は空いてる! 遠慮なんかするもんじゃないよ!」
そのパワーに押し切られる形で、私は山田丸へと連れて行かれるのだった。
だけど、その手の力強さが、今の私には……妙に心強く感じだ。
山田さんの家に下宿するという事で、店番をする事になった。
調査をしようにも物騒だから出るなとの事で、今は出れそうにない。下手に抜け出せば、警察を呼んでの大騒動になるだろう。
しばらくは様子見だ。
そうして店番をしていると、次から次に町内の人たちが来る。
「山ばあ大丈夫か」
「山ばあ元気か」
「山ばあ」「山ばあ」「山ばあ」
事件があったばかりのため、みんな山田さんを心配してやって来るのだ。
本当に慕われているのだろう。おじいさんおばあさんだけでなく、青年団などもやってくる。
誰しもが、子供の頃ここに通った思い出を持っているのだ。
町内のお袋……そんなイメージを持った。
気づけば、とても食べきれないだろう量の野菜や、漬物が土産として溜まっていた。
そんな中、山田さんが押し入れに用があると席を外した時、またあの丸坊主の子供がやって来た。
「なんか物騒みてえだけど、たづさんは不便してないか?」
「たづさん……? 山田さんの事?」
「そうだあ。田んぼに鶴で田鶴だ」
なるほど。
「うん、元気だよ」
「それならいいんだ」
「あ、それと、あのアケビ、私がもらったんだ。ありがとうね」
「そうか。旨かったか?」
「うん、初めて食べたけど、とっても」
「そらあ良かった。じゃあまたやる」
と、その子はソースせんべいを買うついでに、またアケビを置いて行った。
「貴方こそ大丈夫? 親御さんは? 外は危ないよ?」
「おらぁ心配いらね」
引き留める間もなく、少年は外に飛び出していった。
まるで風のような、早業だ。
入れ替わりに山田さんが戻って来る。
「ああ、山田さん、今また男の子がアケビを」
「なんだい山田さんたあ他人行儀だね。山ばあでいいよ!」
「あ、あのそれでは失礼……」
「なんが失礼なもんかね! 80(はっじゅう)すぎてばばあじゃないわけなかろうもん。いいね、山ばあって呼ぶんだよ!」
「は、はい……山ばあ」
「オッケイ!」
やはり凄いパワーだ……。
しかし、口に出してみて、おそろしくしっくり来た。
人徳というかなんというか……やはり凄いとしか言えない。
「ああ、それとアケビだっけ? また来たんだねえ」
「常連なんですか?」
「ああ、昔っからね。あたしの居ない時にいつも来るんだよ」
「昔……?」
言い回しが少し引っかかった。
私の昔と、山ばあのそれはまるで違うはずだからだ。
「あたしが嫁入りする前からのお客さんだからねえ」
「またまた」
「タケシさんは座敷童だか狐だろうって言ってたねえ。でもちゃんとお代置いて行くんだから偉いじゃあないか」
……ホラ話……だとは思うのだが。
何だろう。このリアリティは。
凹魔師とて一般から見ればオカルトだろうが、その我々でも妖怪の話は聞いた事がない。もちろん真鏡をかけても見えはしない。
「あ、それからたづさんは不便してないかって言ってましたよ」
「そうかいそうかい。あの子が話しかけてくるなんて、タケシさん以来だよ。あんた気に入られたのかもしれんねえ。しっかし、たづさんかい。くっくっ、そうあたしを呼ぶのもタケシさん以来だねえ」
山ばあは顔をくしゃくしゃにして笑った。
「そうそう、タケシさんで思い出した。これを持ってきたんだよ」
山ばあが、紺の布に包まれた長い棒を取り出した。
布の中から出てきたのは、木製の長い棒。
尖端がカーブしていて、ホッケーのスティックを引き延ばしたような見た目だ。
「これは?」
「薙刀だよ。あたしらが若い時分はみんな習ってたもんさ」
薙刀……もちろん知ってはいるが、テレビで見たものはもっと尖端に白い布のようなものを巻いていたように思うのだが、昔のものは完全に木製だったのか。より攻撃力が高そうだ。
「悪漢が現れても、あたしがこれで守ってやるからね!」
構えて胸を張る山ばあ。
気持ちは嬉しいが、流石に常人がどうこう出来る相手じゃない。
その機会が来る事が無いよう、心の中で祈った。
だが、私の祈りはいつも届かず、そして悪い予感ほどよく当たる。




