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2:出杭憑き

 まる一日、聞き込みをしてみたものの、これといって情報は得られなかった。

 道路に大規模な血痕があったのでまさか……と思ったのだが、猪のものだと言う。

 人に憑く前の出杭も、人に憑いてから杭として表出しても、肉眼では見えない。

 記録では、真眼上人(しんがんしょうにん)なる法師をはじめ、数人の肉眼で出杭を見破る事が出来た者もいるというが、確証はない。正直、個人的にはそれらのほとんどが眉唾だと思っている。

 一方、凹魔師は()(がね)と呼ばれる眼鏡を使う。

 牛乳瓶の底のような丸眼鏡だが、それで世界を覗くと水中を見るような具合で、出杭はそこに漂う黒い煙のように見えるのだ。

 出杭もその力を増すと、足跡にまでしばらく黒い煙が見えるほどになる。

 それを追って行くのが常道だ。

 人の悪意が吹きだまって生まれるのが出杭であり、出杭憑きの足取りの他に自然発生の出杭による黒煙があるから区別は難しい。

 だが田舎は人口が少なくそもそもの発生数が少ないうえ、人に憑かないと出杭はやがて大地に還るために、追いやすい。逆に都会のコンクリートやアスファルトは出杭を吸わないので非常に足取りが掴みにくいのだ。

 東京で事件を起こし逃げた明石の足取りが、地方へ逃げて来てから見つかり始めたのはそのせいだ。

 O県或いは隣のF県に潜伏している可能性が高い。

 が、前述のように、私の担当するこの白黒市は元より可能性としては低く、やはりここには居ないのではないかと思われる。

 いくら探してみても形跡らしきものは見つからない。山中を移動しているのかもしれないが、土地勘もないうちにそういった場所を調べるのは危険だ。町の中が終わってからでいい。

 陽も暮れ始めたので、帰路についた。

「うう……おなかすいた……」

 夢中で聞き取りをしているうち、昼食すらとり損ねていることに、今さらながら気付いた。

 作るのも面倒なので、いつも通りコンビニでご飯を買うとしよう。

「いつも……通り?」

 下宿のそばまで来たが、周りを見渡せどコンビニ……見当たらず。

 民家は建ち並んでいるが住宅地というほどでもなく……。

 国道沿いにはある――都会では考えられないほど駐車場が広大――のだが、下宿からはかなり離れている。

「……参ったな」

 今さらコンビニまで歩いていくのも面倒だ。

 諦めて家に戻ろうとしたら、まだ山田丸が開いていた。

 この際、駄菓子でも良いからお腹に入れよう。

 実は、まだ一度も入った事はない。

 足を踏み入れると、きな粉やニッキの匂いが入り混じった空気が鼻をついた。

 不思議と嫌ではない。

 中はさほど大きくはないが、その店内をびっしりと駄菓子やおもちゃが埋め尽くしていた。

 くじなのか何なのか、昭和のアイドルが印刷された紙が吊るされ、月光仮面のカイトが天井から垂れている。

 ベーゴマやビー玉、スーパーボールも本当に売っている。少し感動した。

 鉛製の2センチほどのガンダムらしき何かがお菓子の空き箱にたくさん入っていた。10円。

 原色丸出しで食べただけで糖尿病になりそうな、得体の知れないジュースや、駄菓子の中に混ざって売られている大根の漬物……。

 本当にここは現代日本なのか自信が無くなる。

 二階建てなのだが、一階の半分が店、奥は店主の生活スペースになっていた。その(ふすま)は全開であり、もう仕切りを気にしていないのが丸出しだ。

 肝心の店主の姿はない。

 ないけど開いている。

 防犯とかそういう概念がないのか。

 と、そこに小学校低学年とおぼしき少年が入って来た。

 丸坊主に半そで短パン、ゲタを履いているその姿は、大昔の漫画にしか出てこないような風体だ。

 流石にここが田舎と言っても、ここまでのステレオタイプな子供は珍しいと思う。

 そんな昭和感漂う少年は、一心にベーゴマを選別している。

 やがて、満足いく品に出会えたのか、レジに向かって行く。

 店主不在に気付いていないのだろうか?

「ねえ、店主は留守のようだよ」

 声をかけてみると、少年はにっこり笑った。

「大丈夫大丈夫」

 そのままレジに百円玉を置いてそのまま出て行った。

 ついでなのか、クラブサンドのような見た目の紫の果実を置いていく。

 その手なれた動きから見て、常連なのだろう。

「……おや?」

 少年と入れ替わりに、山田さんが戻って来た。

「……こんばんわ」

「はいこんばんわ。挨拶が出来るのはいい子だねえ。ありゃ?」

 レジの上の果実に気付く。

「アケビじゃないかい」

 どうやらあの果実はアケビというらしい。

 名前は聞いた事があるが、実物を見るのは初めてだ。

「丸坊主の男の子が、ベーゴマの代金と一緒に置いて行きましたよ」

「おやおや、久しぶりだねえ」

 懐かしそうに目を細め、それからアケビを差し出した。

「ほれ、お食べ」

「い、いえ。悪いですよ」

「遠慮なんかするもんじゃないよいい若いのが」

 有無を言わさず押しつけられる。

「そ、その……どうやって食べれば?」

「あれまあ、アケビを知らんかね? 中の白い所を食べるんだよ」

「中の……」

 紫の外皮の中央が裂けており、中に白い房が見え、タピオカのような黒い粒が透けていた。

 勇気を出してかぶりついてみると……。

「あっ、おいしい……」

 ココナッツミルクにもどこか似た、自然で濃厚な甘さがにじんで来る。

 種は多くて少し邪魔だったが、初めての味わいの前には気にならない。

 すきっ腹に沁みていく。

 と、同時に、お腹がぐぅとなった。

「なんね? あんた晩御飯は食べとらんと?」

「え、ええ。なので、お菓子を買って行こうかと」

「バカたれ! ご飯食べないでお菓子なんか食べるやつがあるかい!」

 駄菓子屋の店主がお菓子なんかとは凄い言いようだが、反論できるオーラではない。

「早よ上がり!」

「え?」

「カレーがあるから食べな!」

「いや、でも……」

「早よ食べにゃ、柔道部の子たちが帰ってきて全部食べちまうよ!」

 そのまま有無を言わさず、店の奥の生活スペースに通され、気付けばご相伴に与っていた。

 何というか、凄いエネルギーを持った人だ。

 ご飯の間も、ずっと喋っていた。

 話の大半は、早くに亡くした旦那さんの話。

 何でも山田さんよりだいぶ年上だったそうで、第二次世界大戦に兵隊として参加したとか。

 示現(じげん)流の達人で、軍刀一本で戦火を潜り抜けたらしい。

 一人で敵の基地を爆破したとか、沈没した戦艦から負傷した友人を背負って20キロ泳いで生還したとか、エピソードは誇張しすぎな気もするが。

 そのうち、柔道部の一団が帰って来た。

「山ばあただいまー!」

「チャース!!」

 彼らの数が、明らかに増えていた。

 制服が全く違う。

「練習試合に来てた北高の奴らも連れて来た! いいやろ?」

「構わん構わん。そげな事より、早よ手を洗いな!」

 全く動じていないのが凄い。

 柔道部員たちはワーワー言いながら、裏の手洗い場まで向かって行った。

 その背に山田さんが声をかける。

「そうだ! 二階のどこでも屋根でも寝て構わんけど、裏の柿の木は登っちゃならんぞ! 天狗様ん腰かけやけんな!」

「わかってるよー!」

 そういえば、ここの裏には鶏小屋と、大きな柿の木があった。

「天狗……?」

「ああ、柿の木の枝が大きく座れるような見た目でね……子供の頃に偉い坊さんから、あそこは天狗様が座っとるから登っちゃいかんよ、と言われてね。実際にゃ、柿の木は折れやすいからそう言って遠まわしに注意したんだろうけどね」

 なるほど。上手い教え方だ。

 登るなと言われれば登りそうだが、バチが当たりそうな事しないものだ。

 窓から覗いてみると、確かに座りやすそうな枝ぶりだった。

「……ん?」

 一瞬、小柄な陰が座っているように見えた。

 ……が、すぐに消える。

 気になったので真鏡で見てみたが、何も映っていない。

 やはり見間違いだったのだろう。

 まさか本当に天狗がいるとも思えない。

 ただ、凹魔師の上役の話によれば、日本的な意味で言う「神」に類するものは実在するという。

 悪意で出杭が生まれるように、それ以外の感情でも理論上は生み出されるものがあるはずなのだ。それは感情が集まって形成された力の場のようなもの。人々の信仰によって形作られた器に、力が注がれて生まれるとか。

 とはいえ、あまりに高次な存在なので見る事は出来ず、自然現象のように純粋すぎる存在ゆえに具体的な干渉をしてくる事も稀だという。

 もしかしたら、長年「天狗が居る」と言われ続けて来たあの柿の木に、本当に神が生まれたのかも知れない。

 ……実際には見間違いだろうが。

 神社でもないのに、そんな高次の存在が現れるなど有り得ない。他の感情は悪意のように淀んで溜まる事がないために、よほど信仰を集める場所でもなければ、まず結実しない。

「この辺で天狗信仰は盛んなんですか?」

「いんや。そうでもないよ。ただ、あっちの田んぼの先の山は天狗山って言うんだよ。あそこは天狗様の持ち物だから狩りも山菜取りもしちゃならんとも教わったね。だからきっとあそこからたまに遊びに来てるんだろうよ」

 からからと山ばあは笑う。

 興味深いがそれよりも仕事もあるし、何より柔道部がなだれ込んで来る前に、店を後にせねばならない。

 というわけで店を出たのだが、朝食べろと言われ、ばら寿司を桶一杯渡された。

 こんなに食べれないとか、そういう言葉は山田さんに通用しない。

 結局、何一つ買い物もしていないのに、晩御飯から明日の朝食まで貰ってしまったわけだ。

 ……申し訳ないし、また明日にでも買い物に寄るとしよう。

 家に戻り、ばら寿司を冷蔵庫に入れて一休み。

 二階の寝室に向かい、ベッドに倒れこむ。

 理由はわからないが、胸の中がなんとなく温かい。

 自分が世間ずれしているのは知っている。

 だからきっと、普通の生活というものを味わっての感慨なのだろう。

 ……いや、あれは普通ではないのか?

 わからない。

 遠くで犬の遠吠えが聞こえる。

 窓を見ると、満月が出ていた。

 その光は、神秘的なまでに美しく、気がつくと窓から顔を出してまで月を見ていた。。

 きっと、都会より夜が濃いので、これほど綺麗に見えるのだろう。

 ふと、視線を下に落とすと、月明かりの下にふらふらと歩く男の姿が見えた。

 初夏も近いこの時期にしては、不釣り合いなロングコート。

 酔って千鳥足というより、どこかを痛めているようにも見える。

 見ているだけで眉間にペンを近づけた時のような、妙な圧迫感を首筋の裏に覚えた。

 これは――

「出杭憑き……!」

 真鏡をかけてみれば一目瞭然。

 男には黒い煙が巻きついており、その胸には杭までもが見えた。

 急いで冷蔵庫からペットボトルを取り出す。

 中身は清らかな水。

 逆さにすると水があふれだすが、そのまま水が形を変え中空でハンマーとなる。

 これこそ、水槌(あかつち)

 由緒正しき凹魔師の武器!

 水槌を手に、窓から躍り出る。

 二階程度の高さなら何の問題もない。

 熱病にうなされたようにあぜ道を進む男を追う。

「……!」

 不意打ちを浴びせるより早く、男がこちらに気付く。

 黒い煙に包まれた男は、まともに表情すら伺う事も出来ないが、敵意の瞳だけはわかる。

 本能的にこちらを敵と認識したか。

 その煙を腕に巻きつかせて、警棒のような形に変えて武器と成す。

 打ち合うのは得策ではないな……。

 大人の体格で打ち込まれれば不利。

「RRRRRRR!!」

 正気を失っていると思しき叫びを放ち、警棒を振り回しながら迫る。

 真鏡をはめたままの戦いは、慣れが必要だ。

 これをかけないと相手の攻撃が見えないし、かけると水中のように視界が歪む。

 あまりギリギリの見切りをすべきではない。

 後ろに跳ねて間合いを取っていく。

 隙を見計らい、大振りの攻撃をかいくぐり、そのまま水槌でスネを叩く。

 瞬間、足を覆う黒煙が爆ぜ散った。

「GGG!!」

 痛みに相手の動きが一瞬止まる。

「はっ!」

 真下から水槌を跳ね上げ、顎を打つ。

 黒い煙が顔面から吹き飛んだ。

 そして――

「え!?」

 私の動きが止まった一瞬に、男が首を掴んできた。

「う……ぐ……」

 片手というのに凄い力で首が締まる。

 血管が抑えつけられ、意識が飛びそうになる。

 油断……!

 これは……まず……い。

「ぐ……」

「UUUU……」

 しかし、その時、不意にその手が緩んだ。

「……かはっ!」

 腕が放され、あぜ道に尻から落ちる。

 頭を押さえて呻く男。

 何にせよ、この好機を逃すバカはない。

「はあっ!」

 その胸の杭目がけ、サイドスローの要領で水槌を叩き込む。

「GAAAAAAAAAAAAA……ああああああっ!!」

 杭は胸の中奥深くに打ち込まれ、同時に全身を覆った黒い煙が吹き飛んだ。

 これで「鎮め」は完了。

 『杭』は『悔い』。

 それが表出しているのが出杭憑き。

 自分から悔いを捨て去りたくて、しかしそれが出来ないから杭として突き刺さるのだ。

 『鎮め』は『沈め』。

 凹魔師はそれを叩き込み、本人に還して浄化する。

 後悔を認められなければ、決して人は先に進めない。

 我々がやるのはその手助けに過ぎないのだ。

「う……う……」

 男が正気を取り戻し、顔を上げた。

 まず、聞かなければならない事がある。

「貴方は誰ですか?」

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