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1:山ばあ

「えいほ! えいほ!」

「コッケコッコー!!」

 ……。

 寝覚めは最悪だ。

 まだ初夏にもなっていないし、空気は涼しいくらい。

 白黒市に組織から用意された下宿も、別段不満はない。

 むしろ木造二階建ては一人で住むには広すぎるのが欠点と言えるが、せいぜいそのくらいだ。

 しかし、向かいにある商店が問題だった。

 駄菓子屋山田丸。

 時代から取り残されたのではないかというほど、漫画にしか出てこないような古い佇まいの店だ。

「ヨッシャー! 気合い入れてくぞー!」

「ウス!」

「えいほ! えいほ!」

 まだ6時にもなっていないというのに、その駄菓子屋の方から野太い男たちの声がしている。

「コッケコッコー!!」

 おまけにそれにつられたのか、駄菓子屋の裏で飼われているらしい鶏が鳴いていた。

 都市部に居た頃には、8時近くまで寝ていたものだが、ここでそれは不可能なようだ。

 仕方ないので顔を洗い、外に出てみる。

 どうやら、駄菓子屋から次々と柔道着の集団が出てきて、ジョギングを始めたらしい。

「お早う!」

「!?」

 突如大声で挨拶されて心臓が大きく跳ねた。

「……おはようございます」

 この早朝からエネルギー溢れる声を発した主は、140センチほどの小柄な老婆だった。

 彼女は、向かいの駄菓子屋山田丸の主・山田さんである。

 白髪に割烹着、太り気味の容姿は、ステレオタイプなまでに駄菓子屋のおばあちゃんと言えるだろう。

「どうかい? もう慣れたかい?」

「あの……いえ、昨日来たばかりですし……」

 昨日、引っ越しを終えると同時に向かいから現れ、食べきれないほどの野菜を差し入れられたものだ。

「なんだい、いい若いもんが元気が足りないよ!」

 背中をばしばしと叩いてくる。

「そうだ! ちょっと待っといで!」

 山田さんはカランコロンと下駄を鳴らしながら駄菓子屋に戻っていく。

 そのテンションに、私はついていけず、ただ茫然とするばかり。

 やがて、タッパーに詰められた何かを持って戻って来た。

 妙に甘ったるい臭いが辺りにたちこめるそれを、否応なしに渡される。

「……これは?」

「カリンの蜂蜜漬けだよ! これで元気が出るからね! しょいしょい食べ!」

 しょいしょいって何だ。

「あの……昨日もらった野菜もまだたくさん残って……」

「いいからいいから! 大きゅうなれんぞ!」

 とんでもないバイタリティ。

 これまで一度も出会った事が無いタイプの人だ……。

「あ、ありがとうございます……」

 と、そこに柔道着の集団が戻って来た。

 近くを走って一周してきたらしい。汗だくで息も荒い。

「山ばあ! ただいま!」

「はいおかえり!」

「それじゃ、このまま学校行ってくる!」

「行ってらっしゃい! 帰ったらカレーだよ!」

 カレー! カレー! と歓声が上がる。

 そして、えいほえいほと柔道着集団は走り去った。

「……お孫さんですか?」

「あんなたくさん孫がおるもんかね。近所の高校の柔道部さね」

「ではなぜ、店に?」

「学校に近いから」

「は?」

「朝練に行くのにウチの方が近いからこの時期はウチに泊まってるんだよ!」

「民宿もやってるのですか?」

「そげに上等なもんかね! 好きに泊まって好きに帰るだけさ!」

 かっかっかっと笑う。

 全く理解できない。

 家族でもない学生を、商売でもなくあんなにたくさん泊めるというのはどういう事だろう。

「あんたも学校は?」

「私は……もう働いておりますので」

 凹魔師と公言できないが、十五で学校に行っていないというと大抵不審がられるものだ。

 女である分、余計に心配される。

 これがなかなか説明が面倒で厄介なのだが……。

「そうかい! 若いのに偉いねえ! あたしなんか小卒だよ!」

 山田さんは全く気にしていない。

 中学が義務教育の時代ではないとすると、戦中組だろうか。

 ならば、80は超えているだろうが、その元気さは年齢を全く感じさせない。

 いや、そんな事より。

 完全にペースを乱されてしまったが、そもそも私は任務でここにいるのだ。

 今日から調査を進めないといけない。

「……つかぬことを伺いますが、最近何か変わった事はありませんか?」

「なーんも変わらんよ。毎日おんなじ。ありがたいことだよ」

 早々すぐに情報は手に入らないか。

 出杭憑きは、特殊なレンズを通さねばその杭は見えない。

 ただ、凶暴性が増すので事件は起こしやすくなる。

 噂話は重要な情報源だ。

「そうですか。では……」

「あ! そういえば、2、3日前に同じような事聞かれたねえ」

 どういう事だ?

 凹魔師がここに複数派遣されたという話は聞かない。

「誰から聞かれたんです?」

「刑事って名乗ってたねえ。白髪混じりのオッチャンだったよ」

「刑事……」

 なるほど……。

 凹魔師と警察は、上層部はコネクションがあるようだが、私たち末端にはまるでない。

 情報の共有は不可能だ。

 出杭の公表は極めて危険な為、古来より秘されている。

 明治の昔、実験的にある一つの地区に限定して公表したところ、住人の大半が出杭憑きとなるという最悪の事故を巻き起こした。

 人は、他人に責を転じられるならどんな非道も出来る生き物。

 ごく平凡な役人が指導者の命令で大量殺戮に加担するように。

 『出杭のせい』と考えてしまえば、悪行も正当化される。

 出杭はあくまで自身の悪意に憑くもの。

 憑かれたならば、それは本人の責なのだが、往々にして人はそう考えない。

 むしろ、過去の悪行を正当化するため、自ら出杭を求める者まで出たという。

 宗教改革前の免罪符と同じだ。

「そうそう、写真を見せてさ、この男見なかったかって言われたんだよ」

「これですか?」

 私も懐から写真を出す。

「そう、それだよ! なんだい、アンタも刑事かい?」

「いえ……まぁ、似たようなものです。それで、この人を見た事は?」

「ああ、あるさ」

「!?」

「駐在さんのとこに貼ってあるポスターでね」

「……」

 膝から力が抜ける。

 天然のフェイントだろうか。

「指名手配されている男だろう? でも実物は見た事ないねえ」

「そう……ですか」

 山田さんの言葉通り、写っているのは指名手配犯だ。

 明石恭太郎という名の連続殺人犯。

 現代日本では極めて稀な連続殺人鬼だ。

 マスコミは、その特異な殺害方法から彼を吸血鬼と呼んでいる。

 彼の殺人には共通点があり、必ず首を切り、かつどうやらその血を飲んでいるらしい。

 現在分かっているだけでも四人を殺害しており、逃亡を続けている。

 年齢は二十四、体格は痩身で、その殺人以外の犯罪歴無し。

 動機も不明で、子供からお年寄りまで殺害している。

 更に、殺害した内の一人は警官であり、その事から警視庁も全国的に大規模な捜査を行っているものの、手掛かりはない。

 普通、あれほど狂気的な犯罪を犯す人間なら、冷静な行動を取れずに手がかりを残すものだが、この男は、証拠こそ残せど足取りは残さない。警察の捜査網を潜り抜けて逃げ回っているのだ。

 だが、凹魔師には情報が入っている。

 これは明石が出杭憑きである事がわかっており、その痕跡を辿る事が出来たためだ。

 とはいえ、痕跡は僅かであり、行き先も複数考えられた。

 そこで、明石がいる可能性がある場所へ凹魔師をそれぞれ割り振られたのだ。

 明石はあまりの異常性から、極めて強力な出杭憑きの可能性があり、もし私が遭遇したら交戦は絶対に避けるように言われている。

 私の担当する事になったここは、潜伏の可能性は低い。

 だが、妙な胸騒ぎが消えなかった。

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