第1話 嬉しくない出会い P.7
外は気持ちのいい青空に、涼しくて過ごしやすい気候だった。
健斗は麗奈を連れて、家を出た。せっかくこいつから離れるために家を出るつもりだったのに……結局こいつが近くにいる。
いちいち脅してくる母さんと、これから町を案内されることを嬉しそうにしている麗奈に苛立ちを覚えていた。
健斗は自転車を押し、塀の外まで出た。麗奈もそのあとについてくる。
「……自転車で行くの?」
大森麗奈が戸惑いながら訊いてきた。健斗はゆっくりと頷いた。ちゃんと説明してやらないとな……あとで母さんに説教喰らうのはゴメンだ。
「一応バスはあるけど……一々金かけるのもったいないし。でも歩くと1時間半くらいかかるから……チャリでいけば、三十分くらいか……そんくらいで街まで出れるんで……」
健斗はそう言うと、自転車に乗った。
「もう1台、裏にあるから持ってきてください。」
健斗がそう促すと、麗奈はきょとんとした表情を浮かべた
「私……こげないんだけど」
「……はっ?」
我が耳を疑った……
自転車を……
「自転車乗れないんだよね……」
健斗はきょとんとして大森麗奈を見ていた。自転車に乗れない?
「……まったく?」
「うん」
そんなぁ……
健斗は愕然とした。じゃあどうやって街まで出る?歩いていくなんて時間がスゲーかかってしまう。
かと言って、父さんに車を出してもらうわけにはいかないし……
ということは……まさか……
「わぁ~♪気持ちぃ~♪」
大森麗奈が楽しそうに、喜んでいた。健斗は不機嫌そうに自転車をこいでいる。
大森麗奈が自転車をこげないということは、健斗の自転車に麗奈を後ろに乗せて行くしか仕方がない。何でこんなことになってるんだろう?
まさか2ケツだなんて……
まるで……
「まるで私たち付き合ってるみたいだね♪」
「なっ!じゃかしい!変なこという……いわないでくださいっ!」
健斗は顔を赤らめて怒鳴った。しかし麗奈は可笑しそうにクスクスと笑っていた。
「冗談だよぅ~♪」
そう言って笑う麗奈を見て、健斗は憂鬱そうにため息を吐いた。まさか、自転車に乗れないだなんて……考えもしなかった。東京者は自転車にも乗れないのか?本当に良い迷惑だ。
麗奈が自転車に乗れないということで一つ大変なことが分かった。麗奈を乗せて行くのは今日だけじゃないということ。
これから毎日、しかも麗奈がどこかに行く度に、健斗は麗奈を送り迎えしないといけないということだった。
学校や遊びに行くとき必ず……つまりそれは、常に麗奈に振り回されることになるのだ……
マジでありえない。どうしてこいつに振り回されないといけない?頭がおかしくなりそうだった。
苛立ちが込み上げてきた。しかも……誰か知ってるやつに見られたら、麗奈と付き合ってるかのように見られるじゃんか……なのにだ。こいつは呑気に鼻歌を歌っている……
気持ち良さそうに、足をブラブラさせて……
オレンジ色の夕焼けに染まる横顔を見せていた。
「呑気なやつ……」
健斗は愚痴をこぼすように麗奈にそう言った。すると麗奈は町の景色から健斗の方へと視線を向けた。
「何か言った?」
「別に……何でもないです。」
「……あの……ずっと思ってたんだけど……何でずっと敬語なの?」
麗奈がそういうと健斗はチラリと後ろを振り返って麗奈を見た。
「何でって……あんたと俺はそこまで仲良くないし……赤の他人だから。」
「……でも、同い年だよ?同い年なんだからさぁ、敬語使われると何か違和感感じるんだよねぇ?」
「俺はそうでもないけど……つーか足をブラブラするの止めてくれません?バランスが取りにくいです。」
「あ、ゴメン。ほら、また敬語。も~?じゃあっ……敬語禁止令を発布しますっ!」
「……じゃあ敬語禁止令の解禁令を発布いたします。」
「むっ!じゃあ敬語禁止令の解禁令の禁止令を発布いたしますっ!」
「それじゃあ敬語禁止令の解禁令の禁止令の解禁令を発布いたします。」
「だったら敬語禁止令の解禁令の禁止令の解禁令の禁止令を発布いたしますっ!」
「それでは敬語禁止令の解禁令の禁止令の解禁令の禁止令の解禁令を発布いたします。」
「だったら、だったら敬語禁止令の解禁令の禁止令の――」
「もういいわっ!」
健斗が永久に続きそうなこの無限ループを食い止めるために、思わずそう麗奈に突っ込んだ。突っ込まれた麗奈は突然吹き出してケタケタと笑い始めた。
思わず突っ込んでしまった健斗ははっと我に返り、顔を赤くして前を向いた。いかん、いかん……思わずペースにつられてしまった。
「アッハッハッハ♪今の突っ込み面白ーい♪」
「……よかったな……」
「アハハ♪もう、とにかくっ!私に敬語使ったらダメだからね?使ったら罰金一千万円~」
子供かっ!
と思わずまた突っ込みそうになったのだが、寸前のところでこらえた。
これ以上そういう言い合いをしていると、何だか距離が縮まってしまうような気がした。
「……分かったよ……」
健斗がそうつぶやくと麗奈は満足気に頷いた。
「あっ、あと、私のことは名前で呼んでくれて構わないからね?」
「分かった……大森……」
「あ、ほらぁっ!名前で呼んでってばぁっ!」
すると麗奈は不服そうに体を揺らし始めた。健斗はそのバランスを上手く保とうと必死にハンドルを操った。
「おいっ!ちょっ……動くなって!」
「だって~!……あ、分かったぁっ!」
突然麗奈がニヤニヤと笑ってそう言った。
「……健斗くんって……結構奥手なタイプ?」
「……いきなり何?」
麗奈は微笑みながら言った。
「何か、そんな気がする。女の子苦手でしょ?」
「お前みたいなやつは特に苦手だよ。」
健斗がそう答えると、麗奈はクスクスと笑った。
「アハハ♪何それ~?」
別に健斗は奥手ではない……いやそんなことは言えないな。確かに麗奈の言うとおり、かなり奥手かもしれない。
女の子に話しかけられたりすると緊張してしまう。表には出さないけど。
でもそれはみんなそうなんじゃないのだろうか?それよりも、女の子よりも、俺はこの大森麗奈がかなり苦手だ。それだけははっきりと言えた。
「健斗くんって面白いね」
「そりゃどうも。つーか足をブラブラさせんな。さっきも言ったけどバランスが取りにくい」
健斗は街へ続く道を、ゆっくりとこいでいった。