第1話 嬉しくない出会い P.6
健斗は昼飯を食べ終わり、歯を磨いたあと、また自分の部屋へと戻っていった。時計を見ると、昼の一時をちょっと過ぎていた。
何か……日曜日なのにすごく疲れた……これもそれも、全部あの大森麗奈のせいだ。あいつがこの家にいるからゆっくり休めないのだ。
だからさっさと家を出て、しばらくの間独りになろう。麗奈も今は下で母さんや父さんと談笑しているはずだった。
しかし健斗にはそのまえにやるべきことがある。それは昨日の途中だった部屋の掃除だ。昨日は眠気に負けて雑誌だの何やらは全てそのままだが、今の時間を使ってその続きをやろうと考えた。
健斗は袖をまくり、さっそくその活動に取り組んだ。まず、いらないものといるものを分けて……
普段から掃除に慣れているためか、ものの三十分もかからずに部屋の掃除を終えた。雑誌などは全て棚にきちんと並べ、教科書類やベッドのシーツ、ゴミなどもきちんと整理整頓をした。
こんなものだろうか……と思いながら健斗が一息ついた瞬間……
「健斗くん。」
後ろから再び声をかけられた。聞きたくもない声だったが、健斗はゆっくりと振り返る。するとそこにはやはり麗奈が立っていた。健斗の部屋にまた勝手に入ってきて、健斗の部屋を見渡した。
「あれ?さっきより綺麗になったね?」
「……掃除したんです。それより何か?」
健斗がうんざりするように尋ねた。すると麗奈はゆっくりと頷いてみせた。
「うん。あのね、これから暇?」
健斗はそう聞かれて少しの間黙り込んだ。暇かどうかと聞かれるということは何かしら面倒なことを押し付けられるに決まっている。
「いえ。僕はこれから外出するんで。決して暇ではないっす。」
「だったらちょうど良かった♪」
「……は?」
面倒事を避けるつもりでそう言ったつもりだったが、麗奈はむしろ都合が良いというように健斗に言ってきた。
「これから外に行くんでしょ?それだったらついでに、この町を案内してもらおうかなって思ってたの。」
しまった……
健斗は心の中でそう呟いた。まさかそう来るとは誤算だった。迂闊に外に出ると言った以上、ついでに麗奈もという流れになりかねなかった。
「いや、あの……俺今日は本当に忙しいんで……案内とかそういうのは……」
「え~?だって外行くんでしょ?だったらついでに私も連れて行ってよ。」
「いやその……あ、父さんとかに頼んだらどうっすか?父さんなら暇だし、この町のことよく知ってるし……」
「え~?でもお母さんが健斗くんに案内してもらいなさいって。」
「か、母さんが?……はっ!」
健斗は声にならない声を上げた。不思議そうに首を傾げて健斗を見つめる麗奈の奥に、その姿がはっきりと容認できた。健斗の部屋のドアの辺りに、母さんの顔が半分覗かれていた。ものすごい怒った顔で健斗を見つめている。健斗は冷や汗が流れるのを感じた。
「……健斗くん?」
「は、はい?あ、あぁ……そ、そうっすね。じゃあせっかく何で案内します……いえ、させてくださいっ!」
健斗が心にもない言葉を口にすると、麗奈は一気に嬉しそうな表情を浮かべた。
「本当にっ?やったぁっ!ありがとうっ!」
麗奈は嬉しそうに笑ってぴょんぴょんとうさぎのように跳ねた。健斗は口元で作り笑いを見せたが、目の先には母さんの姿を捉えていた。母さんはそれを聞くと満足そうにニヤリと笑うとそれからすっと身を引いて去っていった。
健斗はその緊張から解放されて安心したかのように大きくため息を吐いた。そして、嬉しそうにはしゃいでいる麗奈を見つめて……どこか憂鬱な気分に浸っていた。
「あっ!そうそう、あとね。お母さんが健斗くんと私に買い物を頼んできたの。」
「……買い物?」
「うん。何か商店街までついでに行ってきて……ほら、このメモの中に書いてあるやつを買ってきてだって。」
商店街の方か……
健斗はそう呟きながら、麗奈から一枚のメモ用紙を受け取った。確かに麗奈をどうせ連れていくのなら、そっちの方まで連れて行く必要があるだろう。
「じゃあ……すぐに出るから。支度してきてください。」
「は~い♪」
麗奈はご機嫌そうに返事をすると、健斗に背を向けて部屋を去っていた。そういう健斗も準備をしなくてはならない。
健斗はため息をついて、面倒くさそうに頭を掻きながら下の階へと降りていった。