第1話 嬉しくない出会い P.5
健斗は二階に上がり、自分の部屋へと入っていった。そして、ドアを勢いよく閉めてベッドに寝転んだ。
正直気にくわない。大森麗奈……いきなりやって来て、人のことをバカにして……この家に打ち解け込んでくるのが。
ちょっとは遠慮したり、気を遣ったりする仕草を見せて欲しいものだ。
健斗は不機嫌そうに立ち上がり、机の中から音楽プレーヤーを取り出した。
こんなときは音楽でも聞いてリフレッシュしよう、と耳にイヤホンをかけてまたベッドに寝転んだ。
最近自分の中でも、世間的にも流行っている「AKB48」の曲を聞いていた。
「会いたかった~♪会いたかった~♪会いたかった~♪Yes!君に~♪」
会いたくない人に会ってしまったのだから、この曲は今の気分には不向きだ。健斗はそう考えて、イヤホンを耳から外した。
それにしても、自分はちゃんとあの変なやつと暮らしていけるのか?ストレスがたまりにたまって、いつか爆発しそうな気がする。
何せ今でもすでにスッゴクいらいらするから……
健斗は少し心を落ち着かせようと思ってゆっくりと目を閉じた。そして再びイヤホンを耳につける。すでにサビの部分に入っていた。
好きならば好きだと言おう。誤魔化さずに素直になろう~♪
ああいう可愛い子たちに言われても、妙に納得がいかない。あんなに可愛いければ、そりゃ誰にだって「好きっ!」って言えるだろう。
何だか矛盾してるな……そんなことを思いながら、ぱっちりと眼を開いた。するとだった。目の前に麗奈の笑顔があった。
「うわぁっ!」
健斗はびっくりしてすぐに起き上がった。心臓が飛び出るかと思った。しかし、麗奈はクスクスと可笑しそうに笑っている。
「これでお相子だねェ♪」
「は?」
「だって、健斗くんも私の寝顔見たでしょ~?私も健斗くんの寝顔を見れたから満足♪」
健斗はポカンと麗奈のことを見つめた。何が可笑しいのか、何を言ってるのか……全然分からない。
「べ、別に寝てないし。というか……あの、勝手に人の部屋入らないでくれませんか?」
健斗が不服そうにそう言うが、麗奈はまったく健斗のことなんか気にしない様子で部屋を見渡していた。
「ふぅ~ん……いいなぁ健斗くん。ずっとこの部屋使ってるんでしょ?」
「君もすぐに同じような部屋を使えますよ。分かったらさっさとこの部屋から出て――」
「でも結構散らかってるんだね~?」
「掃除中なんです。早く出て――」
「ん~?」
と言いながら、麗奈は山積みになった雑誌の前でしゃがんだ。健斗は何をしてるんだろうと思い麗奈を見つめる。
「ムムム……ここが怪しいですな……」
「……何が?」
大森麗奈は健斗の方を向いて、ニヤニヤと笑いながら怪しい眼をしていた。
「この山積みの雑誌の中に、エッチな本があったりしてぇ~……?」
「バッ……なっ……そんなもんねぇよっ!」
健斗は顔を赤くして叫ぶように言った。いきなりとんでもないことを言いやがる……しかし、大森麗奈はフフフっと笑っている。
「隠さなくってもいいのにぃ~♪」
「隠してねぇよっ!俺はそんな男じゃねえ!つーか早く出てけよ――」
「ん?」
麗奈は机の下においてある、奇妙な箱に手を触れた。
ゆっくりとそれを開けると、中には何かが……それは、多分靴だ。ただの靴じゃないとは思うけど……サッカーのスパイクだった。まだ新しそうだが、少し傷や汚れが付着している。
「これ、サッカーのスパイク?どうしてこんなことろに閉まってる――」
「それにさわるなっ!」
健斗が今までにない怒鳴り声をあげた。すると、さすがにその異様な怒り具合に麗奈は驚いたのか、それに従ってゆっくりとスパイクを元に戻した。
健斗は麗奈をにらみつけていたが、ふっと我に返ってきょとんとしている麗奈を見た。深くため息をついて気持ちを落ち着かせる。
「……それ……大事なものなんです。だから勝手に触らないでください。」
「ご、ごめん。」
麗奈は小さく頭を下げた。少し空気が重くなったことに健斗は気がついた。決まり悪そうに健斗は頭を掻くと、ため息を吐いてベッドに寝ころんだ。
「……あぁ~!」
「今度は何っ?」
大森麗奈は健斗の机の横に置いてあるギターに興味を持ったのか、ギターの前に座りこんだ。
「健斗くんギター弾けるの?」
「……だったら?」
大森麗奈は手を合わせて、目を輝かせて、頬を赤く染めてなんとなく興奮しているようだった。
「すごーい。ねぇ、何か弾いてみてよ?」
「……誰に?」
「もちろん私♪」
そう言うと思った。
「……丁重にお断りさせていただきます。」
健斗はそう言うと、興味なさそうに麗奈から視線を外し、また寝転んだ。すると麗奈は健斗に近づいてきた。
「え~?何で何で?どうして?」
「………」
「恥ずかしいから?下手だから?ねぇどうしてっ?」
「………」
「もしかして……本当はまだ弾けないとか?」
「もうじゃかしいっ!ちゃんと弾るってーのっ!」
「え~?じゃあなんで弾いてくんないの?」
「……俺は好きな人にしか弾いてあげない主義なんです。」
と適当なことを言って、麗奈をあしらう。健斗はまた横にゴロンとなった
まったく……本当に口のうるさい女だ。黙ってれば可愛いのに……
「……好きな人にしか弾いてあげないの?」
麗奈がそう訊いてきた。別にそういうわけじゃない……そんなかっこつけた理由があるわけないじゃないか。だが、面倒臭いので健斗は適当に「あぁ」と一言だけ答えた。
すると麗奈はそれを聞くと、「そっかぁ~」と言いながら微笑んだ。
「じゃあ……健斗くんが私を好きになればいいんだよ」
「……はい?」
健斗はガバッと身体を起こした。また突然意味の分からないこと言ってくる。だが当の本人である麗奈は、これぞ名案だという顔をしていた。
「だって健斗くん好きな人にしか弾いてくれないんでしょ?だったら、健斗くんが私を好きになれば弾いてくれるってことじゃない。」
「……あの……」
「うん?」
「一つ言いたいことあるんだけど、いいですか?」
「うん。」
「あんたの話はわけがわからん。」
健斗はそう言い放つと、これ以上相手にしてらんないと思い、立ち上がって健斗の部屋を出た。がしかし、そのあとを麗奈が追いかけてきた
「え?だからさぁ、ギターを弾いてくれるには私を好きになってもらわなきゃ――」
「違う!そこじゃないっ!何なんだよ!あんたはっ!」
健斗は逃げるようにして階段を降りる。けど麗奈もその後をついてくる。
「もしかして……健斗くんってバカ?」
……バカ?
カチン……
健斗は振り返って思いっきり怒鳴った。
「お前が言うなっ!」
また健斗の怒鳴り声に驚いて、麗奈はきょとんとして動かなくなった。健斗は麗奈を睨み付けたあと、また前を向いて、居間へと向かった。
「あら仲良くなったの?」
母さんが居間から顔を出した。なんてタイミングで出てくるんだこのオババは……
「お昼ごはんできたわよ。麗奈ちゃん食べてね」
それを聞くと、大森麗奈はにっこりと笑った
「はぁ~い♪いただきまぁ~す♪」
麗奈は嬉しそうに居間へと入っていった。何てマイペースなやつなんだろう。健斗のことなんてこれっぽっちも気にしていない。
健斗ははぁっと憂鬱そうに深くため息をつくのであった。