第4話 過去 P.8
そのあと、母さんから聞いた話に寄ると……
早川や佐藤とファミレスでご飯を食べていたら、ついつい話が弾んでしまい、7時半になってしまったという
帰る途中に雨が降り出してしばらく雨宿りしたが、まったく止む気配がなく……仕方がないので、走って帰っていったという
家に帰る前に、早川がタオルと傘を貸してくれてそれで遅くなったって。
健斗が出ていったあとに少し経つと、麗奈は帰ってきたらしい
結局自分は無駄足で、こんなびしょびしょになって帰ってきたのだ……
あんなに麗奈のことを心配していた自分が恥ずかしく感じた
麗奈らしいと言えば麗奈らしいが、まったく……心配させんなよって感じだ
健斗は眠くなって、ベッドに寝転んでいた
でもよかった……麗奈が無事で本当に安心した。
安心感からか、疲れがどっと来て眠くなってしまったのだ
健斗はゆっくりと目を瞑った
こうして目を瞑っていると、何だか癒される。
そして、思い出される……最後のシーン……
健斗は病院に運ばれ、右手と擦り傷の処置を施され、集中治療室の前にある長椅子に静かに座っていた
集中治療室には……翔がいる。目の前でガラス越しに医者たちに処置を施されている
無惨な姿に変わっている翔を、健斗は直視することが出来なかった……
ただ静かに自分に対する怒り、後悔……悲しみ……不安……多々の気持ちが健斗を放心状態にしていた
と、するとだった……
廊下から、誰かが走ってくる
「健斗っ!!」
健斗は自分の名前を呼ばれ、ゆっくりと顔を上げた
すると走ってくるのは、母さんと父さん……そして翔の両親だった。
母さんと父さんがすぐに健斗に駆け寄った
「健斗っ!!大丈夫!?何ともない?」
母さんの必死な呼びかけに健斗はゆっくりと小さく頷いた
母さんはそれを見て、涙を流しながら、安心するように言った
「よかった〜……本当によかった……」
「だから言ったろ?こいつがそんな簡単に死ぬわけねぇって」
と父さんも嬉しそうに笑った
健斗は素直に頷けなかった。健斗は翔の両親を見ていた。翔の両親は、翔の無惨な姿を見て絶句していた
それから、母親が大きな声で泣き崩れた。父親の方も自分の妻を抱き締めて、泣いていた。
そんな様子を見て、健斗は心が痛んだ
母さんが、優しく静かに健斗を抱き締めてくれた……
身体が震えていた
恐怖で頭がいっぱいだった。母さんにしがみつき、苦しみに耐えていた
父さんがそんな健斗の様子を見て、暖かく「大丈夫」と声をかけてくれた
「健斗……大丈夫だ。翔くんは大丈夫だ。心配すんな」
父さんの暖かい言葉が、不安を支えられてくれた
けど、震えは止まらなかった
健斗は母さんに寄り添い、一人を怖がっていた
そう
怖かった
一人になるのが
すごく怖かったんだ
今でもはっきり覚えてるんだ
「……の…せいだ………」
健斗は震える声を必死に出した。その言葉に母さんと父さんが静かに耳を傾けてくれた
「俺の……せいだ……」
健斗は次第に涙を流していた。
「俺……犬がひかれそうなのを見て……飛び出しちゃったんだ……俺が飛び出さなきゃ……翔は……翔は……俺のせいだ……俺……俺……」
健斗がパニックを起こそうとしたとき、母さんはまた静かに抱き締めてくれた
「もういいの。もういいのよ健斗」
「母さん……俺……俺……」
絶望に浸っている中、母さんは健斗の身体を擦ってくれた
「あんたは悪くない。悪くないわよ?犬を助けたかったのよね……分かってるから……あんたは何も悪くないわ。だから眠りなさい……」
母さんはそう言い続けてくれた
それから何時間が経っただろう……
健斗が母さんの懐で眠っていると、集中治療室のドアが開く音がして健斗は目を開いた
中から年配者の医者が出てきた
マスクを取って暗い表情を浮かべた
翔のお母さんとお父さんが、すぐさま医者に聞いた
「先生っ!!翔は!?翔は助かるんですかっ!?」
両親の問いに、医者はしばらく黙り込んでいた
最悪な展開が頭をよぎる……
健斗も母さんから離れ、立ち上がった
医者はうつ向く顔をあげた
そして……
「……最善は尽くしました……しかし、非常に残念なことに……」
医者は一息つくと、両親の目を見て静かに言った
「お子さんの翔くんは……たった今、脳死が確認されました……」
……のう……し?
「まだ息はしてますが、かろうじてです……やがて息も……引き取ると思います……」
悲痛の叫びが健斗の耳を貫いた
翔が……のう……し?
脳死って……
何だよそれ……
翔が……翔が……
泣き声が廊下に響き渡る……健斗は医者を見ず、翔を見つめていた。
「そんな……こと……」
健斗は翔に向かってあるきはじめた。医者を通りこして、集中治療室の中に入った
翔を見る
翔の表情は、白かった。
そう、生気がなかった
まるで人形のように、そこに横たわっていた……
「翔……起きろよ……翔……」
健斗の呼びかけに、翔は反応しない
健斗は歯をくいしばった
「翔!!ふざけんなよっ!!死ぬなよ!!死ぬなって!!行くなよっ!!何でだよ!!」
健斗は翔を揺さぶった。ざらざらした感触……
包帯を触ってるから
「死ぬなよ!!サッカーやろうぜ!!ずっと続けてくんだろ!?約束しただろっっ!!起きろよっ!!翔!!翔!!」
「君……やめなさい」
医者が健斗を止めようと身体を押さえてくる。けど健斗はそれを振り払った
大声で呼びかけた
「お前!!好きなんだろ!?」
健斗はテレビのドラマで見た、心臓マッサージをしながら叫んだ
医者の手を振り払ってでも続けた
「早川結衣が好きなんだろ!?お前言ってたじゃんっ!!せっかく……せっかく良い仲になってたんだろっ!!だから起きろよっっ!!翔!!こんなとこで死ぬな!!死ぬなっっ!!!翔!!」
「やめなさい!!翔くんはね――」
「うるせぇ!!!」
健斗は涙を流しながら、止めようとする医者を睨み付けた
「まだ息あんだろっ!?生きてるんだろっ!?あんた医者だろ!?助けろよっ!!!何で……何で諦めんだよっ!!翔を……翔を見捨てんなよっ!!」
健斗は息を荒くして、医者を睨み付けた
医者は何も言わなかった……
自分でも本当は分かってた
もうどうしようもないんだってことくらい……
「翔……」
翔の両親も集中治療室に入ってきと、翔を見た
「翔……翔〜……」
両親はその場で泣き崩れた……
その様子を見て健斗はそれ以上何も言えなかった……
自分以上に一番悲しみを感じているのはこの人たちだ……なのに、俺は……俺は……
「……くそっ……」
健斗は呟くと、集中治療室を走って出ていった
「健斗っ!!」
涙を流している母さんを通りこして、健斗はそのまま走り続けた
廊下を走り抜け、病院を走って出ていった
冷たい雨が降り続いてる中、健斗はその中を走り続けた
町の中を……ただ走り続けたんだ
行き交う人……変わる景色……ただ、悲しみを抱きながら走る健斗は……哀れだった
走りながら走馬灯のように思い出されるのは、翔との思い出……
初めて会ったのが、6歳……サッカークラブに入ってきた翔……
『俺、翔ってんだ!!お前なんてーだ?』
笑いながら、そう握手を求めてきた翔……
サッカーがめちゃくちゃ上手くって、この日から翔とは親友でありライバルだった
楽しかった……翔といた日々が……
いっしょに公園でサッカーをやった
翔の家でゲームして遊んだ……
喧嘩もした
何回も、何十回も……
けど最終的には、前よりももっと仲良くなってた
翔と笑い合った日……いっしょ川に釣りしに行ったとき、健斗が足を滑らせて川に落ちたことがあって、二人で笑い合ったっけ?
翔と泣いた……
小学校の卒業式とか……試合に負けて悔しかった日とか……
翔が……その翔はもういない
『俺とお前はずっとサッカーをやってく。そう約束したべ?』
翔はあのときそう言った……
サッカーをずっと続けていく。高校でも大学でも社会人になっても……サッカーを楽しみ続けていくって決めた。
健斗は息を荒くしていた……翔の言葉を一つ一つ思い出していく
『なぁお前さ……好きな人とかいるか?』
翔に好きな人がいるって聞いて、びっくりしたけど
何だか嬉しかった……
翔の恋が……上手く行くようにと思ってた
あの日……翔と広大な青い空をいっしょに見た
『……俺さ、空好きなんだよな』
『何か空ってさ色んな表情があって人間みたいで面白いよな。晴れてるときは笑ってて、曇りのときは落ち込んでて、雨のときは泣いている……何か、空見てるとこっちも同じ気分になってくんだよな〜……』
「……うわっ!」
健斗は町の中を走っていると、足をつまづいて転んでしまった……
そのまま健斗は起き上がらなかった……
翔の言葉を思い出し、翔の表情を思い出し……翔との日々を思い出す
翔はもういない
翔は……もういないんだ……
俺……翔と喧嘩したまんまだった
翔に……酷いこと言って……俺……
「翔……翔……う……うわぁぁぁぁっっっ!!」
健斗はおさえられない感情を一気に爆発させた
雨の中、うつ伏せになりながら健斗は……
泣いていた……
次の日……翔が死んだことは、教室中に広まっていた
みんなひそひそと健斗に聞こえないように話していた
いや、それでも本当はちゃんと聞こえていた。
「ねぇ……翔くん、交通事故で亡くなったって」
「知ってる。山中を助けようとして、身代わりになったんだろ?」
「おいバカッ!!そんな言い方はないだろ」
「でも、事実そうなんでしょ?」
誰でもいい
誰でもいいから……暖かい言葉が欲しかった。
けど聞こえてくるのは、非難の声ばかりだった
苦しかった……
自分を責め続けた
「健斗」
ふとヒロが健斗に近づいてきた
ヒロは周りを見渡すと悔しそうに歯ぎしりをした
「……教室出ようぜ……ほら……」
ヒロは健斗の味方になってくれた
俺を……気遣ってくれた……
「大丈夫か?」
中庭で、ヒロは健斗に話しかけた
けど健斗は何も言わなかった……ただ黙り込んでいたのだった
しばらく沈黙が続く
「……俺……さ」
健斗が言うとヒロは静かに健斗を見た
「俺さ……あいつと喧嘩したんだ……」
「え?」
健斗は虚ろになりながらも、そう言った
「あいつがサッカーをずっと続けてくとか言ってきて……本当はスゲー嬉しかったのに……素直になれなくって……俺、あいつにお前なんか友達でもなんでもないって……なのにあいつ……俺……なんであんなこと言ったんだろ……俺……」
健斗は頭を抱え込み、自然と流れる涙を隠していた
ヒロは静かに健斗の背中を擦ってくれた
何も言わずに……静かに……
翔の葬式、翔の家族はみんな泣いていた
翔の家族だけじゃない。翔の友達や、クラスメイトも……焼香をしながら泣いていた
ふと健斗が焼香をし終わると一人の女の子が目に写った
早川だった
友達に抱かれて泣いている……
あのとき早川は、健斗に翔のことを聞いてきた……
あれは何のために聞いてきたんだろうか
葬式が終わり、健斗は翔の仏壇の目の前で佇んでいた
翔の笑っている写真が飾られている
もう翔の身体は……灰になったことだろう
健斗には耐えられなかった……だからここで翔の顔を見ていたかった
するとだった
「山中くん」
ふと呼びかけられて健斗は後ろを振り返った。するとそこには、早川結衣が喪服姿で健斗を見ていた。さっきまで泣いていたのが嘘のように微笑んでいた
「……何してるの?」
「……別に」
健斗はプイッと顔を剃らした
すると、早川は健斗に近づいてきた
「翔くん……気の毒だったよね」
「…………」
健斗は何も言えなかった……
早川は翔の遺影を見つめていた
「……翔くんね」
早川が口を開き、健斗はそれに耳を傾けた
「翔くんね、委員会の仕事やってるとき、いつも山中くんのこと話してたよ」
「え……?」
健斗が聞き返すと早川は笑いながら続けた
「山中くんは凄いやつだって、サッカーがすっごく上手くって、最強のライバルで最高の親友だって……本当にいつも……山中くんのことを嬉しそうに話してたよ」
健斗は何も言えなかった……
その代わり、健斗は翔の遺影を見つめていた。
「みんな……翔くんは健斗くんのせいで亡くなったって言ってるみたいだけど……私はそう思ってないよ。だから……」
早川は静かに笑った
「山中くんは悪くないよ」
「…………」
早川は確かにそう言ってくれた
本当に嬉しかった……
優しい笑顔で俺にそう言ってくれた早川は、とても優しい女の子だということが分かった。
暖かい気持ちになって、本当に嬉しかった
涙がでそうになるくらいに、凄い嬉しかったんだ
けど……それと同時に何だか苛々が募った……何故か……分からないけれど
「山中くんは悪くないよ。だから……」
「うるせぇよ……」
健斗は苛々して、思ってもいないことを口に出してしまった
「お前に俺の気持ちが……分かるかよ」
翔の好きだった早川結衣……早川には、優しい言葉をかけて欲しくなかった
責めて欲しかった
健斗のせいで翔は死んだんだって
責めて欲しかった……
だから自分に腹立だしくなって……
健斗はそう言うと、早川の前から立ち去ろうとした
もう何も聞きたくなかったから……
そのまま帰ろうとした。
けど……
「それでもっ!!」
早川は健斗に必死に叫んできた
「それでもっ!!山中くんは悪くないよ!!」
早川は最後まで俺にそう言ってくれた
最後まで……
「早川が?」
ヒロにそのことを話すと、ヒロは驚いたような表情を浮かべていた。けどすぐに、ヒロは笑った
「優しい子だな……早川」
「え?」
ヒロは少し戸惑っていた
「あいつも、翔のことが好きだったんだって」
それを聞いて健斗は驚きを隠せなかった。早川も、翔のことが?
だったら……何で?
少なくとも健斗よりかは辛い思いのはずだ
一番憎むはずの相手なのに……
「きっと、今も凄い辛いんだろうぜ……けど、それでもお前に元気になって欲しかったんじゃない?」
健斗は何も言えなかった……
それから、健斗は早川のことが気になっていた
翔の好きだった早川結衣は……いつの間にか、自分も早川に惹かれていた……
そして、大好きだったサッカーを辞めた……
今でも震える……翔を思い出すと……足が震えてしまう
楽しめないサッカーをやっても仕方がないから……スパイクを……サッカーを……捨てたんだ
健斗は空を見上げると、いつも翔を思い出す。翔の好きだった空……翔の大好きだった空を思い出す
翔は空になって、今も俺を見ているんだ……
だから生きようと思った。
翔の分とか、そういうかっこつけた理由じゃない
ただ翔が見ているなら、いつまでも泣いてるわけにはいかないと思ったから
だから強く生きようと思う
翔にバカにされないように……
笑って生きたいと思った……
だから翔……お前はいつも、青い空の中で……笑っててな……
笑ってろよ……翔……翔……