第4話 過去 P.6
風呂から上がり、タオルを肩にかけ、健斗は自分の部屋で窓を開けて涼んでいた
六月に入ったから……だんだん蒸し暑くなってくる。そろそろ扇風機を出すことになるだろう
これから夏かぁ……
さっき天気予報で見ると日本はそろそろ梅雨に入るらしい
麗奈がこの家にやってきて、もう1ヶ月弱が経つ。早いもんだと思う……
いつの間にか時は流れていく……本当に自分が気付かないうちに激流のように流れていくのだ
雨は母さんの言う通り、さっきより強くなっていた
麗奈はまだ帰ってきてないらしい。一体何をしているのだろうか……まだどこかで遊んでいるのか……
健斗は暗闇で見えない道を見ながら、少しずつ不安を感じていた
麗奈に自分で言った言葉を思い出していた
この雨だから、多分川は増水してると思う
そしてこの暗い道……足でも滑らせて川に落ちてたら?
いや、まさか……だって早川と佐藤もいっしょなんだ。そんなことが起こるわけがない
と健斗は一人でに安心感を持たし、静かに目を瞑った
こうして聞いてると……雨の音しか聞こえない……
そういえば……あの日もこんな感じの雨だったけ……
雨が強く降る夏の日……こんな雨では部活も中止。グランドを荒らしてはいけないから、らしい
納得の出来る理由だけど、サッカーはやりたかった
けど最近サッカーがつまらないせいか、部活が休みで嬉しかったのはこの日が初めてだったのかもしれない
健斗は傘を指しながら、帰路を歩いていた
相変わらず隣にはいつもいるはずのやつがいない
また早川と何かしているのだろうか……
健斗はなるべくそんなことを考えないように早く帰ろうと思った
が……するとだった……
「健斗!!」
突然後ろから肩を叩かれ懐かしい声に健斗は即座に振り返った
するとそこには健斗と同じように傘を指しながら笑っている翔がいた
それを見て急に安心感が湧いてきて、涙が出そうになった。けどカッコ悪いのは嫌だから、健斗は頑張って無視をした
「んあれ?無視……か」
健斗は何も言わず、ただただ、車道の横を歩いていた
翔は苦笑しながら健斗の後を追いかけた
「やっと委員会の仕事が終わったよ〜?明日からは部活にちゃんと出られるぜ〜」
「あっそ」
健斗が冷たく返事をすると翔は口を尖らせた。
「んだよ〜、怒ってんの?」
「いつも早川とイチャイチャしてたんだろ?よかったな彼女出来てさ……」
「まだそんな関係じゃねぇって」
そんな風に弁明する翔の言葉なんて健斗は無視をした
そんな健斗を見て翔は深くため息をついた
「お前さ、早川に変なこと言うなよ」
「何を?」
翔が健斗を見ながら呆れるように言った
「俺がサッカー部やめるっていう話。早川にかなり訊かれたぞ」
「事実なんじゃねぇの」
「やめねぇよ。やめるわけねぇだろ」
それを聞いて、健斗は本当はすごく安心していた。翔はサッカーを辞めない……まだいっしょにサッカーをやっていけるんだ
だから本当はすごく嬉しかった
「俺とお前はずっとサッカーをやってく。そう約束したべ?」
「………」
健斗は素直に頷けなかった。
そう、素直になれなかったんだ
「信じられっかよ……」
「ん?」
健斗は足を止めた。翔も同時に足を止める
健斗は翔にだんだん怒りが込み上げてきた
素直になれずに、苛々が募ってきた
「どうせお前なんか、サッカーより女なんだろ!?一生早川とイチャイチャしてろよっ!!」
「え……」
「お前なんかもう友達でもなんでもねぇよっ!!俺に話しかけんなっ!!」
たわいのない喧嘩のつもりだった
こんなこと言っていつかは仲直り出来るはずだった
だっていつもこんな感じに喧嘩をしてきたから……だから……
感情的になっていた俺は……俺は……
健斗に怒鳴られた翔は真剣な表情になって健斗を見つめていた
知らぬ間に健斗の目元には涙が浮かんでいたのを、翔は見つめていたのだ
健斗は翔の胸を押すと、さっさと翔を置いて歩いていった
あいつを見返してやる……あいつが足元に及ばないくらい上手くなってやる……
悔しさしか感じていなかった健斗はふと足を止めた
これが運命のときだった
前を見ると、一匹の子犬が何かを口に加えて車道を見渡していた
多分、パンだと思う……どこからか盗んだんだ
もしかして……渡ろうとしてんのかな?
けどちゃんと横断歩道を使わないと渡れないはずだ。だって……この車道は交通量が多いから……
すると子犬は、普通に走って渡り始めた
犬だし……大丈夫かな……
とちょっと安心していたその瞬間だった
なんと犬がもうすぐ渡り切れるところで、口にくわえていたパンを落としてしまったのだった
しかもそのパンを拾おうとしているのだが、上手く、くわえられないのか……ジタバタしていた
健斗の直感的に……危険だと思っていた
犬の目の前からは、トラックが……
犬は逃げようとしなかった
健斗は……いつの間にか鞄も傘も捨てて、走っていた
犬を助けなきゃという思いだけが、頭に巡っていた
足が早い健斗は犬の元に行くのにそう時間はかからなかった……
そうかからなかったのだ……しかし、犬を抱き抱えたそのときには、トラックが目の前まで来ていた
逃げられない……でも動かなきゃ!!
けどどうして?
足が動かない……頭が真っ白になっていく
酷いクラッシュ音が鳴り響く……怖くて、怖くて足がすくんでるんだ
怖い……
怖い……
死ぬ……
けどまだ死にたくない……
周りがゆっくりに見えた
トラックも自分に近づいてくるのがゆっくりと見えた
それと同時に、真っ白だった頭のなかに走馬灯が走った
悟った……自分はここで死ぬと
人間の直感だ
健斗はぐっと目を瞑り、犬を抱き締めた
恐怖で何も考えられない……
自分は死ぬんだ……
それだけが分かった
ふと、強い力が加わって自分は横に押された。健斗はゆっくりと押された方向を向く……
そこには、必死な顔をした……びしょびしょな髪……歯を食いしばって健斗を右手で強く押して……
翔がいた
この表情が……翔を……翔を見る最後の翔だった……
それからは覚えてない
最後に覚えてるのは鼓膜が破れそうになる程の大きなブレーキ音……そしてまるで高層ビルが爆発するような音……それだけだった……
目を開くと、激しい痛みが右手を襲った。自分の右手を見てみると、手首から先が変な方向に曲がっていた。かなり赤く腫れていた……
身体も激痛を走って、あちこちすりむいていた。やがて脳を突き抜く……気を失いそうになりながらも、周りを見渡した
健斗の傍には、前の部分が凄い形になって停車したトラック……人がたくさんいた……
そして健斗の数十メートル先に倒れてる少年がいた
血だらけになって倒れている、少年が……
健斗は顔を苦しみながら上げた
貫く痛みに耐えながら、健斗は叫ぶように言った
「……し…ょ……う……」
声がしゃがれていた……けど倒れている翔に健斗は声を上げた
「しょう……しょう……」
けれど聞こえてないのか翔は動きもしなかった……
健斗は涙を溢れだしてきて、息を荒くしながら翔を見た
はぁ……
はぁ……
はぁ……
はぁ……
………
健斗の身体に激痛の他に暖かい感触を感じた
周りにいた大人が健斗を介抱しているのだった
健斗は一気にパニック状態になった
出ない声を必死になって上げた
「翔……翔!!」
健斗が暴れるのを、大人たちは必死に止める
他の大人も翔の元に駆け寄っていた……
健斗の身体は震えていた
大人たちを振りほどいて、今すぐに翔の元に行こうとした
「翔っ!!放せっ!!放せよっ!!翔っ!!……」
けどだんだん翔は離れていく
本当に……今度は本当に手が届かない場所に……いなくなってしまう
身体中に悪寒が走った……
「……翔〜〜っ!!!」
……………