第3話 想い P.11
授業は全て終わり、健斗は帰る準備をしていた。
午後の授業や休み時間……健斗は麗奈と話すところか目も合わすことができなかった
あのキスは何らかの間違いだと思いたかった。けれど、あの感触は今でも感じる
あきらかに、あいつは故意にキスしてきたのだ……
麗奈も健斗と同じように話しかけてきたり、目を合わそうとはしなかった……
一体何を考えているのか、どういうつもりであんなことをしたのか……
それが気になったから、聞き出したかった
けれど、あんなことをされては話しかけられなかったのだ……
健斗が帰る準備ができたとき、不意に早川と麗奈が健斗に近づいてきた。そして麗奈が……健斗にいつもの調子で話しかけてきたのだった
「健斗くん」
健斗は何も言わず、麗奈を見つめた
「私今日ね、テニス部見学することになったの。帰り結衣ちゃんといっしょに帰るから、健斗くん先帰ってても大丈夫だよ」
すると早川がにっこりと優しい笑顔をして言ってきた
「ちゃんと麗奈ちゃん送るから、安心して任せてね」
しかし健斗は二人の表情など直視しなかった。何も言わず、鞄を持って立ち上がり、そのまま教室を後にした
そんな様子を見て、早川と麗奈はしばらく佇んでいた。健斗の後ろ姿を見ながら、早川は不思議そうな表情を浮かべる
「健斗くん……どうかしたのかな」
早川が寂しそうにそう呟くのを、麗奈はにっこりと笑って答えた
「別に何もないんじゃない?」
早川はそんなことを言う麗奈に対して、また不思議そうな表情を浮かべた
「麗奈ちゃん……健斗くんと何かあったの?」
麗奈は一瞬躊躇った
けどすぐに首を横に振る
「う、ううん……何もないよ。っていうか早く部活いこー♪」
麗奈がそう言って、早川は少し可笑しさが込み上げてきた
帰り道、健斗は自転車を漕いでいた。なるべくあのことは考えないようにしたかった
けれどやはり脳裏に浮かんでしまう、あの麗奈の顔……そして柔らかく暖かい感触……
それらを思い出すと、ふと自分に戒めを感じてしまう
好きでもない女の子とキスをしてしまった……
それは自分の中で早川に対する裏切りであり、自分に対して羞恥心を感じさせた
麗奈は本当に何を考えていたんだろう。そう考えると不意にヒロの言葉を思い出した
『麗奈ちゃん……まさかお前を好きになることなんてないよな』
いや……ないだろ
そんなこと……万に一つの可能性でもないはずだ
あいつが俺のことを好きだなんて……絶対ない
じゃああいつは……別に好きでもないやつとキスをしたってことなんだろうか……
そうでなければ、あんな風に容易く話しかけてきたりするだろうか……
今日の昼休みのせいで、麗奈という人間が分かりかけていたのに……また分からなくなってしまった……
そして健斗は家が見えるようになると、ゆっくりと自転車を押し始めた
自転車を庭まで運び、ため息をつきながら鍵を開けて、戸を開けた
「ただいま……」
まだ誰もいないことは承知で健斗はそういいながら、ゆっくりと自分の部屋へと戻っていった
自分の部屋に入ると、健斗は鞄を放り投げてベッドに寝転んだ
……これからどうすればいいんだろう?
麗奈と何て話せばいいんだろうか
とりあえず、どうしてキスをしてきたのか。その理由だけちゃんと聞いておこう
麗奈に対し嫌悪感を抱きつつも、健斗は一人でにそう決めた……
風呂から上がり、健斗はバスタオルで頭を拭きながらまた自分の部屋に戻ろうとした
さっぱりしたくて早めに風呂に入ってみたものの、結局何の解決にもならなかった
ため息をつきながら、階段を上ろうとしたそのときだった
突然家の戸が開く音がした。
健斗は少し驚きながら振り返ると、そこには麗奈が少し疲れたように息をはいていた
ふと健斗を見ると、にっこりと微笑んできた。
「ただいま」
「………」
健斗はやはり何も言えず、目も合わすことができなかった
けど麗奈はまったくそんなことは気にしていなく、笑いながら言ってきた
「テニス部さ〜、結構楽しそうだったよ〜」
麗奈はそう言うと靴を脱いで続けた
「先輩もいい人だしさ、テニスって難しそうだなって思ってたけど……案外やって見ると楽しいしさ。それに――」
「あ……あのさ」
健斗は勇気を出して、麗奈に問いかけようとした
麗奈を睨み付けるように見た。麗奈は不思議そうな表情を浮かべていた
「どうしたの?」
「……お前さ、何であんなことしたの?」
健斗は低い声でそう訊ねた
麗奈は可笑しそうに笑った
「何が?」
「とぼけんなよ……何で……急にキスなんかしてきたんだよ」
胸が高鳴っていた。一体何て答えるのか、すごく気になっていた
思ったよりも落ち着いて聞けた
というよりも、麗奈に対して苛立ちを覚えていた
まるで何もなかったかのように話しかけてきて、笑ってくる麗奈に苛立ちを覚えていたのだ
でも麗奈の答えに対して……健斗は麗奈に対し激しい怒りを覚えることになった
「あ〜……あれね。健斗くんが元気なくしてるから、元気づけようと思って」
「……は?」
麗奈は可笑しそうに笑いながら続けた
「それにしてもショックだよね〜……結衣ちゃん健斗くんのこと好きになるって思ってたのにさ〜?残念だったね〜。でもさ、別に結衣ちゃんが他の人好きでも健斗くんが――」
「ちょっと待てよ」
健斗は麗奈の態度に対して、ふつふつと怒りが込み上げてきた
「そんな理由でしたのかよ……」
「え?」
「そんな理由でしたのかって聞いてんだよ……元気づけたかった?俺が落ち込んでたから?ふざけんなよ」
健斗は次第に握った拳を強く力を入れていた。
「健斗くん……私別に……」
「人をバカにすんのもいい加減にしろよっ!!」
健斗はバスタオルを投げ捨て、ついには麗奈に怒鳴りつけてしまった
感情が押さえることが出来なくって、健斗は麗奈を睨み付けた
麗奈はビクッとして、健斗を見た
怯えていた
「調子こいてんじゃねぇよっ!!お前は最初っから俺をからかってるだけなんだろうが!?」
最初から思えばそうだ。初めてこの家に来たときも、自分を好きになればいいって……訳の分からないことを言いやがった
そして健斗が早川に対する気持ちに気がついたとき……あいつは励ましてきた……
それだけじゃない。今まで励ましてきたり、けれどわざと胸を高鳴せたりしてくる
バカにしたりバカにしなかったり……その繰り返し……
どう考えても、からかってるようにしか思えなかった
「ち、違うよっ……私はただ健斗くんが――」
「違くねぇよ!!お前が東京でどんだけ男を弄んできたかは知らないけど、俺は簡単にお前に弄ばれるようなやつじゃないんだよ!!」
それを聞いた麗奈は、ショックを受けたのか……目を見開いていた……
「そんな……私そんなことしてないよ……」
「だったらキスなんかしてくんじゃねぇよバカッ!!お前の性格は訳分からねぇんだよ」
健斗は一息ついてから冷たく言い放った
「はっきり言って……迷惑なんだよお前」
感情が収まってきたが怒りは変わらなかった。
「幻滅したわ本当に……」
麗奈は下をうつ向いていた
ずっと下をうつ向いていた
健斗は何か言い返してくるかと思ったけど、何も言い返して来なかった
健斗はもう相手にするのもいやになり、階段を上ろうとした
「バカ……」
麗奈は顔を上げて健斗を見た
健斗も麗奈を見るために振り返った
すると……麗奈は涙を流していた。けれども強く、健斗を睨み返していた
「健斗くんのバカッ!!健斗くんなんか、大嫌いっ!!」
麗奈はそう叫ぶと泣きながら、階段を一気に上っていった
ドアの勢いよく閉まる音が聞こえた
健斗はしばらく佇んでいた。麗奈の涙が、階段に溢れていた
「何であいつがキレんだよ……」
健斗はさらに憤りを感じ、壁を思いっきり蹴った
そして、不機嫌そうにバスタオルを拾うと健斗も自分の部屋へと戻っていった
少し言い過ぎたのかもしれない……
あいつの話をちゃんと聞かないで
でもこのときの健斗は怒りを麗奈にぶつけていた
だから何も考えることはできなかった……
何も……何も考えられなかった……




