第3話 想い P.10
「あ〜、マジで?」
今朝のことを休み時間に、屋上へ続く階段でヒロに話した。ここは誰も来ないから、秘密の話をするのには持ってこいだ
もっと驚くと思っていた。跳ね上がるくらい驚くと思っていた
けどヒロは意外にも冷静で、一人頷いていた。
「俺さ……もう……学校来ねぇかも」
健斗は深くため息をつきながら、静かにそう呟いた
今まで学校に来たのは、早川に会えるからだった。
でも今となっては……何も意味がない
「……つーかお前やっぱ知らなかったんだな」
ふとヒロはそんなことを健斗に言ってきた。健斗はそれを聞いた瞬間、顔を上げてヒロを見た
「……何が?」
ヒロは少しため息をつきながら、ゆっくりと言った
「早川、最近サッカー部の主将と噂になってるらしいぜ?」
さらに健斗の精神を追い詰めるような事実だった。健斗はそれにまるで餌に群がる魚のように食いついた
「マジかよっ!?いつからっ!?」
ヒロはそれを聞いて、少し考えて答えた
「俺が聞いたのは……3日前。よく二人で放課後とかいっしょに帰ってんの見たってやつがいてさ。まぁ、あの二人同じ委員会らしいから」
それを聞いて、さらに愕然とした。
健斗はしばらく何も言わず、ただ前を見つめていた。そんな様子を見て、ヒロは深くため息を吐いた
「だ〜か〜ら〜、言っただろうが。いっつもお前は後先考えないよな」
自分が麗奈に言ったことをヒロに言われて、さらにショックを受けてしまった
「……まぁ、所詮噂は噂なんだけどな」
「……でもあれは……完全に恋する乙女の瞳だったぜ……」
健斗がそんなことを言うと、ヒロは可笑しそうに吹き出して笑った。
「お前がそんなこと言うなよ」
「でもマジだよ……」
「そんなに気になるなら聞いてみたら?」
ヒロがそんなことを言ってきて、健斗は少しムカッとした
「訊けるわけないだろ……そんなこと」
健斗は深くため息をついたあと、ふと階段の窓から見える空を見た……
すごい複雑な気分だった……すごい……複雑な……
そして昼休み、弁当の時間。健斗は弁当を持って立ち上がった
麗奈も弁当の時間が楽しみだったのか、元気を取り戻していた
「あれ?健斗くん」
立ち上がって教室を出ようとする健斗を見て、麗奈は不思議そうに訊いてきた
「お弁当、みんなと食べないの?」
「……今日は屋上で一人で食うよ」
健斗はそう言うと、うつ向きながら教室を後にした。とても早川といっしょに飯なんて食う気分じゃなかった……
「麗奈ちゃん」
早川が麗奈に話しかけてきた。麗奈は振り返ると、早川は少し心配そうな顔つきだった
「大丈夫?筋肉痛」
「あ、うん。平気平気♪ありがとう」
麗奈がそう言うと、早川はにっこりと微笑んだ。
「あれ?山中くんは?」
早川は健斗を探すようにそう言った。
けど麗奈は、健斗が出ていったあとをただ見つめていただけだった……
「はぁ〜……」
もう弁当すら食う気分ではなかった。寝そべって、空を眺めていた。何となく今は一人になりたかった
健斗は悩みがあるとき、大抵こうする。今日の空は曇りがかかっているが、その雲と雲の間から微かに日が指していて、見ていると何だか微笑ましい気分になった
「……早川は……主将と付き合ってんのかな……」
健斗は呟くようにそう言った
「なぁ、俺はどうすればいいのかな?」
誰かに語りかけるように、健斗はそう呟いた。あいつの大好きだった、この空を眺めながら俺はそう呟いた……
今でもあいつは、この空のどこかにいるような気がしたから……
どうしてこんなに胸が苦しいんだろうか
どうしてこんなに哀しい気持ちになるんだろう……
「……翔……」
「誰と話してんの?」
ふとそう声が聞こえて、目の前には麗奈の顔があった。健斗は驚くように身体を起こし、ため息をつきながら麗奈を見た
「何でついてくるんだよ」
健斗は睨み付けながら麗奈に言うと、麗奈は微笑みながらお弁当を指指した
「だって、お弁当の感想を聞きたかったからさ」
健斗はお弁当を見ると深くため息をついた
今日のお弁当は、母さんが作ったものじゃなかった。今日母さんは仕事のため朝早く出ていった。たまにそういうことがあって、そういうときは自分でお弁当を作った
でも麗奈は自分がお弁当を作ると言ってきたのだ。いつも自転車に乗せてもらってるんだから、これくらいのことはしなきゃと、微笑みながらそう言ってきたのだ
別に悪い気分じゃなかったから、健斗は心配せず任せた
「……ワリィ……今飯食う気分じゃないから……」
健斗はそう言うと、またゴロンと寝そべった。しかし麗奈は健斗のお弁当を持って、ふたを開けた
「健斗くん」
「ん……ふがっ……」
麗奈は箸を使って、何かを健斗の口に突っ込んだ。健斗は驚いて一瞬息がつまってしまってむせてしまった
しかしゆっくりと口を動かし、その味を確かめていた
「お前……何すんだよいきなり」
健斗がむせて咳をしながら言うと、麗奈はにっこりと微笑んできた。
「どう?美味しい?」
そう訊かれて、健斗はしばらく口を動かした。
多分これはウィンナーだ……
「……美味い」
素直な感想だった。普通に美味しい……
麗奈はそれを聞くと嬉しそうに頬を赤くして微笑んだ
「本当に?筋肉痛で頑張った甲斐があったよ〜♪」
健斗はそれを聞くと、麗奈がもっているお弁当箱の中を見た
筋肉痛のためか、少しグシャグシャだった。多分筋肉痛で上手く段取りができなかったんだと思う
それなのに一生懸命、おにぎりを作って……朝早く頑張ったんだな……
健斗はそう思いながら、ふっと笑った
「やっと笑った」
麗奈はそう言うとクスッと笑ってきた
「何が」
「健斗くん、今日ずっと沈んでたんだもん。やっと笑ったなぁ〜って」
健斗はそれを聞いて、また笑った。
「余計なお世話だよ」
そう言いながら、お弁当箱からおにぎりを取って口にした。すごく、ふわふわした感触がして、本当に美味しかった
「お前、料理上手いんだな」
健斗が感心するようにそう言うと麗奈は照れるように言った
「まぁね。お母さんが早くに死んじゃって、夕飯とか自分で作ってたから」
麗奈がそんなことを笑いながら言ってきた。健斗は、驚きを隠せず、目を丸くしてしばらく何も言えなかった
風の吹く音が聞こえる……
「……お母さん、外国で働いてんじゃないのかよ」
「そう言ったけ?」
「……亡くなったんだ……」
健斗がそう訊くと、麗奈はゆっくりと頷いた。
「うん。私が……小学生のときにね……」
麗奈は少し寂しそうな表情を浮かべていた。健斗は何も言わず、その様子を見つめていた。
「見る?」
麗奈はそう言いながら、ポケットからピンク色の財布を取り出した。そして、そこから一枚の写真を出して、健斗に渡してきた
そこには、あの夢で見たような少女と男の人……そして、とても美しい太陽のように微笑む女性、白いワンピースに麦藁帽子を被って写っていた
これが……麗奈のお母さん……そして、この眼鏡をかけてちょっと頑固そうな人が……お父さん……
少し覚えているようで、覚えていなかった……
「私が6歳くらいのときの写真だよ」
と麗奈は微笑みながら笑った。健斗も、それにつられて笑った
「綺麗な人だな」
健斗がそう言うと、麗奈は「そう?」と聞きながら笑った
「お前にそっくりだな」
健斗の言う通り、今の麗奈と麗奈のお母さんの面影が一致していた。太陽のような微笑む、その笑顔がそっくりだった。また身に纏う雰囲気もいっしょだった
「それって私が綺麗ってこと?」
麗奈はからかうように健斗にそう言ってきた。
「お母さんね、身体の弱い人だったんだ」
麗奈は静かにそう話した。健斗はその写真を見ながら麗奈の話を聞いていた
「身体は弱いけど、でも、心は強い人だった」
「……そうか」
「お父さんもそこに惚れたって言ってたよ」
と麗奈は可笑しそうに笑った。
「優しくて、でも時には厳しくって、子供のようで大人らしくて……自慢のお母さんだったよ」
「……うん」
「ずっといっしょにいたかったけど、私お母さんとは11年しかいられなかったね。もっといっしょにいたかったなぁ〜」
自分のお母さんと、11年……
健斗には想像できなかった。健斗にはお母さんもお父さんもいる
あの二人がいなくなるだなんて想像できなかった。でも麗奈はそれを今経験してる人間なんだって思うと、すごく哀しい気持ちになった
健斗は写真を麗奈に返すと、麗奈は苦笑しながら言った
「結衣ちゃん、サッカー部の主将さんのこと好きらしいね」
ふとそう切り出してきた麗奈を見て、健斗は苦笑しながら訊いた
「早川から聞いた?」
「うん。1週間くらい前にマナと結衣ちゃんと話したときに、結衣ちゃん言ってた……黙っててゴメンね」
「……そっか」
知りたくない事実だった。噂が肯定された瞬間だったから……
ショックだった
健斗は空を見上げると、深くため息をついた。
「恋って……上手くいかないもんだよなぁ〜……」
健斗は苦笑しながらそう言った。
「俺、バカみたいだよな」
さらに苦笑したまま、自分に言うように健斗はそう言った
麗奈はそんな健斗を、真剣な表情で見つめていた
「ちょっと仲良くなって、ちょっと昼飯誘われたからって、妙な期待しちゃってさ。そんな上手くいくはずないってのに、妙に浮かれててさ……」
健斗ははぁっとため息をついた
「そりゃそうだよな。こんな情けないやつよりも、かっこいいサッカー部の主将に惚れるよなぁ……何か、スゲー自分が情けねぇよ……何にもやりたいことがなくて、ただ暇こいて生きてるだけの自分が……スゲー情けなくって嫌になっちまうよ……」
健斗は寂し気な表情を見せると、またため息をついた
「本当に……好きだったんだよな……」
そう呟くと、早川を好きになった中2のことを思い出した
健斗が早川を好きになったのはあの日がきっかけだった……
「俺さ、中2のときに……親友亡くしちゃったんだ」
「え……?」
麗奈は少し驚くように健斗を見ていた
健斗はそんな麗奈を見て、苦笑しながら続けた
あの日の光景を思い浮かべながら、麗奈に自然と話していた
「事故でさ……俺とそいつがいっしょに帰ってたんだ……そんで俺……車道にいる子犬を見てさ、今にもトラックにひかれそうなのを見て、飛び出しちゃったんだよ、俺……」
今でもはっきり覚えている。あの日の光景を……
「そしたら……そいつが……俺と子犬の代わりに……」
俺は子犬を抱きながら死を覚悟した。ここで俺の人生は終わりなんだって……
けど、そのとき……あいつが俺を押して……俺を助けて、そいつはトラックと……
『翔……翔!!』
足がすくんで立てなかった……トラックにはねられて、あいつは空中で何回転もしたら、数十メートルとばされると頭から落ちて、血だらけになって倒れていた……
俺は震えながら、涙を流しながら、あいつの名前を叫んでいた
通りかかりの大人たちに介抱されながら、俺はそれでもあいつの名前を叫んでいた……
『翔!!放せっ!!放せよっ!!翔!!……翔〜っ!!』
「翔とは、小学校からの付き合いでさ。同じサッカークラブで同じサッカー部だったんだ……お互いにライバル視してて、親友だと思ってた。高校に行っても、ずっと同じサッカーをしていくんだと思ってた……」
「……それが、健斗くんがサッカーを辞めた理由?」
麗奈がそう訊くと、健斗は苦笑しながらゆっくりと頷いた
「ダセーだろ?今でも、足が震えるんだよな……サッカーをするとさ……怖くなるんだよ」
サッカーを楽しめなくなったから、俺はサッカーを辞めた
何より、同じ目標を持っていた大切なやつを自分のせいで失って……俺は……スパイクを捨てたんだ……サッカーを……棄てたんだ
「翔の葬式のあと、誰でもいいから……慰めてくれるのかと思ってた……けど、聞こえるのは……非難の声ばっか」
『知ってる?翔くん……山中くんのせいで死んじゃったらしいよ』
『ちょっとそんな言い方ないだろ?』
『でも事実そうだろ?』
「誰でもよかったから……優しい言葉が欲しかったんだ……誰でもよかったから……そんなときさ」
『山中くん』
ふと後ろから声がした
そこには早川が寂しそうな表情をして立っていた
また非難の言葉を言われると思ったから、無視しようと思った
けど早川は……
『山中くんは悪くないよ』
そう言ってきた。俺が求めていた優しい言葉で……俺はその場で立ち止まってしまった
『山中くんは悪くないよ。だから……』
『うるせぇよ……』
早川の言葉は嬉しかったんだ。涙が溢れるほど……けど俺は、逆に腹立たしくなっちゃって……
『お前に俺の気持ちが分かるかよ』
そんなこと言って帰ろうとした
けど早川は……
『それでもっ!!山中くんは悪くないよ!!』
って、最後まで言ってくれたんだ……
早川と翔が、恋人同士だったことを知ったのは……それからすぐのことだった……
「それから、早川が気になったんだ……普通憎むはずのやつを、早川は悪くないって……最後まで俺にそう言ってくれて……普通の神経じゃ、そんなこと言えないのにな……それで俺は、早川が……スゲー好きになった。翔の代わりに、俺が早川をちゃんと守ってあげなきゃみたいなさ、勝手な使命感が出てきてさ……でもそれは結局……俺のただの妄想だったんだけどな。……カッコ悪いな……俺ってば」
健斗は苦笑しながら、麗奈を見た
麗奈は真剣な赴きで健斗を見つめていた
「何か、どうでもいいこと話しちゃったな俺……悪い……忘れてください」
健斗はそう言ってから、うつ向いた
素直な気持ちが……今までの辛い過去が……麗奈の誘惑に誘われように自然と出てきてしまった
翔との過去を、麗奈に言うつもりはなかったのに……
早川を好きになった理由を、麗奈に言うつもりはなかったのに……
想いとともに、自然と出てきてしまった……いつまでも引きずってて……カッコ悪いなぁ俺……
結局、早川との恋もこれで終わりなのか……
「まっ、でも早川に好きな人が出来て、それで幸せならそれで満足だし。俺なんて別に――」
健斗が話している途中だった。ふと自分の唇に、暖かく柔らかい感触がした
ふと、見ると……目の前目を瞑った麗奈の顔があった……
何が起こってんのかわからなかった……
でも、この感触は……麗奈が……
麗奈とキスをしているんだってことに気がついた……
麗奈はゆっくりと唇を離して、頬を赤くしながら健斗を見つめていた
健斗はあまりの突然さに、驚きを隠せないでいた……何も言えず、目を見開いて麗奈を見つめていた……
麗奈はにっこりと笑うと静かに言ってきた
「カッコ悪くないよ」
麗奈は穏やかな表情でそう言うと、健斗に何も言わせず続けた
「カッコ悪くなんか……ないよ……」
麗奈はそう言い残すと、お弁当を持って静かに立ち上がった
そして、健斗から離れて屋上から出ていった……
何が起こったのかわからなかった……
ただ呆然として、前を見つめていた
麗奈が……麗奈が俺に……キスしてきた?
何で……何で急に?
訳がわからなかった……ただ残っているキスした感触が、今もはっきりと感じる……
柔らかい感触……暖かい感触……
目を瞑っていた麗奈の表情……頬を赤くして笑った麗奈の表情……
全てを思い出しながら頭が混乱していた
「何……なんだよ……」
健斗は呆然としながらそう呟いた
まだキスした感触が、残っていた
うわぁ〜……何かスゲー意外な展開になってきました
何か、本当に自分でも予想外です
本当はこうなるはずじゃなかったのに……
ちなみにあらすじを変えてしまいました
この物語、普通に思いつきで書いてるのであらすじが変更することがあるので、あらすじチェックは数回した方がいいと思います