第1話 嬉しくない出会い P.4
「…………」
健斗は顎を手に乗せながら、麗奈のことをじっと見つめていた。呆れるように、まるでこの世において奇妙な生物を見るかのように、麗奈のことを見つめていた。
最初から感じていた。最初に見て、最初に喋ったときから……
こいつ……全然訳分からん……
「初対面の相手の前で寝るか?普通……」
健斗は麗奈を見ながら、ボソッと呟いた。この奇妙な美少女は無防備にも、可愛らしい寝顔を見せていた。車を走らせて父さんと話をした後、十分くらいすると次第に目を閉じてすやすやと眠り始めたのだ。
一体何なんだろう……いきなり人のことバカにしてきたり……
変なやつだ……
こんなやつといっしょに暮らさないといけないのだろうか?
「仕方ないさ。ここまで来るのに半日以上かけてるんだぞ?」
父さんが笑いながらそう言ってきた。
「……どこから来たんだっけ?」
「東京だ。昨日の夜中から今にかけて来たんだ。長旅で疲れてるんだろうなぁ……」
「あっそ……それでも普通寝ちゃう?警戒心がゼロ過ぎんだろ?」
「気が緩んだんだよ。それより、どうだ?随分と可愛いだろ?」
それを言われると、健斗は口を閉じてしまった。それは反駁できなかったからだ。父さんの言う通り、大森麗奈はかなりの美少女だと思う。学校にもここまでの美少女はいるかいないか……
一番怖いのは、いつかこの可愛いさに気を許してしまうことである。それだけはダメだ。絶対ダメだ。
「こういうやつに限って裏があるんだ。」
健斗は大森麗奈=裏がある=性格が悪いと勝手に決めつけておいた。すると父さんが可笑しそうに笑って言ってきた。
「そんなことはないと思うけどなぁ。まっ、お前も麗奈ちゃんを少しずつ分かっていけばいいさ」
「父さんだってこいつのこと全部知ってんのかよ?」
「知ってるぞ。美少女だろ?可愛いだろ?寝顔が素敵だろ?あとは……」
「全部顔のことかよ……エロ親父……」
「カッカッカッ♪まぁ、性格もすごくいい子だから、安心しろ。」
あっそうですか……と言わんばかり、健斗は不機嫌そうに鼻で息を吐いた……
それからしばらく経つと、車は家の前についた。いよいよこの変なやつを家に連れてきてしまったら、気が重くなってしまう。
父さんは家の敷地に車を止めた。そしてエンジンを止めて、車から降りる。
「健斗、麗奈ちゃんの荷物を運ぶから手伝ってくれ」
「ハイハイ……」
仕方なさそうに健斗は車から降りる。いつまでも愚痴を零していても仕方ない。現実は変えようがないし、もうこの謎の生物をこの家に連れて来てしまったのだ。切り替えを早くしなければ……
健斗は降りる前に麗奈を起こそうとする……が……
健斗は揺り起こそうとする手を止めて、麗奈をじっと見つめた。
「こいつ熟睡してる……」
麗奈は寝息を立てて、すっかり眠り込んでいた。全く起きる様子がない。すると父さんが健斗に近づいて、麗奈の寝顔を見て微笑ましく笑った。
「もう少し寝かしといてやれ。疲れてるんだから。」
「知るかよ。こいつにも手伝わせる。」
とは言ったものの、これほどまでに熟睡してると起こすのに気が引けてしまう。しばらく考えたあと、健斗は舌打ちをし、麗奈を起こさず車を降りた。
健斗は車のトランクから、麗奈の荷物を持った。ずっしりと重量のある、大きなキャリーバッグを家の中へと運んでいく。
「二階の、空き部屋があっただろ?そこに運んでくれ」
「ハイハイ……」
健斗はゆっくりと荷物を抱えて、二階の空き部屋に持っていった。多分あの変なやつの部屋は元物置部屋のことだろう。
でも、この前家族で大掃除したときに、いらない物は整理が出来たから、残った物は裏の倉庫に閉まった。母さんがここを熱心に掃除してたから綺麗になってるはずだ。
やはりその中に入ると以前とは見違えるほど綺麗になっていた。残念ながら、何もなく空っぽ状態だけど……
「綺麗だなぁ」
健斗は荷物を置いて、空き部屋を見渡した。元物置部屋とは思えない広さに、綺麗さだった
この家は元々部屋が一つ空いてたみたいで、それを物置部屋にしたにすぎないらしい。
健斗は荷物を置いて、ふと気になった点を見た。それは……押し入れだった。健斗は恐る恐る、その押し入れに近づいた。
……押し入れも掃除してあるはずだ……
だがもしされていなかったら、ずっと使ってなかったんだから……もしかしたら蜘蛛の巣がいっぱいかもしれない。
健斗はゆっくりと押し入れに手をかけた。そして恐る恐る開けてみる。しかし、何もなかった。ちゃんと掃除されてるみたいだ。
健斗はほっと安心するようにため息を吐き、とりあえず居間へと向かおうと思って階段の方へと向かう。
その階段を降りて、居間へ入ろうとした。するとだった。
「本当に可愛いくなったわねー。スッゴク美人さん」
母さんの少し興奮気味の声……
「そんなことないですぅ……それより……ありがとうございます。居候なんかさせてもらうことになっちゃって」
この甘い暖かい声は……大森麗奈の声だ
「何言ってんの?こっちは嬉しい限りなんだからっ」
そんな会話を耳にしながら、健斗は居間へ入っていった。すると母さんと大森麗奈、そして父さんがちゃぶ台を囲んで出して、座りながら話をしていた。
麗奈は健斗を見ると、にっこりと頬笑んできた
「健斗くん、荷物ありがとうね♪私、ついつい寝ちゃってたね」
と、言いながら「えへへ」と笑った
えへへ?じゃねえよ、と健斗が心の中で呟いていると……母さんがものすごい形相で健斗を見ていることに気がついた。父さんが健斗と目を合わせて頷いてくる。
健斗はコホンと軽く咳払いをした。
「イエイエ……オキャクサマニタイシテ、トウゼンノコトヲシタマデデス……」
慣れない敬語を使い、片言のようにそう言った。母さんの形相は収まらなかったが、麗奈は可笑しそうにクスクスと笑っていた。
「あの……ところでご飯は?」
昼飯を済ませて早く家を出たかった。健斗がそう言うと、母さんはゆっくりと立ち上がって言った。
「そうね。ちょっと早いけど……お昼にしましょうか。麗奈ちゃんもお昼まだでしょ?」
「はいっ!もうお腹ペコペコなんです~」
「……ちょっとは……遠慮しろよな……」
健斗は聞こえないようにボソッと言った。すると母さんは嬉しそうにはしゃぎ始めた。
「あら、だったら張り切って作るから!ちょっと待っててね?」
どうやらまだ少し時間がかかるようだ。健斗は昼飯が出来るまで、自分の部屋にいようと思い、居間を後にしようとした。