第3話 想い P.8
夕飯後、健斗とヒロは縁側に行き涼んでいた。自販機で買ってきたペットボトルのコーラを飲みながら、話し込んでいた
「んまじかよっ!?」
ヒロは驚いた様子で健斗に聞き返してきた。健斗はゆっくりと頷いた
「だってさ。父さんが言ってた」
健斗は今、自分は昔麗奈に会ったことがあるらしいということをヒロに話したところだった
どうしてこんなに驚くのかはわからなかったが、ヒロは目を丸くしていた
「お前はそんな昔からあんな美少女と知り合いだったのかぁ……羨ましいぞこらっ」
健斗は呆れるようにコーラを一口飲んだ
「別に……昔は可愛かったかは限らないだろ」
「いや、あんな美少女だぜ?昔だって可愛かったに決まってんじゃん。つーか覚えてないのかよ」
とヒロは可笑しそうに笑った。健斗は昼間に見た夢を思い出した
もしあの小さい女の子が麗奈なら、確かに可愛かった……
自分は昔、やっぱり麗奈に会ったことがあるんだなと感じていた
健斗は急に複雑な気分になり、またコーラを今度は一気に飲んだ
炭酸が鼻をつんっとさせた
「俺がお前だったらなぁ〜……くそ〜っ、どうして俺はお前じゃないんだぁ〜!!」
「知るかよ」
健斗は苦笑した。
「なぁ、お前この暮らし羨ましがってる?」
健斗は不意にそんなことを訊いた。するとヒロは健斗を睨み付けた
「何、嫌味ですか?」
「チゲーよアホ。お前が思ってるよりもこっちは色々と大変だってことだよ」
と言って、健斗はコーラを口にした。ヒロはずいっと顔を近づけてきた
「ほ〜っ……どんなことが大変なんだよ」
「それは〜……朝は毎日あいつを乗せて走らないと行けないし……」
「いいじゃん。まるで付き合ってるみたいで見られんじゃん」
とヒロは不思議そうにそう言った。そう言ってから、ヒロははっと気がつくように言った
「そっか、お前は早川だもんな」
「ちっ……うるせぇなぁ」
健斗は恥ずかしそうに顔を剃らした
「それに……風呂とか鉢合わせしたらとんでもないことになるだろ?」
「お前鉢合わせになるように仕組もうと考えないの?」
健斗はそれを聞いて、顔を赤くして怒鳴るように言った
「はぁっ!?考えるわけねぇだろ、バァカ!!」
健斗はこの言葉を考えてふと気がついてしまった
こいつと俺とでは、感覚そのものが違うのである。だからこいつに何を言っても無駄だということだった
「俺は麗奈ちゃんといっしょに暮らせるだけでどんなに幸せなことか……」
ヒロはそんな風に妄想劇を繰り広げていた
健斗はもう何も言わず呆れ返っていた
「なぁ麗奈ちゃんってさ、好きな人とかいんのかな?」
「……いや、いないだろ」
健斗はそれを確信するようにそう言った
するとヒロは怪しげな目付きになった
「何で分かるんだよ」
「だってまだここに来て、2週間だぜ?」
健斗がそんなこと言うとヒロは深くため息をついた
「分かってないなぁ〜お前……女ってのは一目惚れとかしやすいもんなのよ」
健斗はそれを聞くと、少しの間黙り込んだ
確かにヒロの言う通りだと思った。
結局女ってそんなもんだろ?
かっこいいやつがいたら一目惚れ……優しくされて騙されて……騙したり……
麗奈も東京でそんなことをしてきたのだろうか……自分では、色々否定してたけど
ヒロはまた怪しそうに疑う目付きで健斗を見てきた
「麗奈ちゃん……まさかお前を好きになることなんてないよな?」
「はぁ?」
健斗はヒロの言葉に可笑しさが込み上げてきた
今までの麗奈の行動を思い浮かべてみた
「ねぇよ。あいつはただ……俺をからかってるだけだし」
その通りだ。麗奈はいつも健斗をからかっているだけだ。人の気持ちを知っておいて
そんな麗奈にたまに嫌悪感さえ抱くこともある
ヒロはコーラを口に含みながら深くため息をついて外を眺めていた。
「なぁ、俺さ麗奈ちゃんとメールのやり取りたまにするんだけどさ」
「うん」
それはもちろん健斗も知っていた
「麗奈ちゃんってさ、どういう話が好きなのかな?」
健斗はそれを聞いて少し意味がわからなかった
「どういうって?」
「例えば、音楽のこととか映画のこととかさ、ファッションとか俳優とか色々あんじゃんか」
確かに麗奈とはいずれも話したことはある。でも多分それは特別好きな話とは言えないと思う
「さぁ」
健斗は分からないので首をかしげた
ヒロはそれを聞いて、軽く舌打ちをした
健斗は外を眺めながら、麗奈のことを思い浮かべていた
麗奈が初めて学校に来た日のことだ
「……そんなこと気にする必要はねぇよ。何も気にしないで自然と話された方が、麗奈も嬉しいと思うぜ」
健斗がそんなことを言いながら、コーラを飲み干して空になったペットボトルをゆっくりと床に置いた
ヒロはそれを聞いて、同じようにコーラを飲み干しながら言った
「そんなんじゃ麗奈ちゃんにつまらない男と思われんじゃん。ボキャブラリーないってさ」
「そこまで考えるようなやつじゃねぇよ」
あんな能天気バカ女がいちいちそんなことを考えるようなやつだとは思えなかった
ヒロは少し腑に落ちない感じだったが、健斗はありのままの事実を伝えただけだった
「お前はどうなんだよ」
ふと突然ヒロがそんなことを訊いてきた。その瞬間、胸が高鳴って表情が強ばってしまった
「な、何が?」
「早川だよ。メールとかしてんの?」
痛いところをつかれてしまった……
健斗はヒロと目を合わさず呟くように答えた
「いや……まだ」
健斗の小さな言葉を聞き逃さないヒロは口をあんぐりと開けていた。完全に呆れ返るように嘲笑しながら言ってきた
「お前まだしてねぇのっ!?とっくにしてるかと思ってたわ」
「うるさいな……」
「最近麗奈ちゃんに気をとられすぎじゃない?誤解されても知らねぇぞ」
実際のとこ、健斗が未だに早川にメールを送れないのには、やっぱり勇気がないからである。早川のメルアドをゲットしてから二日が経った
もちろんヒロに言われる間でもなく、自分からメールを送るつもりだった
けどどんな文章を送ればいいんだろう?どんな話をすればいいんだろう?いきなりメールされて迷惑じゃないか?
色々な疑問と不安が走馬灯のように巡ってくるのだ。
『今日も学校楽しかったな』
『最近どう?』
『急にゴメンな。ちょっとメールしたかったから』
何を考えても、片言のような意味のない言葉……こんなメールじゃ、よく分からないだろう……
何を考えても、結局破棄してしまうメールの内容……
メールを送れないまま、健斗は早川への想いを募らせていく。時間が経てば経つほど、あんなにも恋しくなるのはどうしてなんだろうか
結局自分はヒロと同じだった。だから、ヒロにそこまで偉そうなことは言えない
いや、すでにメールを送ってコミュニケーションをとろうとしているヒロより全然ダメなやつだ俺は……
「俺って意気地なしだよなぁ〜」
「あぁ。気が弱すぎる」
「ちょっとは励ませよ」
「人のこと言えんのか?」
健斗は一旦、深くため息をついた
「……早川は……俺のことどう思ってんのかな?」
誰かに訊いたわけじゃない。ただ素直な気持ちが言葉として出てきたのだ。高校に入って……それも麗奈が居候に来てから、早川とはよく喋るようになった。それは健斗にとって、すごく幸せなことで、妙な期待を持たせてしまう。早川は少しでも自分に興味があるんじゃないかと、淡い期待をしてしまう
「さぁ……ただの友達?」
「やっぱし?」
「つーか、お前さ」
ヒロは突然真面目な表情をして言ってきた
「早川に誤解されんのはマジ避けろよ?」
「何が」
健斗が素っ気なく聞き返すと、ヒロは深くため息をついた
「この前の弁当のときもさ、お前急に麗奈ちゃんを名前で呼ぶようになったろ?ああいうのを続けたら、そのうち誤解されるって言ってんの」
健斗はそれを聞いて黙り込んでいた。そして呟くように言い返す
「別に……麗奈を名前で呼ぶようになったのは……ただ呼びやすいってだけだし。それだけで怪しむことなくね?」
「お前はそう思ってても、他人からすれば付き合い始めたんじゃないかって思うに決まってんだろ?」
「早川は……ちゃんと理解してくれた」
「さぁ分かんねぇぞ?そう思ってても、本当はまだ誤解されたまんまかもしんねぇ」
健斗はそれを聞いて、戸惑いを隠せなかった。ヒロの言うことがあまりにも正しく思えたからである
「別に、麗奈ちゃんと話すなとか仲良くするなとかじゃないんだけど……誤解されるような真似はやめろよ?これ、別にこれは何か狙ってるわけじゃなくって、マジでお前のため思って言ってんだからな」
ヒロの健斗を想う気持ちがよく感じられた。だから健斗は何も言わず、静かに頷いた
全部ヒロの言う通りだ。居候とは言え、あまり突発的なことをしたら、誤解されるのが落ちだ。
それは本当に困る。そうなったら最悪の展開だ。それだけは絶対に避けなきゃいけない
それよりももっと早川との距離を縮めることを考えていきたい
健斗は早川に……ヒロは麗奈に……互いに想いを募らせる日々が続く
そんな日常がスゲー嫌だった。
自分から何かを行動起こしたい……
「もっと早川と仲良くならなきゃな」
と健斗は改めて決意を入れ直した……
それから1時間近くたったとき、ヒロは突然立ち上がった
「さぁて、そろそろ帰りましょうかね」
健斗は座ったままヒロを見上げるようにして言った
「泊まってけよ。どうせ家近くじゃん」
「いや、今日はいいや。親父がうるさいし」
ヒロと健斗は玄関まで歩いた。途中、ヒロは居間にいる父さんと母さんに挨拶をした
玄関でヒロはサンダルを履いていた
健斗は見送るように、玄関でその様子を見ていた
「麗奈呼ぼうか?」
「いや、いいよ。また明後日なって言っといて」
健斗はゆっくりと頷いて了解した
「今日は悪かったな。色々と……麗奈の部屋のやつ運んでもらったり、畑手伝ってもらったりしてさ」
「いんや。別にいいさ。麗奈ちゃんのためなら」
ヒロの冗談に健斗は可笑しそうに笑った
「じゃあまた明後日な」
「おう。じゃあな」
ヒロはそう言うと、家の戸を開けて自分の家へと帰っていった
健斗はヒロが帰っていくのを見届けたあと、ゆっくりと息を吐いた。ふと麗奈は何をしているのかが気になり、ゆっくりと二階へと上っていった
もちろんもう麗奈は自分の部屋にいるようだ。麗奈の部屋のドアは閉まっていた
健斗は麗奈の部屋の前まで行き、軽くノックをした
「麗奈」
しかし、呼びかけには何の返答もなかった。
そのあと三回くらい続けて呼びかけてみる。しかし結果は同じだった。
健斗は恐る恐るドアを開けた
すると、開けた瞬間に驚いてしまった
あの、何もなかった部屋が今はベッドが窓際に、タンスやクローゼットが隅っこに、さらに机はその横に置かれていて、ほとんど健斗の部屋とは変わらない配置だった
ピンク色のカーテンが窓についていて、女の子らしい部屋へと変わっていた
麗奈はというと、椅子に座り、机に上半身を預けて眠っていた
寝息を静かに立てて、ぐっすりと眠っていたのだ。
机にはシャーペン、ノートが置かれている
眠ってしまったのには無理はない……畑仕事でクタクタに疲れてしまったんだろう
健斗はふぅっとゆっくりと息を吐いて、麗奈に近づいた
相も変わらず、無防備な寝顔を見せていた
「麗奈。麗奈」
身体を揺さぶるが、麗奈は起きようとはしなかった。
仕方がない……健斗はゆっくりと麗奈の身体を椅子から持ち上げた。さすが、スタイルがいいため軽い。
そしてそのまま、女の子らしい水玉模様のベッドに麗奈を静かに寝かせた。
全然起きる気配はない。
「ったく……変わってるよな、本当に……」
健斗はクスッと笑うと、静かにタオルケットをかけてやった
そして、電気を消して、健斗は囁くように
「おやすみ」と声をかけて麗奈の部屋をあとにした
自分の部屋に戻ると、床に放っておいたケータイを拾ってアドレス帳を見た
早川結衣
健斗はこの名前を見ると、ため息をつきながらケータイを閉じた
そして机に置くと、自分のベッドに寝転んだ
早川への想いは募るばかりだった……
早川と仲良くなるために、どんなことをすればいいのか……
まったく思いつかないのを知っていて、健斗は考え込んでいた