第3話 想い P.2
もちろん父さんは運転席、母さんは助手席、そして真ん中に健斗で右端が麗奈、さらにゴンタが左端という配列で車は出発した
ちゃんと窓を開けるとゴンタはすぐに窓から顔を出した
なびく風がゴンタは好きらしい。また過ぎ行く景色も好きらしい
意外にゴンタも人間らしいとこがあるのだ
犬なのにね……
「これからどこに行くんですか?」
麗奈が父さんにそう訊いた。
「市内まで出るんだ。あの辺ならビルもいっぱい立ち並んでるんだ。車道に出てから、一時間くらい走ると着くよ」
父さんが言うと麗奈は感心するように言った
「一時間かけて買い物って、毎回だと大変ですね」
「そうでもないさ。食事の材料とかは此処で買うからな。年に三回程度しかいかないよ」
「へぇ〜」
「でも、東京ほどの都市じゃないんだけどね」
と母さんが可笑しそうに笑った
「でも楽しみだなぁ〜……健斗くんも行ったことある?」
不意に麗奈がそう訊ねてきた。健斗は甘えてくるゴンタの頭を撫でながら答えた
「そりゃ……な。服とか買いに……」
「ふぅ〜ん。ねぇ、あっち着いたら案内してよ」
「案内出来るほど詳しくねぇよ」
健斗がそう言うと母さんが後ろを向きながら言った
「いいじゃない。麗奈ちゃんの服も買いに行くのよ?二人で行ってきなさいよ」
それは……別にそれでも良いけど……
「母さんたちは?」
「父さんたちは麗奈ちゃんの勉強机を見てくるよ。それとベッドとタンスをもらってくる」
父さんがそう言うと、麗奈は健斗を見てにっこりと笑った
「じゃあいっしょに行こう健斗くん」
「ん……あぁ」
健斗が了解すると 麗奈は嬉しそうに笑った。
ゴンタは健斗の膝に頭を乗せて、虚ろな目をしていた
「二人ともすっかり仲良くなっちゃって♪青春んね〜」
とオホホと母さんは笑った
健斗は呟くように言い返した
「別に仲良くなってないし……」
でも母さんの言う通りだった。確かに麗奈とはあの日以来、距離がだいぶ縮まったような気がする
つーか、本当に一日中いっしょにいるから……こいつにすっかり慣れてしまったのだ
そんな自分が時々恐ろしい……でも仲良くなったからと言って、こいつの全部を知っているわけじゃない。あの寂し気な表情の意味は何なのだろうか?本当の事情とは?
疑問が浮かんでくる。けどそれを麗奈から今聞こうとは思わなかった。いや、むしろ思おうとはしなかった
「……ゴンタ……お前酔ったのか?」
健斗はゴンタの頭を撫でながら、ゴンタにそう訊いた。ゴンタは鼻で高く鳴いた
「あぁ。眠いのか」
ゴンタが鼻で高く鳴くときは、大体が眠いかお腹が空いてるのかのどっちかだということを健斗は知っていた
けど、ご飯は出る前にあげたからお腹は満腹のはずだ。だから、多分健斗に甘えている内に気持ちよくなって眠くなったのだろう
何だかんだで、子供だなまだまだ……
次第にゴンタは目を閉じて眠り始めた。健斗はゆっくりと安心させるようにゴンタの身体を撫でてやった
「ゴンタって、健斗くんによく甘えるよね?」
と麗奈は眠るゴンタの鼻を触って言った
「そうか?」
「うん。何か、健斗くん父親って感じ」
麗奈がそんなことを微笑みながら言った。その言葉を聞いて、健斗は口元が緩んでしまった
父親か……案外麗奈の言う通りかもしれないな……
でも、父親よりゴンタは兄弟だと……そして心からの親友だと思いたい。息子であり、弟であり、友達なんだゴンタは……
「甘えん坊なだけだよ」
健斗はそう言って静かに笑った
「なぁ〜んか、私も眠たくなっちゃったなぁ〜……」
と麗奈は言うと静かに目を閉じた。
健斗はちょっと困ったような表情を作りながら怪訝そうに言った
「寝てもいいけどさ、こう……俺に寄りかかったりするなよな?」
と健斗は言ったけど、麗奈は軽く頷くだけで、何も言わなかった。すでにあれだ。爆睡モードに陥ってるというわけだ
こいつが軽い返事をするときはいつも……
こうなるわけだ。結局麗奈は何回も健斗に寄りかかってきた。健斗はその度に身体を起こすが、すでに爆睡モードに入ってる麗奈は車の揺れで健斗に寄りかかってくる。
一回起こそうか……と考えたのだが、あまりにも気持ち良さそうに寝ている麗奈を見て、気が引けた
つーか……いつも思うんだけど、無防備過ぎるだろ……こいつは
これで麗奈の寝顔を見たのは4回目だ。普通女の子って、寝顔を見られるのを嫌がるもんなんじゃないのかって思う
つーか、そんなもんだろ?一応俺も男だ
こんな無防備で寝られると、男の性というのも反応してしまう。麗奈は豊かな胸でスタイルもいい……性欲が沸き起こるのが普通だ
けど、健斗は自分をマインドコントロールしていた
こんなやつに負けてたまるか……
もっと女の子らしくなれば可愛いのになぁ……と健斗は思いながら深くため息をついた
何回身体を起こしても、麗奈は何回も健斗に寄りかかってくる
それがもう面倒臭くて、そのままの状態にした。甘い香りが麗奈の綺麗な栗色の髪から流れてくる
香水もつけているようだ。アロマティックな良い匂いだ……きっと彼女になったら最高のシュチエーションなんだろうなぁ……
って俺は何をバカなことを考えているんだ
「どうだ健斗」
「……何が」
父さんが突然主語もなしに訊ねてきた
今この車の中は健斗と父さんしか起きていない。どうやら母さんも眠っているようだった……
「麗奈ちゃんだよ。あんなに嫌がってたのに、気に入ったか?」
「……別に気に入ってはないよ」
「好きにはなれたか?」
「それもない。……ただ……」
ただ……嫌いじゃない。それだけは言えた
「でもいい子だろ?」
「……いい子……かどうかは知らないけど」
健斗は麗奈をしばらく見つめていた。相変わらず安心そうな表情を浮かべていた
「……なぁ父さん」
「ん?何だ」
健斗は呟くように訊いてみた
「こいつってさ、東京に住んでたんだよね?」
「あぁ」
「じゃあ何で居候することになったの?」
すると父さんはしばらく何も答えなかった
「……麗奈ちゃんから聞いてないのか?」
「……一応……何か、こいつの親が外国で働いてるから、その間だけ此処で居候するってさ」
健斗がそう言うと、父さんは高らかに笑ってきた
「そうだよ。あいつは今頃、ニューヨークで大事な取引をしてるんだろうなぁ」
「ニューヨーク!?」
健斗はさらに疑問が湧いてきた
「麗奈ちゃんのお父さんは、貿易会社の社長なんだ」
「社長?」
父さんの話によると、麗奈のお父さんはとある貿易会社の社長さんらしい。麗奈のお父さんが営む貿易会社は世界を股にかける大企業らしいのだ。
今回は、米国との関税がどうのこうのについての会議と、重要な取引のため、ニューヨークで働いているらしい
まず、取引成立は一体いつまでかかるか分からないといっていたという
そのため、麗奈は健斗の家に居候することになったのだ
「ふぅ〜ん……でもおかしな話だよな」
健斗は不思議そうにそう言った
「何が?」
「いや、いつまでかかるか分からないってことは、逆に言うとすぐに成立するかもしれないってことだろ?わざわざこんな田舎に来ることあるかな?」
「それがだな」
父さんは少し苦笑しながら言った
「まだ麗奈ちゃんには言ってないんだか、今度は中東で石油問題についての会議があるらしくてな。やっぱりそれも時間がかかるらしい。そのあとも仕事がどんどん入ってきて、まだまだこっちに戻れそうにないんだと」
「はぁ〜……スゲーなこいつの父親は……」
感心してしまう。本当に世界を股にかけてる大企業の社長なんだな……バリバリの働きマンだ。まさに自慢の父親とも言えよう
「父さんとはどんな関係?」
健斗が訊くと、父さんは赤信号を待ちながらタバコに火をつけた
「友達って言ったろう?まぁ、友達というより、幼なじみと言った方がただしいけどな」
「幼なじみ……」
「幼稚園、小学校、中学校、高校が同じでな。よく二人でつるんだものだったよ。けど大学で、あいつは東京の大学に行っちまってなぁ〜……それから……最後に会ったのが10年前。ちょうど麗奈ちゃんが小学校に上がるときだったよ」
「その割にはいきなりだな」
健斗がそう言うと父さんは可笑しそうに、肩を震わせて笑った
「そうだな。この前電話がかかってきたとき、そりゃびっくりしたさ。けど、まぁ迷惑な話ではなかったしな」
「迷惑だろ……いきなりだぜ?まず俺にもちゃんと電話しろってんだよ。初対面のやつを送り込んできやがって」
と健斗は鼻で息を強く吐いた
「かっかっか。そうか〜、健斗は覚えてないのか〜」
父さんがふとそんなことを言ってきた。健斗はそれにピクッと反応した
「何を?」
「お前、麗奈ちゃんに会ったことあるの、覚えとらんのか」
「え……」
健斗はそれが、あまりにも衝撃な事実に思えた……
俺は……麗奈に会ったことがある?
「えっ!?嘘だぁ!!いつ俺こんなやつに会った!?」
健斗が少し混乱気味で父さんに訊いた。するとだった。麗奈がゆっくりと目を開いて、起き上がってきた
「ん……どうかしたんですか?」
なんてバッドタイミングで起きるんだこいつは……
しかし父さんは高らかに笑っていた
「だから10年前だよ。お前が小学校に上がるとき、大森家が帰ってきたんだよ」
「……え?嘘、マジで?」
父さんの言葉が信じられず、健斗は頭を抱えた。全然覚えてない……
麗奈は何があったのかまったく理解しておらず、不思議そうな表情を浮かべていた
「お前喜んでたじゃないか。『麗奈ちゃんと友達になったよ』なんて言ってきたり」
「全然覚えてない……じゃあこいつのお父さんにも会った?」
「あぁ。あっちはちゃんとお前のこと知ってるよ。この前電話かかってきたときだって、お前のこと元気かって聞いてきたぞ」
「……え〜……」
健斗はまた頭を抱えた。本当にまったく何も覚えてなかった。
こいつに会った記憶など、これっぽっちも残ってなかった
「ねぇ、健斗くん?」
頭を抱えている健斗を見て、不思議そうに麗奈は訊いてきた
「……お前さ、覚えてる?」
「何が?」
健斗は呟くように言った
「俺とお前って……前も会ったことあるんだと」
麗奈はそれを訊くと、また不思議そうに健斗を見た
やっぱり覚えてないんじゃん。こいつも……
「うん。覚えてはないけど……お父さんから聞いてたよ」
「え?じゃあ、最初から知ってたのか?」
麗奈はゆっくりと頷いた
「健斗くんを最初に見たとき、何か懐かしい感じはしたんだよね。まったく覚えてないけど……」
と言って、麗奈は可笑しそうに笑った
意外な事実に、健斗はまだちゃんと受け入れていなかった……
「俺、こいつと仲良くしてた?」
健斗はそう訊くと、父さんが笑いながら答えた
「そりゃぁもう。たった1週間だったけど、ずっと二人ともいっしょだったぞ?ハハッ、麗奈ちゃんが帰るときなんか、お前鼻水垂らして大泣きしたぞ?『嫌だ〜!!ずっとここにいてよ〜っ!!』って言ってな。だからてっきり麗奈ちゃんが戻ってくるのを聞いたら、喜ぶかと思ったんだが、まったく反対な反応をしたから……」
父さんがそんなことを暴露すると、麗奈は吹き出して笑った
多分、鼻水垂らして大泣きしたってとこに笑いが込み上げてきたのだろう
麗奈が大笑いしたので、父さんも大笑いをした
健斗はそんな自分の哀れな姿を思い浮かべてみた
考えられなかった……
「嘘だ。父さんたち嘘ついてるんだ。大泣きするかよ、この俺が……つーかお前笑ってんじゃねぇよっ!!」
「クッ……アッハハハハハ……鼻水垂らしてだって♪健斗くん可愛い……♪」
「嘘だって!!絶対ないからっ!!」
健斗はそんな事実を知って後悔した……聞くんじゃなかった……健斗は悲しくなって、深くため息をついて目を閉じた……