第2話 始まる学校 P.10
健斗は自販機で飲み物を買うと、憂鬱な気分である場所に向かっていた。
いつも何かモヤモヤするとあの場所に向かうのだ
健斗は飲み物を持って階段をゆっくりと上がっていった
向かう先は、屋上だった。この学校の屋上は普段空いていない
なのにどうして健斗は学校の屋上に入れるのか……
簡単なことだ。鍵を盗んだからだった
とは言っても職員室から盗んだわけではない。トイレに落ちていた鍵をたまたま拾っただけである
以来健斗はその鍵を、屋上へ続く扉の下にある微妙な隙間に隠している
あまりにも微妙過ぎて、絶対に見つかることはない。
また中からは鍵をかけられるから、絶対に開くことはないのだ
健斗が使わない限り……
健斗はいつものように、鍵を取り出し屋上に入った。ちゃんと中から鍵を閉めて、やっと一人の空間を手にいれた
いつもなら、スゲー安心して、胸を撫で下ろしてたのかもしれない。
けれど、健斗が感じていたのは……羞恥心と劣等感だった
気に入らないことがあると、いつもここに逃げ込んでしまう
そんな自分が嫌になってくる……
健斗はゆっくりとため息をついて、ひんやりとするコンクリートの上に寝転んだ
どうしてこんなことを思うんだろう?
一昨日まではそんなこと考えること何てなかった
自分は自分だから……他人にどう思われようとどうだっていい
こうやって恥ずかしいことから逃げるような臆病で卑怯なやつでも構わない
そんな風に思ってたはずだ。なのに……どうしてさっきからこんなに胸が痛むのだろう?
健斗はゆっくりとため息をついた
風が気持ち良い……
風でなびく髪が、目にかかる。健斗はゆっくりと目を開いた。
何という素晴らしいほどの青空だろう。そしてグランドからは、人の騒いでる声がする
グランドでは昼休み、人がドッジボールや野球……サッカーなどをやっている
健斗は空を見上げながら、麗奈のことを考えていた
何もかも、あいつが来たから……全てが苛々する
早川の目の前であんなことを麗奈に言われた。まるで俺が悪者みたいな形になった
あいつのせいで……
……でも逃げ出してきたのはそれだけじゃないような気がする
やっぱり……あんな風に大勢で話したりするのって慣れてないから……そういうのってあまり好きじゃないのかもしれない
こんなやつ……きっと可笑しいよな
普通なら、楽しいって思うのが普通なのに……
急にいなくなって、早川は何て思ったんだろう
変なやつだって思ったに違いない。
せっかくみんなで楽しく弁当を食べてたのに、その雰囲気をぶっ壊したのと同じだもんなぁ……
嫌われたかもしれない……
健斗はゆっくりとため息をついた
早川に嫌われたら……もう学校に来る意味なんてなくなっちゃうよ。
とても今、教室に戻って早川に会う気分じゃない
つーより、会いたくない……
だから……午後の授業サボっとこう。
きっとヒロが適当にしてくれるだろう
健斗は全てのモヤモヤを無くすために目をつぶった。そして……疲れを癒すように静かに眠り始めた……
それから何時間が経過しただろう。夢なんて見なかった。
けど、気持ちよくって……かなり眠ってしまったような気がした
再び目が覚めたのは、どうやら放課後のようだった
健斗はゆっくりと目を開いた
空はまだ青いけど、少し夕方に近づいてた
太陽の場所が変わっている……
授業はもう終わったんだろうなぁ……ちゃんと出ないと単位がとれないというけど、あまり気にしなくっていいかぁ……
眠ったことによって、少しモヤモヤが晴れたような気がする
健斗はゆっくりと息を吐くと、寝返りをうった……と、するとだった……
また目の前に、可愛いらしい寝顔を見せる女の子の寝顔が映った
最初は何があったのか、そこで静止した状態でその寝顔を見ていた……
…………十秒くらい経過してから、全てのことを把握した。
健斗はびっくりしてすぐに身体を持ち上げた。このパターン……朝と同じだ
「お、大森!?」
そこには麗奈が健斗の隣で、気持ち良さそうに眠っていた
制服のまま、スースーと寝息を立てながら……
「何やってんだよ……こいつ」
マジで本当に……こいつがわけわからん
何でまた健斗の隣で眠っているんだろう?しかもこんな無防備な様子で……何を考えてんだろうか……
いや、それよりも……どうやってこの屋上に入ってきたんだろう
鍵の在りかをみつけだしたのか?まさか……
絶対に見つかるはずがないって思っていたのに……
しかも……こいつの顔なんて見たくなかった
健斗をモヤモヤさせる原因のくせに……
健斗はため息をついてから、ゆっくりと麗奈の身体に触れて、揺さぶるように起こした
「大森っ……起きろよ!大森っ!!」
すると麗奈はゆっくりと目を開き、またゆっくりと身体を持ち上げて、健斗をしばらく見るとニコッと笑った
目が半分寝ている状態で、眠そうに言ってきた
「あ……おはよう健斗くん」
「おはようじゃねぇよ。お前……なんでここにいんだよっ!」
麗奈は健斗の問いに思い出しながら答えた
「えっと……健斗くんが昼休み終わっても帰ってこなかったから、ヒロくんに居場所を聞いたらここだって」
そうか……ヒロも鍵の在りかを知ってるんだ……
「それで健斗くんを見つけて、健斗くん、気持ち良さそうに寝てたから……私もいっしょに寝ちゃえって♪本当に寝ちゃった」
と麗奈はクスクスと笑った
健斗は笑わず、頭を掻きながら困ったように言った
「お前なぁ……授業サボったのかよ?」
「だってどうせ健斗くんいなきゃ、教科書ないし……」
そりゃ……確かにそうだけどさ……
「普通いっしょに寝るか?起こしたりしろよ。俺は悪いことしてたんだぞ?」
本当にわけの分からないやつだ……いっしょに寝るだなんて
「健斗くん一人悪いことするのって寂しいでしょ?私も同罪だね」
と笑って麗奈は言った。健斗はそれ以上何も言えず、プイッと目を剃らした
「……アハハハハ♪♪」
麗奈は突然声を上げて笑い始めた
「何笑ってんだよ」
「分かんない♪何か……アハハ♪授業サボるのって、初めてだったから、何か可笑しくって。アハハ♪お母さんに言ったら怒られそうだね♪」
「はぁ?」
そんなで笑ってんじゃねぇよ……わけ分からねぇ
「ふぅ〜♪よく寝たなぁ〜♪」
「………」
健斗は黙って、傍においといた飲み物を口に含んだ
少しぬるくなっていたが、まだ飲める範囲だ……
「もういいからあっち行けよ。早川のとことかさ」
「結衣ちゃん、部活でしょ?」
「……そっか……」
健斗は納得してからため息を吐いた
「ねぇ健斗くんはさぁ」
「あ?」
「どうして部活やらなかったの?サッカー上手だったんでしょ?」
麗奈にそう言われて、健斗はプイッと目を剃らした
「昔の話だよ」
「ねぇ何で?」
「とある事情」
「事情って?」
健斗は顔をしかめて少し声を低くして言った
「うぜーなぁ……お前こそ事情って何だよ……」
「私?だから、親が外国でお仕事してるから――」
「ウソつけ。バァカ!!」
健斗がそう言うと、麗奈はきょとんとした様子で訊ねた
「どうしてウソだと思うの?」
健斗は少し黙り込んだ。
何でだろうな……
どうしてこいつがウソついてるって分かるんだろう……
時折見せる寂し気な表情に、何か秘密があるように思えたから……
「……それは……分かんねぇけどそう思うからだよ」
健斗はプイッと目を剃らした。
何だか、今考えてることを麗奈な言いづらい気がした。そんなこと言ったら、麗奈はどんなリアクションを取るんだろう……
「健斗くん」
「何」
「健斗くんってさ、どうしていつもみんなの傍に寄らないの?」
健斗はそれを訊いて、眉をピクッと動かした。麗奈は不思議そうに続けた
「何か、健斗くんっていつも一人でいたがってない?一人が好きなの?」
健斗は何も言わず、だ前を向いていた
それはさっき自分で考えてたことだ
「……別に……ただなんとなく」
健斗がそう言うと、麗奈はふぅ〜んっと言いながら、健斗を見た
「……分かんねぇけど、やっぱり……変……だよな」
健斗がそう呟くように言うと麗奈は健斗を不思議そうな表情をして視線を送った
「普通なら、ああいうのを楽しいって思えるんだろうけど……俺、小学も中学もそういうことなかったから……だから、何か……一人の方が落ち着くっていうか……」
健斗はそう言いながら、ふっと小さく笑った。
「いや、自分でも変だと思ってるよ。根暗なやつだって」
健斗はそういい、また飲み物を飲む
自分でも分かってるんだ
そんなやつ……誰にも相手にされないだなんて……早川にも、みんなにも……
麗奈は健斗をじっと見ていた。すると突然小さく笑い、空を見上げながら大きく言った
「……私さ、ネコ好きなんだ♪」
「は?」
突然何の話をしはじめたんだ?と思いながら、健斗は麗奈を見た
「ネコってさ、いつものんびりしてて、いつも自分の時間を楽しんでて、いつも好きなことを好きなだけやる……でも人はあまりなつけない。何て言うか……自分を信じてるんだ〜ってみたいな?そんな感じに思うんだよね」
「だから……?」
健斗が変な視線を送っていると、麗奈は笑いながら健斗を見た
「健斗くんって、そのネコっぽいよね」
「は?意味分かんねぇ。つーかお前だってのんびりネコだろ」
健斗がそう言うと、麗奈はクスクスと笑った。
「私もネコっぽいかな?でも……私はネコはネコでも……ただの“飼い猫”だから……」
「……?」
飼い……猫?
「私さぁ、健斗くんが羨ましいよ♪自分の好きなように生きて、何ににもとらわれない……自由な生き方……私も……」
健斗はそして見た……あの寂し気な表情を……また見れたんだ
「私も……健斗くんのような、自由な“野良猫”になりたいなぁ……」
健斗はその表情に見とれていると、また健斗を見てにっこりと笑った
「だから変じゃないよ。健斗くんみたいな立派な野良猫」
健斗はその言葉一つ一つが、何だか心に響くような暖かい気持ちにさせるような……そんな感じにさせられていた。だから、麗奈に見とれて、その言葉一つ一つをちゃんと聞いていたのだ
麗奈はにっこりと微笑んだ。可愛いらしい元気な笑顔を見せながら……
「私は、ちょっと人に向き合うのが苦手で不器用だけど……本当はさりげなく優しくって、自由で、しっかりと自分というのを持っている……健斗くんのそんなところが……好きだよ?」
「え……」
そんなことを言って、麗奈はにっこりと微笑んだ
健斗はその言葉を聴いた瞬間、胸の高鳴りが強くなった
麗奈の微笑んだ……そう、いつもと違う感じの笑顔だ
少し頬を染めて、嬉しそうに……喜んでいるように、心の底から笑っている
この日、このとき……健斗は麗奈の「本当の笑顔」を見れたような気がした
胸の高鳴りは収まらず、ただ麗奈の綺麗な瞳に吸い込まれていた……顔の表面が熱い
俺を……好きって……俺の劣等感が……好きって言ってくれた
この麗奈が……すごくすごく……大切なものに思えた……
麗奈が健斗にとって大切な……大切な人に思えた……
「……なぁーんてねっ!?びっくりした?」
「え……」
麗奈は健斗のきょとんとした表情を見て、クスクスっと笑った
「冗談だよぉ〜♪ドキドキしたでしょ!?」
「なっ……!!お前おちょくってんのかよっ!!」
「アハハ♪もっと愛想良くしないと、結衣ちゃんに振り向いてもらえないぞ〜」
「べ……余計なお世話だバカっ!!人をおちょくりやがって!!」
健斗は顔を真っ赤にしながら怒鳴るように言った
けど麗奈はクスクスと笑っていた
「アハハ♪ねぇドキドキした?もしかして……私のこと好きになっちゃった?」
「なっ!!バカ!!お前なんか好きになるかっ!!」健斗はプイッと麗奈から顔を剃らした。
でも、麗奈がそんなことを言ってくれたとき……本当は嬉しかった。
心の底から勇気が出た。
自分の感じていた劣等感を……
こんなことを言うようなやつは初めてだ……
健斗は麗奈を見た
麗奈は相変わらずクスクス笑っていた
それをみて、こいつは俺をからかってんじゃないかって思った
思ったんだけど……
「バカ……いつまでも笑ってんじゃねえょ。」
健斗も麗奈につられて、笑ってしまうのであった